234話 魔鉄の創造と意見の一致
なんとなく早めの時間に投稿です。
マボアの町の南門。目の前に広がるのは、寒々とした秋の草原。
周囲や装備を再度確認しつつ、周りの皆に声をかける。
「天候、薄曇り。髪留め、オーケー。腕輪も、両方オーケー。防寒具、完全機能中。動作に問題無し。
良し。皆さん、よろしくお願いします。」モコモコ着ぶくれ…
「ああ。」
「あいよ…。」
「ほっほっほっ!」楽しさルンルン!
「…、」無我の境地…
魔法の毛糸で自作した帽子、ネックウォーマー、手袋、そしてミハさんが作ってくれた厚手のマントを着た私。防寒対策は完璧だ。全然寒くない。
このマントは表に水魔猪の毛皮を使用しており、裏に編んだ魔法の毛糸を縫い付けてある。雨は弾き、程よく湿気は逃がしつつ、熱は完全に保持する優れものだ。毛糸はシリュウさんの魔力がたっぷり籠められてある素材だから、魔法耐性も相当な物。大抵の危険から私を守ってくれるだろう。
私のかけ声に答えてくれたのは今回の同行メンバー達だ。
真剣な面持ちのシリュウさん、若干呆れた様なダリアさん、子どもの様にはしゃぐ顧問さん、遠い目をした堅物秘書ゴウズさんである。
今日これから行うのは「魔鉄」の創造実験。
シリュウさんの血液を特殊な条件の元、呪うことで異常な性質の金属を生み出す行為である。
事情を知っていて、なおかつ戦力になる方々が緊急時の対策として付いてきてくれるのだ。
「それじゃ、ミハさん、トニアルさん。行ってきます。」
「気をつけてね?」
「行ってらっしゃいです!」
「ウルリ、カミュさんをよろしく。町の方には何も無いと思うけど、もしもの時は──まあ、なんかよろしく。」
「ちょっ? え? そんなヤバい何かなの??」
「キャーイ?」腕の中で首傾げ…
顧問さんの箱馬車の側で待機してくれるメンバーにも声をかけておく。
この中で唯一事情を話していないウルリが困惑の声をあげているが放置だ。
まあ、〈呪怨〉のことは教えても、アーティファクトとかその作成素材とかは伝える気がないからね。付いてきたら困るカミュさんの一時預かり人、兼、緊急時の連絡係としての起用である。第3者目線で危険を感じる事態にはならないとは思うんだけど念のため。
「まあ、大丈夫大丈夫。何も成果無しで終わる可能性高いし。それじゃあね~。」
「ええぇ…。(不安しかない…。)」
「キャー。」羽をただパタパタ…
──────────
「それじゃこの辺りで。」
「ああ。」
町が見えなくなったくらいの場所で立ち止まる。鉄の台を展開して、その上に鉄のお盆をセット。
離れた位置で見守ってくれているダリアさん達にも合図を送りながら、シリュウさんと向き合う。
「再度の確認をします。シリュウさんには自身の血液を提供、その血を介して私の呪い〈鉄血〉を受けてもらいます。目的は、シリュウさんの火属性魔力が籠められた金属『魔鉄』を生み出し、それを活用することで、暖房に使える『アーティファクト』を作成すること。相違、無いですか?」
「ああ。」
双方の意思を確認して、誓約の条件を満たす。
手袋を外して服のポケットに仕舞う。互いに指の腹を切り、お盆の中央に血を垂らす。
黒いプレートの上に、2つの赤い丸形が出来る。
深呼吸… 深呼吸…
大丈夫。これは私の為であり、シリュウさんの為でもある…。
大丈夫…。
上級ポーションをかけて傷を癒しながら、極力血を見ない様に目を閉じて、痛みで興奮した体を落ち着かせる。
「では、行きます。」
「…。」こくり…
うっすらと目を開け、2つの赤が接して混じっていることを認識し、言葉を紡ぐ。
「誓約 締結
〈鉄血〉発──」
……。
……。
「どうした…?」
「…すみません…。発動しない、っぽいです…。」
〈呪怨〉は不発であった…。
──────────
ダリアさん達に一時中断の合図を送り、鉄の椅子を出して1度座る。
原因を究明せねばならない。
「大丈夫か?」
「ええ、気分は大丈夫です。失敗するのも想定内ですしね。」
「この後はどうする? もう止めておくか?」
「いえ、少し話をしましょう。それからもう一度挑戦したいところです。」
「分かった。」
心配そうに気づかってくれるシリュウさんと暫し会話しよう。
シリュウさんはこの寒さが心地良いらしいから、いくらでも野外に居れるそうだし。私もモコモコ防寒具のおかげで全く問題無いし。
「レイヤの時のことを考えると、私とシリュウさんの意識──目的に対する姿勢、がズレてるんだと思われます。」
「それは、今日まで散々確認しただろう?」
「それが不十分だった、のかな、と…?」
「やり過ぎなくらいだと思うが…。」ガシガシ…
右手で頭を掻いてる仕草をジッと見つめる。
私が、シリュウさんを呪うことに躊躇してる可能性は有るけど…。多分それ以前の問題っぽい気がするんだよな…。
「…シリュウさんは、どうして今回、私に魔鉄を──アーティファクトを、作ろうと思ったんですか?」
「だから、テイラに暖房の道具を──」
「はい。それは、もう、ありがとうございます。
ただ…、質問したいのは、根っこと言いますか…、『きっかけ』ですかね?」
「…。きっかけ…?」
「はい。そう思ってくれるに至った、始まりの気持ちと言うか、理由とかそんなんです。それを聞いてなかったな、と。」
「………。」
無言で思い悩んでいるらしいシリュウさん。結構長い間、無言である。
何か聞いたら不味いことだったかな…?
「あ、えっと…、なんか言いにくいことなら無理に、とは──」
「──不安だった、から…、だろう、な…。」
「不安、ですか? それは……、何が??」
文脈的に考えると、「私が凍死する」ことに対して、ってことになるが…、そんなことをわざわざ不安視する訳無いよね。
「…。テイラが…、他の奴らと生活したいんじゃないか。…。そう、考えは、した。」
「?? 申し訳ない。ちょっと良く分からないです…?」
「…。町に来てからのテイラは、イーサンだけでなく魔猫の女や竜騎士達と結構な交流をしただろう? だから、そいつらの側で生活する方が性に合ってるんじゃないかと不安になった。それで、俺からテイラに何かできることがないか──とは、考えた。」
「我ながら、情けない限りだ。」と頭をガシガシガシガシと掻き続けるシリュウさん。心なし、雨に濡れた子犬感が有る気する…。
えっと、それはつまり…。
「私が、シリュウさんの側を離れるんじゃないかと、焦ってた、ってことですか?? シリュウさんが??」
「…。そうなる、な。」ガシガシ…
「私、そんなに、別の所に所属しそう感有りましたかね??」
「ベフタス辺りは直接勧誘してきたしな。そもそも、俺の冒険者仲間にだって、仮の候補って言ったっきりだっただろう。」
「ああ~…、それはそうか…。すみません。現状が快適過ぎて、普通と言うか日常と言うか…、このままで良いかと放置してました…。」
「俺もそれは分かってたはずなんだがな。テイラの創作料理やらに存外強く惹かれてたらしい。手元に置いておきたくて躍起になった、な。」
「まあ、安心してください! 他の所でやっていけるとは考えてないんで!
ウルリの所は、女主人さんが回復すれば男のお客も戻ってくるだろうし、尊敬はしても私自身が関わることはない職業なんで。今の距離感で十分です。
ベフタス様の所も、騎士は論外ですし、側仕えとか魔法が使えない奴がなれる訳も採用される訳もないですから。」
「ベフタスは相当気に入ってるぞ?」
「利益をもたらすのと、『同類』として仕事をするのは別ですよ。貴族の世界も、騎士の世界も、人の集団の中で礼節を守った付き合いが必要ですもん。今の私は、数時間とかならともかく、それが毎日とか根本が受け付けません。」
シリュウさんは確信が持てないのか不安な表情のままだ。
これは改めてちゃんとした繋がりを構築すべきか。
「なら! もし、魔鉄が出来て、何かしらアーティファクトが完成したら。私は、シリュウさんの正式なパーティーメンバーになる、ってことでどうです? 飯炊き女兼、アーティファクト整備要員テイラ、として。」
「…。アーティファクト、整備…。凄まじい響きだな…。」
「ええ。超級冒険者が使う専用装備を調整する人材ですからね。
『竜を喰らう者』と肩を並べるには、相応しいでしょう? それぐらいの肩書きが有れば私でも、多少は胸を張って、仲間だと宣言できますから。」
私の言葉を聞いたシリュウさんが、反応に困っているのか視線をさ迷わせる。
とりあえずといった感じで疑問を口にした。
「待て。俺がアーティファクトを使うのか??」
「ええ。そりゃ、最初の目的は私の暖房でしたけど、シリュウさんも使うでしょう? 1度魔鉄を創造できる様になれば色んなことに使える様になりますから。」
「俺は暖房なんぞ要らんぞ。」
「いえいえ、出来た魔鉄の性質次第ですけど、暖房だけじゃありませんから。魔導具を壊しちゃって使えないシリュウさんでも、自身の魔力回路で構成されたアーティファクトなら扱えるはず、ですから。」
「…。(俺が扱える道具、ねぇ…?)」
私に贈り物をしようと考えるあまり、自分に益が有るとは考えてなかった様だ。
自分の血を流してまでする物なんだから、せめて利益は還元しないとね。
「あー、そうか。この辺りも意見が食い違ってたのかもな。
そうだ、シリュウさん。魔鉄を作る目的を変えてみません? 暖房器具を作ることから、例えばそうだな…、やっぱり『調理器具』かな?」
「調理器具?」
「ええ。シリュウさんも私も両方が使えて、双方がハッピーになる目的の方が上手くいくと思うんですよ。暖房はその後ってことにして。」
「(幸せ、ねぇ。) 調理の道具って言ってもな…。『竃』、とかか?」
「そうですね。シリュウさんの火属性を活かせば、『加熱』辺りの物は出来そう…。『火』の『金属』…、『IHヒーター』かな??」
「なんだそれ?」
「赤外線を発して物を温める金属の板、で良いかな? 火も煙も出さず、その板から魔法みたいな光が発生してて──」
「どこかで聞いた気がするな。『科学』の道具で…、加熱調理をするって…。
前に言ってた『焼き石』ってのは近いか?」
「あー、原理は別ですね。けど、赤外線を発するって意味じゃ同じだし、『焼き石』はイメージしやすいかも──」
──誓約 締結
──〈鉄血〉 発動
「え゛っ。」
「!!」
すぐ側の血を入れてあったお盆から、赤い閃光が、激烈な勢いで迸った。
次回は18日予定です。




