225話 誅罰あるいは模擬戦の様な何か
「来たな。
逃げ出さぬとは殊勝な心がけだ。」
私の顔を見るなり、上から目線で声をかけてくるおバカ貴族ローリカーナ。
その赤い瞳が、獲物を捉えた肉食獣の様に爛々と輝いている。
濃淡が入った赤い長髪も、溢れ出る魔力か何かで毛先が時折揺らめいていた。
殺る気満々のご様子。
その後ろには、澄まし顔の元捕虜女バンザーネが控えている。いや、私が視界に入った瞬間、頬が引きつった感じだったから主の前で必死に平静を装ってるだけかな。
やって来たのは、司令所内の訓練場。
人払いは済んでいるらしいので、他の騎士・兵士は居ない。
探索を続投したフーガノン様を筆頭に、森に呪具関連の異変の有無を入念に調べてらっしゃるからね。こんなアホなことを見に来る余裕が有る人は早々居ないだろう。
「キャーゥ!」スィーッ…
ローリカーナの上空から、子どもドラゴンが滑る様に飛んできた。そのまま契約主たるナーヤ様の肩に止まる。
おバカ貴族どもの監視をしていた様だ。お疲れ様である。
「ベフタスよ、とっとと始めろ。」
「ローリカーナ。先ずは挨拶からだ。これは模擬試合なんだぞ。」
「…、」チッ! 舌打ち!
反抗期の娘と、道徳を教える父親かな?
「これは、貴族に楯突く者に対しての『誅罰』だ! 名乗りなど不要である!」
お前は何処のケ○ネス先生だ。起○弾、撃ちこんでやろうか? 私の起源はきっと「自己嫌悪」とか「自滅」とかそんなんだから、さぞや苦しい最期を迎えるぞ?(謎妄想)
「…単なる浮浪者もどき、テイラです。対戦、よろしくお願いします。」
「意味不明の肩書きを増やすな。貴様はただ『イグアレファイトに歯向かう愚か者』とだけ名乗れば良い。」
うるせー。頭、カチ割るぞ。
お前が肩書きを増やしてるじゃねぇか。しかも長いわ!
「赤髪女の腕をぶった切った、テイラです。
名乗りもマトモにできない『名無し』さん? 対戦、よろしくお願いしますね?」にっこり!
「…!!」赤髪がユラユラと舞い上がる…!
わぁー、タコの足みたい~。タウリン、たっぷりかなぁ~? でも美味しく無さそう~。
「テイラの嬢ちゃん、変わらず良い毒舌してるなぁ。」感心…
「…。(相手が貴族だとか、気にしてんじゃなかったか…??)」頭をガシガシ掻く…
ナーヤ様が私と奴の間まで歩いていき、全員を見やる。
「審判は私、ナーヤが務めます。
見届け人は、専任官ベフタス様、特級冒険者竜喰い殿、付き人バンザーネ。公正な判断をお願いします。
ローリカーナ様、テイラ殿。対戦者両名、構えて。」
奴は最低限の防具のみで武器を装備しておらず、私に射貫く様な視線を向けたまま立っている。
私は慎重に腰を落としながら、鉄の槍を出し構える。
「では、試合始めっ!」脇に飛び退く!
ナーヤ様の合図と同時、奴が右手をこちらに向けて口を開いた。
「刮目して見るが良い!! これが新たなる──」
身体強化、全開。真っ直ぐに距離を詰める。
「──攻撃魔法!! 貴様を屠る為に──」
謎の詠唱が聞こえるが、攻撃予測はまだ反応しない。魔法は飛んでこないらしい。
なので、全力の踏み込み。
からの、鉄槍を変形させ右腕に纏わして、太い鉄拳にし突き込む。
「──生み出── まっ!?待て──!?」
ボゴォ!
と音が鳴りそうな勢いで、鉄拳がローリカーナの顔面に直撃。
その頭が離れていく前に纏っていた鉄を形態変形させ、金属生命体が餌を補食するかの如く首から上を完全に覆う。そしてすぐさま鉄を固体化させ、拘束した。
イメージしたのは、劇場版ガ○ダムOOの宇宙生命体による同化シーンだ。意識を繋げるつもりは欠片も無いけれど。
これで息もできないし、魔法の詠唱も不可能だろう。
奴はぐらぐらとふらつきながら、自身の顔に付いた鉄を剥がそうと掴んで踠くが、球体状の金属塊をどうこうできる訳もなく。
やがて、力尽きる様に後ろに倒れ込んだ。
頭の拘束鉄が地面に当たり、鈍い音を響かせる。
「…、そこまで…。勝者、テイラ殿…。」
「ローリカーナ様ぁー!?!?」慌てて駆け寄る…
「待つ訳ないだろ。バカが。」警戒しつつ見下し…
随分とあっさりした勝利であった。
「ちょ…!? そこの青髪ぃ! この鉄を外しなさいな!? ローリカーナ様が窒息されるでしょうがぁ!!」グググッ…!!
バンザーネが球体鉄の口に手を掛けて、必死に広げようと踏ん張りながら怒号を発する。
指先にどれだけ硬化・強化をかけようとも、私の鉄に触れた部分は魔力を弾く。生身の手では何の意味も成さない行為だ。
「大丈夫ですよ。魔力が多いんですし、回復力もお有りなんでしょう? 無呼吸でも魔力循環だけで数時間は持ちますよ(多分)。」
「そんな訳ないでしょう!? せいぜい十数分ですわよ!! 早く外せぇ!」ギリギリ…!
「大丈夫大丈夫。そのうち限界超えて、無呼吸法にでも目覚ますって(適当)。」
「ベフタスゥ! これはローリカーナ様を亡き者にする計画なのかしらぁ!?」ぜぇ!ぜぇ!
「開始合図後も棒立ちだったローリカーナが悪いな。」
「バンザーネ…、私も擁護のしようが有りません…。」
「試合は、終わったでしょう、がぁ!! ローリカーナ様、中で血を流してますのよ!? ああ!? 念話が弱く…!? 早く! 外し、なさい! な!」ガン!ガン!叩く!
それ、叩くと中の人にダメージいきますよ? とどめを刺すつもりなのかな?
「なら、外す代わりに、1つ許可をくださいな。」にっこり!
敗者に罰は必須だよねぇ。
──────────
「ぎっ、貴様ぁ…!! 口上の途中で攻撃を仕掛けるなどぉ!! 恥を知れぇ…!」はぁっ! はぁっ!
恥も何も。
頭が幼稚な奴は意味不明だね。何言ってるか分からん。
言葉使いを変える許可は貰ったし、相応しい対応で答えるとするか。
「お言葉ですが、『名無し』ちゃん? これはねぇ? 模擬試合であって、あなたの魔法練習の場じゃ無いんだよぉ~?」幼児言葉で煽る…!
「ばっ!? 馬っ…!鹿にっ…するなぁ!! 私はっ『ローリカーナ=イグアレファイト』だぁ!!」
「そっか、そっか。幼稚ロリちゃんは、優しーく、甘ーく育てられたんだね~?
普通はねぇ? 魔法を撃とうとしたら、妨害されるものなんだよぉ~? その駆け引きも含めて『試合』って言うんだよぉ~?」
「~~~っっ!!!!」憤怒の形相!!
「(申し訳有りません…! ローリカーナ様ぁ…。)」悲痛な面持ち…
ん~、思ったよりもスッキリしないなぁ。
凄い顔してるけど、危機察知が反応してないから攻撃してはこないみたいだし。
試合外で魔法を撃って来たら〈鉄血〉を発動してやるつもりだったんだけど。
せめて何か言い返してくれば、煽り返してやるんだが。
「はぁ…。アホらし。
まあ、これでお望みの模擬試合は終わったんで、帰りますね~?」くるりとターン…
「まっ!?だっ!だ!! もう1戦しろぉ!!」
「ロ、ローリカーナ様…! お体に障ります…!もう諦め──」
「敗者が何言ってるんですか?」
「貴様を下す為の魔法だぁ!! それを成すまで終われるかぁ!!」バンザーネを振り払う!
「じゃあ、土下座。」
「………は?」
「敗者が勝者にお願い事をするなら、相応の態度を見せるものですよ? だから、土下座してください。」
「わたっ、私は!! ローリカー──!!」
「今はただの敗者だろうが。
竜と契約できない、竜騎士家のお嬢さん?」
「~~~ッ゛ッ゛!!!」言葉にならない激怒!!
ふむ。何もアクション無し、と。
「んじゃ、帰りますね。」スタスタ…
「あああああ!! 端女ぇ!! 対戦しろぉ!!」ガンッ!!
地面に頭突きをする勢いで土下座しながら、口では命令をしてくるローリちゃん…。
対戦前に自分からダメージ負うとか…。何をそんなに拘ってるのやら…。
ま、土下座はしたからやってやるか。
──────────
鉄拳!! 鉄拳!! ボディブロー!!
「うが…!」ガクッ…
肩に鉄鎚、振り落としぃ!!
「ぎぃ…!!」倒れる…
顔面に鉄フライパンをフルスイング!!
「がっ!…あ…、ぁ…!」ふらつく…
鳩尾に鉄槍(先端は丸い)!! 抉り込む様に打つべし!!
「がっ、ぁっ…!!」踞る…
「はあ…、はあ…。」
奴から距離を取り、息を整える。
痛覚に直接響く攻撃を、何度食らっても自己回復魔法で治癒し立ち上がってくる赤髪貴族。とてつもなくしつこい。
正直、こっちの体力が先に尽きそうだ。
そろそろ終わらせたい──
キィン…
軽度の危険予知を知らせる音が鳴った。
「ァ、…、ド、『炎竜掌』ォ!!」
死にもの狂いでローリカーナがついに魔法攻撃を撃ってきた。
突き出した右手から、5本指の火炎で出来た手が放たれ、私を握り潰さんと迫ってくる。
しかし、鉄の槍を「熊手」の形にし上段から振り下ろせば。
火炎の手は線状に切断され、瞬く間に霧散した。
「なぁっ…!?」
「貴様に足りない物はぁ!!
『情熱』! 『理想』! 『勤勉さ』ぁ!(適当)」ゴン!!ガン!!ボグゥ!!
「ぎゃあっ! がぁ…!」
驚愕で動けないローリカーナを滅多打ちにしていく。これで終わりだぁ!!
「──何よりもぉ! 『経験』がぁ! 足りない!!」ドゴォ!!
奴の脳天に、渾身の力で熊手の柄を激突させた。
「ぁっ…、ぅ──。」ガクッ…
崩れ落ちたまま、ピクリとも動かない。
ようやく、完全に気絶した…、様子…。
「勝者。テイラ殿!!」
「…。」ぜぇ…!ぜぇ…!
頭への衝撃で、人格が善悪反転しないかな…。
ローリカーナの頭に回復薬がかけられるのを眺めながら、現実逃避をする私だった…。
外野の雑談
「動きも体力も、下級の下級だが…。魔力の自然回復量だけは異常だろ、あの女…。」
「そうだな。その1点のみなら、シリュウぐらい有るだろ?」
「有るかも知れんが、器がアレじゃ意味無いだろうが。」
「なんとか活かしてやりたいところなんだが、なぁ…。
まあ、嬢ちゃんには感謝しかねぇな。ローリカーナに、あそこまで真正面から接してくれる奴は他に居ねぇだろうよ…。」
「…。(ひたすらに酷い扱いだったと思うが…。)」
「俺直属の騎士に取り立てるって言っても、嬢ちゃん、喜ばねぇよな?」
「当たり前だ。勝手に連れていくんじゃねぇ。」
「もちろんだっての。うーむ…、報いる方法が思いつかん。」
「…。(テイラなら『平穏が欲しい』とか言うかもな…。)」
果たして、主人公の未来はどっちだ。
次回は18日予定です。




