224話 風魔猪の熟成肉
予定より1日遅くなりました。申し訳ない。
巨大な塊が、目の前にある。5キロの米袋より大きいだろうか。
表面はすっかり風化しているのかガサガサした印象で、黄土色の硬い岩の様だ。しかし、これは無機物ではない。
ゆっくりとナイフの様な刃物を当ててやれば、見た目に反して柔らかく切断されて、中からテロリとした光沢を放つ赤い宝石の様な断面を覗かせる。
薄くスライスされ皿に乗せられたそれを、隣に座るシリュウさんが1つ摘み上げ、そのまま口に運ぶ。
ぱくり… もぐもぐ…! もぐもぐ…!!
「…。なかなか…。悪くない…。」幸せを噛みしめ…!
「そりゃ良かった! 存分に手間かけた甲斐があるってもんだ!」がっはっはっはっ!!
現在、私達が居るのは「司令所」の敷地内。以前にベフタス様と会談した、庭園のテーブルに座っている。
今日来た目的は、町の貴族長様からシリュウさんへの贈り物を受けとることだ。
呪具への対処や魔猪の森の探査に感謝しているベフタス様が、その対価として用意した「食べ物」。それが今目の前に有る「肉」の塊である。
と言っても単なる肉ではない。これは、シリュウさんが以前に倒した「風のヌシ」って二つ名の風魔猪の肉を、「熟成」させた物なのだ。
シリュウさんがあの魔猪を討ち取って凱旋したのが、一月近く前になる。
あの後ベフタス様に預けられ解体された風魔猪の肉は、激しい戦闘による痛みでダメになった部分もまま有ったものの、無事だった所を丁寧に切り分け特殊な倉庫に安置されていたそうだ。
そして、シリュウさんの任務もひとまず落ち着き、肉の方もとても良い状態になったと言うことで試食会? 的な集まりが開かれたと言う訳。
シリュウさんは、蒸留酒をぐびぐび飲みながら、熟成肉を堪能している。楽しみにしていた肉が食えるからって、シリュウさんの魔法袋に入らない(入れたら瞬時に蒸発しかねない)非魔法のお酒をわざわざ持参したくらいだからね…。
その倉庫だが、「温度操作」・「湿度操作」・「風流発生」の効果を持った魔導具達を駆使し、低温かつ湿潤な空気が絶えず対流する環境を整えた物だそうで、肉を安置すれば腐ることなく旨味のレベルをアップさせることが可能らしい。
20日以上もの間、複数の魔導具をフル稼働するなんてどれほど魔力がかかっているのか…。戦慄する…。
そんな贅沢の極みみたいな肉を結構な勢いでパクパクと食べていくシリュウさんと、それを見て豪快に笑うベフタス様。端から見ると意味不明だ。
風属性の魔猪だからと言って肉が緑色な訳でもなく、熟成してある物だから問題無いとは理解できるんですけども。
それ、焼いて食べた方がよろしくないですかね…?
生の方が、魔力や風味が良い? そうですか…。
「残りの肉もまだまだ有るんでな。順次倉庫から出してシリュウに届けていくから、そのうちのいくつかを焼いてみても良いんじゃないか?」
「風魔猪の肉は、この食い方が最高だと思うが…、任せてみるか。頼んだぞ、テイラ。」ぱくぱく… もぐもぐ…
おっと、藪蛇だった…。
異世界熟成肉の焼き加減とか未知数過ぎるが…、まあ、了解しました…。
ちなみに。風のヌシの肉以外の部分──皮や骨、更には魔石まで──を全てベフタス様に譲渡したらしく、総合的にはきちんと貢献していることにはなるそうだ。
特に魔石は、良い大きさの物が3つも出てきた為、ベフタス様もシリュウさんに返還しようと提案したのだが。
「風の主は俺を憎んでいたからな。そんなやつの魔石なんざ、持つ気にならん。」との言葉であっさりと断っていた。実に大雑把な話である…。
──────────
シリュウさんの食事が一段落したのを見計らって、ベフタス様が私に声をかけてきた。
「テイラの嬢ちゃん。折り入って話が有るんだが、少し良いか?」
「はい──」
「おい。」
シリュウさんが目を鋭くしながら、話に割り込む。
「大丈夫ですよ、シリュウさん。どうせおバカ貴族関係の何かですから。」
ベフタス様の後方に、ナーヤ様が自然と一体化するかの如く気配を消して控えてたからね。十中八九、奴の話に繋がるだろう。
私がわざわざ名指しでお呼ばれしてる理由も、それで納得だし。
「それは大丈夫じゃねぇだろ。」
「私が、私の意思でやったことの後始末とかですから。当然の何かですよ~。」
「…。」バカを見る目…
「話を聞いてくれるだけで良い。強制は絶対にしない。許可してくれねぇか?」
「…。(テイラの馬鹿は、受けるやつだろ、それ…。)」諦めの溜め息…
ベフタス様を促して、前に出てきたナーヤ様と軽い挨拶を交わしていく。
「お久しぶりです。ナーヤ様。」
「長らく間を開けてしまい申し訳ありません、テイラ殿。」
「いえいえ。魔猪の森の探索に加わっていらしたのでしょう? お疲れ様でございます。」
「ありがとう存じます。ですが、これが本来の職務ですから。」
穏やかな笑顔のナーヤ様。演技じゃ無さそうだし、精神状態は良好の様だ。
「その後、如何ですか? あの方は。」
「はい。ローリカーナ様は、ベスタス様の命に従って任務をこなしております。」
「あの方も森の探索に出向かれていたのですよね?」
「はい。ローリカーナ様はその類い稀な回復力を活かして、魔物の囮役をなされておりまして。
敵からの攻撃に耐え、味方からの魔法砲撃で諸ともに吹き飛ばされ、それでもなお不敵に笑っておられます。」
味方からの誤射を勘定に入れて、戦ってんすか…。
私の引きつった笑みを見て、ナーヤ様が言葉を続ける。
「ローリカーナ様は、他の騎士達にも高圧的な態度を取り続けていましたから…。彼らの鬱憤を晴らす意味合いも有りまして…。
ローリカーナ様本人も罰として受け入れており、ベスタス様もその戦い方を褒めた上で周囲に許可を出されたのです…。実際に討伐効率も良く、その様な形に落ち着きました…。」
「なかなか、壮絶なことで…。」
なんともふざけた話だが、人の役に立ててるなら…、まあ良いかな…?
そろそろ本題に入ろうか。
「それで。今回は、私に、どの様な用向きでしょう?」
「はい…。ローリカーナ様が…、テイラ殿との再戦──いえ、模擬試合を希望しておられます。」
「やはりそうですか。」
私を下すことが、生きる目的みたいになってたからねぇ。堪え性の無さそうなあの人が、良くもまあ我慢した方だろう。
「もちろん、ローリカーナ様が一方的にやる気になっているだけです。きちんと断りの言葉を伝えて言いくるめれば──」
「受けても良いですよ?」
「…。(やっぱりな…。)」
シリュウさんから咎める様な、しかし呆れた様な視線が視線が突き刺さる。が、まるっと無視だ。これは私の問題なのである。
「…、ローリカーナ様は苦手な魔法攻撃を克服し、新たな技を編み出されました。テイラ殿を害そうと、並々ならぬ意欲を注がれておいでです。
それでも、よろしいのですか…?」
「はい。私が、誤って殺害しちゃったり、呪っちゃっても良い──罪に問わない、と確約していただけるなら。ですがね?」
次回は15日予定です。




