231話 癒しの触れ合いコーナー(竜)
「本日は、お招きいただき有り難うございます。──フーガノン様。ナーヤ様。」深々とお辞儀…
「そう固くならずとも宜しいですよ。」
「そうですとも、テイラ殿。今日の我らは、貴女をもてなす為に集っているのですから。」
「…。よろしくお願いします…。」固い笑顔…
いやぁ…。こんなはずではなかった、と言う気持ちでいっぱいなんで…。申し訳なさで居たたまれないんです…。
今居るのは、司令所の訓練場。
周りに他の人は居らず、離れた所にシリュウさんが待機しているだけだ。そのシリュウさんも、受け取ったばかりの熟成肉を早速噛っているのでこちらには関係ない。
まあ、いざと言う時は、助け船を出してくれる…はず…。
この集まりの目的は、竜騎士2人の召喚竜に、触れさせてもらうこと。以前から打診が有った、おバカ貴族を改心(?)させたことに対する褒賞──私への「労い」が、この場なのである…。
前々から手紙なんかでやり取りしていて、その度に「大したことはしていませんから」と丁寧な言葉で遠回しに辞退していたのだが。
トニアルさんの騒動の最中、内容を吟味せずに返事を書いたせいでこんなことになってしまった。
相手にとって絶妙にやりたくない提案をしてやれば親切心を削いで褒賞を取り下げるだろうと、「(竜騎士にとって生涯のパートナーたる大切な)ドラゴンに触ってみたいです」とか妄言を綴った自分がバカ過ぎるんだよね…。
まあ、懐が深いベフタス様達から許可が出ちゃって、こうなったんだけども…。
フーガノン様が森の探索から帰還するタイミングに合わせる形だったから、心の準備はできたけれど…。
「では、私から。宜しいですか?」
「え? はい!」
「通常の竜に比べると、『彼女』は些か歪でしてね。ご容赦のほどを。」
「いえ!? そんな──」
「おいでなさい。『ロザリー』」
しどろもどろになっている私をサクッと無視して、フーガノン様が動き出す。
前に出した右の掌の中から、白い結晶体が出現した。
乳白色の水晶の様なそれは、ふわりふわりと地面へと降りていき、膝くらいの高さで静止。白く柔らかな光を放ちはじめ、その光が生き物の輪郭を形成していく。
「おおぉ…!」感嘆…!
「こちらが私の従騎であり、契約を交わした相棒である『無属性の竜』。名を『ロザリー』と言います。」
「ウォー…。」不思議な鳴き声…
現れたのは、体長1メートル弱の…、うん…、「恐竜」だ。
翼を持つトカゲな西洋の竜でもなく、蛇の様な東洋の龍でもなく。私の知識に有る一番近い姿は、「首長竜」の「ブラキオサウルス」。
ネス湖の「ネッシー」なんかが分かりやすいだろうか? だが、首が垂直にではなく、地面と平行に長く伸びている。
ゾ○ドで言えば「グラビティカノンを撃つ方」ではなく、「超集束荷電粒子砲を撃つ方」ってことだな。うむ、ドラゴンブレスの威力が想像の中で跳ね上がった。
確かに変わったお姿だ。ただ、長く伸びた首の先、後頭部に乳白色の「角」が2本、瘤の様に突き出している。
そして、その黒い瞳には意思の光が感じられる。なんとなく、だが。
「さあ、テイラ殿。お手を、どうぞ。」
「本当に…、触って、よろしいんですか…?」
「ええ。『彼女』の意思確認も済んでいます。私も彼女も、広い森をとても気分良く動けましたから。あの者への抑止の役から解き放っていただいて、感謝しているのです。存分にどうぞ。」
「ウォー…!」
「で、では、失礼して…。」
「…、(むしろ、延々と森を探索するフーガノン様を、この場に託つけて撤収させた程ですからね…。)」無言・無表情の遠い目…
白いブラキオサウルスな召喚竜さんの背中に、ゆっくりと手を置く。
「お、おおぉ…! 不思議な質感っ…!」なでり…なでり…!
金属の様な固さを持ちつつ、しかして冷たくはなく…! 絹の様に柔らかくもっちりとした弾力もある…! それらが混在した…、未知の肌触り…!!
どうやら小さく細かい鱗が全身を覆っているらしい。きっと物理・魔法両方に耐性をもたらしてくれるのだろう。
これは癖になる…。
「ウォー…。」
「あ! ごめんなさい! 気持ち悪かったですよね!?」バッと手を離す!
「いえ、テイラ殿。むしろ、気持ち良いと感じている様です。もっと撫でてほしいそうですよ?」
「ウォォー…♪」少し高音の鳴き声…
「そ、そうですか…? なら、良いのですが…。」
「ええ。『彼女』としては珍しいことに甘えてすらいる様です。首の後ろも頼みたいと言っています。」
「で、では失礼して…。(首が長いんだけど…。ご所望はどの辺りだろう…? とりあえず、背中側からやるか??)」なでり…!なでり…!
「ウォ~…♪」
「『ロザリー』は召喚体での触れ合いに関心がないと思っていました。流石はテイラ殿。新たな知見を有り難うございます。」ふふ…
「いえ、そんな…。お褒めいただき感謝申しあげます。」撫でつつ頭下げ…
「貴族の社交辞令ではなく本心ですよ? 通常の契約したドラゴン達は戦いの場に召喚されることを好みますから。
ナーヤの『カミュ様』の様な特殊な方は、例外ですがね。」
竜が人間と『召喚』の契約を交わす理由は、個体によって様々らしいが、傾向としては戦闘の疑似体験を目的にすることが多いそうだ。
巨体を持つドラゴンは、体を動かすのにも莫大な体力と魔力を消費する。その為、普段は塒で寝そべっていることが多い。しかし、保有魔力が健康を維持するとは言え、体を動かさないことは精神を蝕む。
それをある意味で解決する手段が、この国に伝わる秘術『召喚契約』だ。人間と契約を交わし自らの分身を召喚する許可を与えることで、本体は寝たまま、分身を通して外の世界を知覚できる様になる。
言ってみればドラゴン達は、『人間』と言うゲームハードに接続することで、召喚体と言う『分身体』を操作する『テレビゲーム』をしている様なものなのだ。暇潰しの遊びである。
まあ、正義感溢れる伝統重視の真面目ドラゴンとかも居るらしいが。
「彼女はその気になれば、砦並みの大きさまで変化することが可能です。」
「へぇー…、それは凄い…。」首の後ろをなでなでり…
「馬くらいにも成れますので、良ければ騎乗されますか? 彼女は背に乗ることを『許す』と言っております。」にこり
「…お気持ちだけで、十分です…。(高い所はノーセンキュー…。)」なでなで…
「ウォ~…♪」
「…、(ロザリー様が、これ程に上機嫌なのは珍しい…。美しく気品あるお姿が、華やいでおられる…。)」無言の感心…
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存分にロザリーさんを撫でた後、フーガノン様はこの場を下がっていった。「竜喰い殿のお相手をしておきます。」と言って。
ついでとは言え、シリュウさんを付き合わせてしまっているからね。とても助かる。
「では、今度は私が。」
ナーヤ様が水を掬う様に両手を構えた。その掌から、水面に浮かびあがる泡の様に、光の玉が現れる。オパールの様に表面の光を複雑な色合いで散乱させている、ビー玉より大きな琥珀色の宝玉だ。
その宝玉から光が溢れ、徐々に、翼と角が生えた、トカゲに近い姿を形成していく。
「こちらが、私と契約した竜。名を『カミュ』と言います。テイラ殿とは何度か会っているので、今さらですが──」
「キャーウ!」羽パタパタ!
「こらっ。いけません、カミュ!」
ナーヤ様が、飛びたとうとした子どもドラゴンを両腕で抱え込む。
召喚竜はその胸の中に収まりつつも、私を見つめながらジタバタと手と羽を動かしている。
「あの、嫌がってらしゃるのなら、無理に──」
「いえ!? 逃げようとしているのではありません!」
「キャーイ!」
「だから、それは違うと言っているでしょう!」
「キャーア!」
「少々お待ちを! テイラ殿!」あせあせ!
「キャイキャア!」
必死に暴れてる様にしか見えないんですけど…。
次回は6日予定です。




