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229話 魔法開発による騒動と熟成肉の実験

 思わず溜め息を吐きそうな程に、どんよりとした曇天。


 今すぐ雨が降ってもおかしくない空に視線をやりつつ、更なる調理の準備にいそいそと取りかかる。


 今日も今日とて、屋敷の庭で青空クッキング──曇天クッキングかな?──の真っ最中なのだ。


 傍らにはシリュウさん。

 薄切りにしてしゃぶしゃぶしてみた「風魔猪の熟成肉」を、黙々と試食している。



「ごめんなさい、シリュウさん。せっかくの特殊加工のお肉を、無駄にしてしまって…。」どよどよしつつも手は動かす…


 ごくん

「無駄にはなってない。気にするな。これはこれでアリだ。」



 独特の風味を持つ、風属性の魔猪(まちょ)の肉。

 それを特殊な冷風冷蔵庫の中で数週間寝かすことで、風味と旨味を引き上げられた熟成肉は、多少乾燥はしているもののそのまま「生」で食べるのが常識らしい。


 魔力が強く染み込んでいるので寄生虫や腐敗の心配はないとは言え、日本(異世界)の考え方が根底に有る私には抵抗のあるその食べ方を変えようと、頑張っているところだ。


 しかし、状況は(かんば)しくない。

 熟成肉に手を加えると、むしろ風味が落ちているのだ。


 鉄板で焼いた薄切り肉は、美味しいのは美味しかったが、焼いた火魔猪肉に劣るものだった。


 茹でた物も同様。多少は噛みきりやすい土魔猪肉と言ったところ。


 衣を付けて揚げてもみたやつは割りといけたが、火魔猪肉のカツとどっこいどっこい。せっかくの個性がほとんど消えている有り様だった。


 現在は、久々の蒸し器で(オペレーション・)蒸す(アクアヒート)を行うつもりで準備をしているが…。

 望みは薄そうだ。




「う~ん…。蒸し熟成肉は、一番のハズレかなぁ…。なんかこう…、もったりしてる…。」もぐもぐ…

「だな。風魔猪の風魔力と、水精霊の水魔力が喧嘩している感じだ。」もにもに もぐもぐ…


 どうやら、熱を加えると独特の風味が消し飛ぶらしい。

 熟成による旨味は残っているから普通に美味いのだが…。それなら火魔猪肉を使えば事足りるし、土魔猪肉を加工した方があらゆる面で楽だ。



「これは『生』が一番らしいって結論を認めるしか無さそうですね~…。」

「そうだな。」もぐもぐ!


 私が実験してみた品を食べきってから、シリュウさんがブロックになってる熟成肉を薄く切り出してそのまま口に運んでいる。実に美味しそうだ。



「ん? テイラも食べてみるか?」

「…。そう、ですね。素直に敗北を認めて、体験するのが良いかな。」


「嫌なら無理強(むりじ)いはしないが。」

「いえ、一応は生のお肉だから、非魔種の私が食べてお腹壊したりしたら色々申し訳ないなぁ、と思ってるだけで…。」

「そんなこと考えてたのか。難儀な奴だな…。」

「ははは…。」


「止めとくか?」

「…。いえ、興味はあります。頂きたいです。」


 シリュウさんが取り分けてくれた薄切り肉を受け取り、改めて観察する。


 カラカラに乾燥している訳でもなく、テロリとした光沢を(まと)う美しい肉の断面。外側の茶色く少々硬化した部分は削ってあり、中心部分の、高価な紅玉(ルビー)の如き赤い色を(たた)えている肉がなんとも美しい。

 そして、鼻にスッと抜ける、なんとも言えない豊潤な肉の香り。


 口に近づけてみても、髪留めの警告音が響いたりはしない。流石に数日後の腹痛まで予測するのは無理であるが、少なくとも今ここで体に変調が出る可能性(未来)は無い様だ。


 ゆっくりと箸で摘みあげて、口に入れる。



 もぐ… もぐ…



 おお…、

 これは、美味しい…。



 肉の味がぎゅっと詰まっていて、噛む度噛む度、肉から吹き出す様に風味が溢れくる。それが喉や鼻を通り抜けていく感覚は、味覚とは別の、とても不思議な充足感もたらしてくれる…。


 歯応えも独特で、固くはないが溶ける様な柔らかさとも違う。音で表すなら、「ぶつんっ!」いや? 「ぶりんっ!」だろうか…?

 とにかく、少々形容しがたい弾力が、歯に楽しい。


 一番近い記憶で例えると…、サ○ゼリアで食べた「生ハム」かな…? それでもだいぶ力不足な表現になるが…。



「ほふぅ…。これは、他に無い旨さですね…。」満足笑顔…


「ああ、そうだな。伝わった様で何よりだ。

 もっと食うか?」

「えっと…、良いんですか…?」

「それなりの量は有るしな。まだまだ追加も届けられる(来る)し。」

「調理で何も貢献できてないですけど…。」


「今回は上手くいかなかっただけで、普段から貢献してるだろう。

 それに、トニアルに合った魔法を編み出させたしな。それの礼代わりってことにしとけ。」

「いや、むしろそれでシリュウさんに迷惑かけたから、熟成肉の調理に挑戦させてもらったんですが…。」


「何言ってんだ。迷惑かけたのはダリアだろうが。」

「直接は、そうですけど…。」



 トニアルさんの新・闇魔法、それを刻み込んだ岩の盾に触れた魔法を『停止』させる不思議なもの。

 教えた私も、使用者本人であるトニアルさんも、原理がさっぱり分からない謎魔法。


 それが生み出された日の夜、夕食の時間に顔を合わせたシリュウさんやダリアさんに相談したのだが。

 そこで悲劇が起きたのだ。



 顧問さんもダリアさんも、孫の新魔法に大喜びした。

 使える魔法が増えると言うことは、生存における武器が増えると言うことだ。諸手を挙げて感謝を伝えられた。


 「原理が不明だから心配です。」と伝えても、「使えるなら何だっていいさぁ!」と取り合ってくれなかった。


 「練習して使いこなせば良いんだよぉ!」「そうだね!ダリアお婆ちゃん(ダーちゃん)!!」「おらぁ!早速やるよ!」と興奮した2人が、そのまま新魔法の実証実験を開始。

 風を纏った拳を、「停止の盾」にぶつけた。


 その瞬間トニアルさんがグラリとふらつき、盾は真っ二つに割れ、そして、勢い余ったダリアさんが彼をぶっ飛ばしてしまったのだ…。


 後から皆の話を聞いたところ、この「停止」の魔法が打ち消せるのは、トニアルさんが籠めた闇魔力と同等量のものだけらしい。

 ダリアさんの本気魔力(本人は相当手加減したつもり)に触れて、トニアルさんの闇魔力が一瞬で底をつき枯渇。急激な魔力消費で、意識が飛んだところにダリアさんの拳が直撃したと言う流れであった…。



 壁に打ち付けられて気絶したトニアルさん。拳を振り抜いて呆然としているダリアさん。硬直した皆。


 顧問さんがいち早く立ち直って、トニアルさんを介抱し回復薬を飲ませてくれたので結果的に大事には至らなかった。


 しかし、ミハさんが激しく怒った。それはもう、もの凄い剣幕でダリアさんを叱ったのだ。自分の非を理解しているダリアさんは、ただただ項垂(うなだ)れて小さく縮こまっていた。私とシリュウさんがなんとか(なだ)めすかして、落ちつかせたのだが…。


 しょげたダリアさんは、やがてとぼとぼと屋敷を出ていってしまった。「ちょいと魔猪でも狩ってくる…。」とか言って。日が落ちて完全に暗い夜に。



 喧嘩してすぐ危険な(場所)に行くとか、そのまま「死に別れ」になるやつぅ!? と漫画の王道悲劇パターンのフラグを感じとった私は、シリュウさんに頭下げて連れ戻しに行ってもらうことにした。

 いくら超級冒険者でも何が有るか分からないし、私じゃダリアさんを無傷で止めるなんて無理だし、そもそも魔猪の森には行けないし…。



 目覚めたトニアルさんをミハさんが瞳を潤ませて叱り、それを私が謝罪しながら止めて、トニアルさんも反省して、ようやく収まった次の日。

 シリュウさんに連れられたダリアさんが、真夜中にこっそり帰って来た。


 まあ、超直感でそれを予期していたミハさんと、鉢合わせることになったけど…。

 家族全員が落ちついたところで互いに頭を下げて、完全に収束した訳だが。



 思い出すだけで憂鬱になる内容だ…。




「ダリアさんには悪いことしたなぁ…。」もぐもぐ…


 熟成肉から吹き出す旨味が、暗い気持ちを払拭してくれている。これは気分を変えたい時に最高の食材だなぁ。



「ダリアもミハも、テイラには感謝していた。無駄に自分を責めるな。」

「やっぱり非魔種の呪い女は、意味不明なことしかできないんですよ~…。」と言いつつ肉をもぐもぐ…


「…。(食べる気力は有る様だし、落ち込んでは無いのか…??)

 テイラが教えた内容をイーサンとも確認したが、問題は無かったと言っただろう? 闇魔法、と言うか『夢魔族』の存在が元から()()()()だから、悩むだけ無駄だぞ?」

「そうなんですかねぇ…?」納得いかないと首を傾げる…



 まあ、気にするのも疲れてきたし、少しずつ話題を変えていくか。



「最初は、シリュウさんの闇属性魔法、物体の勢いを抑える『減速(げんそく)』を再現したいと、思っていたんですけどね…。」

「…。ああ、『減衰(げんすい)』のことか?」

「ええ。トニアルさんが身近で見たことが言っていた闇魔法が、それだったんで。盾と併用すれば、守る力として有用だなぁ、って。」

「俺の場合、火の『加速操作』と合わせて使ってるからな…。『減衰』そのものは、色んな物・概念に作用する特性だから、効果が異なるんだろうな。」

「トニアルさんがもっと理解を深めれば、任意のものを『停止』もしくは『減衰』できるかも、ってことですね。」


「可能性は有るな。ただ、トニアルは今の形が気に入ったみたいだし、むしろ魔法以外の『体運び』とか『盾さばき』を学ぶべきだと俺は思うぞ。」

「ふむぅ…。私にできることは無いなぁ。」

「むしろトニアルの方から、()びを入れるやつだろ。一旦、思考を離せ。」


「…。ダリアさんとミハさんに、どうやってお詫びしたら良いですかね?」

「ダリアも謝る側だし、ミハだって、テイラに八つ当たりまがいのことをしたと落ち込んでたくらいだが?」

「落ち込ませてしまったことに謝罪を──」

「要らん。いい加減、そこから離れろ。」


「…。ふむ…。

 風魔猪のお肉、生ハムっぽいんですよね。確かメロンと併せて食べるとか聞いたことあるから、異世界生ハム(これ)もワンチャン有るかな…? 焼かずに生のままで、何かを付け合わせ──ハッ! 焼いた異世界リンゴとか有りでは? 脳内シミュレーションでは──ゴーサイン出た! やってみるか! シリュウさん、実験してみていいですか!?」


「(突然の切り替えに、付いていけねぇ…。だが何か面白そうか?)…いいぞ。」

「了解! アリガの実、貰ってきます!」


 悩んだ時はとにかく料理して、美味しい物食べるのが一番だよね。

 有意義なことに思考リソースを使おう~!


次回は30日予定です。

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