227話 刻印と守る力
「土属性の文化が『刻印』です。粘土板を棒で凹まし焼き固める様に、『文字』・『記号』を刻み込む──。
『固』とか『速』とか、文字から受ける意味・印象を具現化させる技術ですね。簡単に用意できる分、与える影響はとても弱いので、数を揃えて文章にしたり他の文化と組み合わせたりするのが一般的でしょうか。」
トニアルさんへの魔法教室が続いている。
ホワイトボードもどきに、4つの「属性記号」やいくつかの文字を刻み込んだ鉄板を形成して解説していく。
『魔法刻印』は、『土文字』・『骨文字』(片仮名・漢字のこと)と言った文字の力を利用する為、他者に伝えやすい。トニアルさんには土属性の適性が有る訳だし、これを活用することが新魔法の土台になるかもだろう。
ついでに他の文化も解説する。
「水属性文化は『紋様』。これは『図形』の力を利用しています。
『刻印』と違って、その図形内に魔力の流れる順序がある為、複雑かつ滑らかな魔力制御を必要とします。」
水路を流れる液体の如く、一筆書きで線を描いていく。出来上がったのは、「円」と「六芒星」。線を頂点部で途切れさせることで、内部が脱落しない様に工夫している。
「円」は水の循環を示し、「星」は6つの属性の調和を表している。(決して「攻撃宣言ができなくなる永続罠カード」ではない。)
「風属性文化は『詠唱』。言葉の持つ力『言霊』を世界に響かせることで、理に干渉するもの──。これが最も一般的な魔法文化でしょうね。
長く言葉を続けるほど威力が上がる為、複数人で合唱するなんてことをすれば極大魔法級のものも使えます。」
音の響きを金属で表現するのは不可能だ。鉄琴とか管楽器はもどきなら作れるけど。
なので、胸の前で手を組み口を開いた鉄人形ちゃんを作り、その周囲に「♪」を生やしておく。
「火属性の文化…、『活性』。
これは文化とは言えないかも知れません。一言で言うなら、魔法を直接『発現』させる技です。自身の体内に有る魔力を掌握し、無刻印・無詠唱で魔法を行使することが可能になります。
主観的な『感覚』による、言わば『才能』と呼ぶべきもの。他者への技術継承が困難なので、使い手が少ない珍しい技能ですね。」
これについて完全にお手上げだ。魔力を感じとることもできない私には、そもそもの違いが分からない。
とりあえず、炎のオーラを纏った鉄人形君を置いておく。
「あと、光属性の文化に『魔法陣』と言う物もあるそうですが…。端から見たら、『刻印』や『紋様』と大差無いはずなので割愛します。あちらの文化でも『魔法詠唱』はするそうなので、4属性の文化をそれぞれ上手く使っているんでしょう。
そして、闇属性の文化ですが、私には知識が有りません。『空間魔法』や『精神魔法』なんかに高い適性が有る、とか…。お2人の方がご存知でしょうね…?」
「リキガクから、少し聞いたことは有るけど。」
「そうね~…。夫は夢魔国の生まれだけれど…、人に話せるほど詳しくは無いわね~。」
夢魔族は傾向として大雑把な性格の人が多く、まとまった技術体系は無い、とのこと。むしろ他の文化を無節操に取り込んで、かなり出鱈目なことになっている…んだとか…。
文明的には相当発展しているらしいが。
「ふむ。それだと、『空間魔法』を扱う為の夢魔族専用技術…、なんてのは無いみたいですね。」
「そうね~。夢魔の女王様の血筋だから扱える…、みたいな感じね。」
「トニアルさんは、その血筋に近かったりします…?」
「え゛っ?」動揺!
「夫は一般的な男夢魔だし、近くは無いわね。」苦笑い…
「全ての夢魔族は元を辿れば、『女王様』に行きつくんですよね? なら、闇属性空間魔法を習得できる目が有ったりしそうなんですが。ほら、簡易版の魔法袋だって使ってましたし。」
「無茶言わないでよ──ください…。簡易版は誰でも使える──ます、よ。」
「目は有るのかもだけど、相当に難しいでしょうね。」
手っ取り早く、役立つ新魔法を習得できるかと思ったけど、まあ、できるならとっくにやってるよね。
「なら、今一度トニアルさんの現状をまとめてみましょうか。」
──────────
──土魔法で、石や岩を生成できる…。量は精々中級、そんなに多くはない…。魔力を馴染ませればその辺の小石も操作は可能…。浮かして、飛ばせる…。自己生成した物の方が当然、速くて遠くに飛ばせる…。しかし威力は下級程度──。
──闇魔法は、精神干渉…。手で触れたり頭同士をくっつけることで、相手の意識を読み取ったり、逆に思考を邪魔する雑念を流しこんだりできる──。
「やっぱり土魔法を伸ばすか、闇魔法を新たに開拓するか…。方向性としてはそんなもんですかね。」
「…、」
トニアルさんが渋い顔になっている。手詰まりだと感じている様だ。
「いよっし! ここは一度、考え方を変えてみましょう!
トニアルさん! あなたはどんなことがしたいですか?」
「? どう言う意味──ですか?」
「新しい魔法を、何に使いたいか。ってことじゃないかしら?」
「はい。その通りです。
例えば、憎い人を害したい、とか。好きな異性に、良いところを見せたい、とか。家族の役に立ちたい、とか。トニアルさんの願望──目指している未来を教えてください。」
トニアルさんが、そのキラキラ茶色髪を手で撫でつけながら目を彷徨わせる。
「…、強く、なりたい、です。」
「なるほど。では、強くなって、どうしたいですか?」
「強くなって…? それから…、えっと…。」う~ん…
これは明確なビジョンは無い感じかな?
「トニアル。なら、どうして強くなりたいと思ったのか、それを考えてみたらどうかしら?」
「えっと、だから、それは…。さっき言った、から──。」
「改めて、口に出してみなさい。そこで恥ずかしがってちゃ、壁を越えられないわよ?」
「…~っ。だ、だから! そこらの男から、母さん──達を守りたい、って! 雨瑠璃に──ウルリ、さんに助けられることが、無いくらい! 強く、なりたい、です…。」
なるほど。なるほど。母親を守れない弱さと、女性に助けられた情けなさが、原点にある訳か。男の子っすね。
「トニアルさんが欲しいのは、『守る力』ってことですね。」
「そうだよ!──です!」耳真っ赤…!
「(トニアルったら…。)」生温かい目…
「では、『防御』の魔法──敵を倒す力ではなく、守る力・防ぐ力──を伸ばす方向で考えてみましょう!」
「…、」無言のうなずき…
──────────
目の前に、茶色く薄い岩の板が、垂直に浮いている。
表面には『固』の字が彫ってあり、見た目からして固そうである。
そこに、座った状態の私が鉄の短槍をゆっくり当てる。
現実に存在する物体になった岩に対して「魔力霧散」効果が及ぶことはなく、単なる岩と金属のぶつかり合いだ。
私が腕に力を込めていくと、岩の板はぷるぷると空中で震えながら徐々に押し込まれて後退していく。
両手を前に突き出しているトニアルさんも、一緒になってぷるぷるしている。
やがて、私が腕を伸ばしきる頃、堪えきれずと言った様子で岩の板がカランと床に落ちた。
「はぁ~…、駄目かぁ~…。」溜め息…
「いえいえ、ちゃんと『盾』になってましたよ?」
私がトニアルさんに提案してみたのは「岩の盾」──要するに「浮遊防御板」の生成だ。固体を生み出す土魔法は、守る力にうってつけである。刻印で補助的に硬度を上げることでより頑丈になっている。
「盾を支える力が弱過ぎるよ…。これじゃ、使えない…。大きさもかなり小さいし…。」
「体に直撃しない様にできるだけ御の字です。ちゃんと形になってるだけ、素晴らしいじゃないですか。」
「そうかなぁ…。」
「そうですよ。私は生成した鉄を浮かせたりできませんし、それに比べたら。
手で掴んで構える盾だと腕に反動が伝わりますし、十分有能です。」
盾を手放しで操作できるだけで、利便性は格段に上がる。無意識で動かせる様になれば、空いた両手で別の魔法を準備するなりできるし。
「それに『硬化』の『刻印』も上手く機能できてますし、上々でしょう。」
「ほとんど差はないと思うけど…。それに、文字の形に削る操作、凄く疲れるし…。」
「少しでも差が生まれてるなら、凄いわよ? 印を刻むのは事前にやっておけば良いんだから、問題無いでしょう?」
「それもそうか、な…。」
「後は『詠唱』を叫びながら発動することで、気分を上げて操作性を向上させる、とかできるかもですね?」
「それって?」
「例えば、『行け!シールドビット!!』みたいな? なんか勢いが出そうじゃありません?」
「盾…、」
「びっと…??」
「ああ。『盾の』──、浮遊…『欠片』?ぐらいの意味ですよ。
自身が意味を理解できる言葉なら大体効果は出るはずなんで…、『防げ!浮遊盾!!』とか『守れ!浮遊盾!!』とかでも良いでしょうね。」うんうん
「(なんか恥ずかしい…。)」眉をハの字に…
「(テイラちゃんって、時々男の子っぽいのよね…。ダリアみたいに…。)」反応に困り中…
「後は、『刻印』の種類を増やして色んな守りをできる様になりたいですね。『爆』の字を入れて、『爆裂反応装甲』にしたり、『反』の字を入れて魔法を撃ち返したり、とか。はっ!『再』の字で、砕けても復活する様にしたり──!?」
「「…、」」
厨二世界に沈んでいく私は、2人を置き去りにして意味の無い妄想を語り続けるのだった…。
設定語りは楽しくて仕方ない。
次回は24日予定です。




