214話 怒りの説教と生きること
今回で暴力的主人公の話は一区切り…、になるはず…。
「一瞬だって、言ったはずです。」ボロボロ…
屑鉄に変化させることで鉄仮面を崩壊させて、強化魔法を解除する。
風属性身体強化魔法〔瞬閃の疾風〕は、多少長い詠唱が必要な代わりに出力はとんでもなく高い。周囲の気流を制御下に置くことで肉体の動作を超加速させ、火属性の腕輪の強化とは比較にならない身体能力を得ることができる。
だが、その代償として、持続時間の短さと制御の困難さが付属している。
発動から数秒程で効果は消えるし、加速方向と肉体の動作がズレればセルフで骨折・肉離れを多重発生させ自滅してしまう程のピーキーさ。自らの意思で魔法制御ができない私ではそもそも扱えないのである。
そんな自爆技をなんとか使える様に、レイヤと2人で考えだしたのが「マンガ・アニメの動作を真似る」と言う方法だった。
本来風魔法を使う発動者とその強化を受ける私、その意識を1つの動作に同調させることで、魔力と意思を完全一致させたのだ。
つまり。私は、一動作のみ、漫画の主人公みたいな超高速機動ができると言う訳。
その結果が、目の前の光景だ。
自らの右腕が切断されていることを認識したローリカーナは、糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。
「「ローリカーナ様!」」
侍女である2人が倒れた主を抱きとめる。
「わた、私、の手が…、」呆然…
「ナーヤ!!」
「はい!!」
ナーヤ様が床に落ちたローリカーナの手腕を拾い、魔法によって生成した水で断面を素早く洗って、本来あるべき位置に繋ぎ合わせる。
そこにバンザーネが回復ポーションを掛けていった。棚から更に竹筒を取り出し、ドバドバと追加していく。
私は、ゆっくり呼吸をしながら、その光景を眺めていた。
反動でそこそこの痛みが全身に生じてるけど、骨折とかはしてなさそう…かな。
「だ、大丈夫…?」
「一応、ね…。全身、痛いけど…。」
「上級回復薬、飲む…?」
「…そう、ね。飲むか…。
ウルリ。悪いけど、ポーション、開けてくれる?」
「分かった…。」そっと瓶を開封…
今回は神経は傷ついてないはずだから、鉄で吹っ飛ばした腕を回復させた時みたいな痛みは無いはず…。
ポーションを少しずつ飲ませてもらいながら、体を休める。ちょっと、怒りに任せてやり過ぎたな。
「いやぁ、お見事。素晴らしい腕前ですね、テイラ殿。」パチパチ…
「キャイ!キャー!」
いつの間にやらフーガノン様が部屋の中へとやってきた。黒幕の登場シーンみたいな、余裕の有る雰囲気を出しながら拍手をしている。
そして、その背にくっ付いていたナーヤ様の召喚竜が、部屋の中を飛んで召喚主の下へと戻る。
小さな子どもドラゴンが、ナーヤ様の左腕にしがみつきペロペロと舐めていた。赤い魔剣で刺したところを癒してるつもりだろうか。
本人は意にも介さず、ローリカーナの肘と手をがっちり握り留めていたけれど。
「魔力回路すらも無関係に断ち切るとは。
貴女の能力は素晴らしいですね。」
「いえ、〈呪怨〉は使ってませんよ。」
「おや、そうなのですか。しかし、あのローリカーナの憔悴した様子では、魔力回路が再接続されることはないでしょう。
ローリカーナの回復力が、良くて半減、悪ければ消失しているはず。私が痛めつけるまでもなく、通常の騎士が数人居れば十分抑えこめます。
命は取らず、抵抗力を奪う。見事な手並みです。」
「どうも…。」
自分の意思でしたことだし、首を狙わず腕を攻撃したのも思惑通りではあるけれど。
端から見たら酷い暴力行為を、「褒められる」のは…、何か間違ってる気がするな…。
加害者が、口に出す必要も無いだろうが。
フーガノン様は私の横を通って、ローリカーナ達へと近づいていった。
「フーガ、ノン…!」
「フーガノン!!約束が違うでしょう!ローリカーナ様にこの様な仕打ちをするなど!!」
「命はとっていないのですから、何も違えてなどおりません。」
「その小娘の呪──ぅぐぅっ!…、かっ…能力、を、私が、受ける代わりに! ローリカーナ様にはしないと!!」
「ええ。ですから、それもしておりません。テイラ殿はただ『斬った』のみです。」
「そんなことで高貴なる魔力回路がいとも容易く──」
「戯れ言は結構。お黙りなさい。」
「ぐっ!ん…!」口が動かずじたばた…
「ローリカーナ。ここにベフタス様からの誓約書が有ります。
貴女が、未来永劫、ベフタス様に逆らわないことを誓う物です。この内容を受け入れるのであれば、私が預かっている超級ポーションを1滴、差し上げることを考えても良いですよ? 今ならまだ回路が繋がるかも知れませんね?」
「わた、しは…! ベフタスに、など…! 従うもの、か…!!」
「そうですか。では、その様で生きるがよろしいでしょう。
…ナーヤ、もう無駄です。その手を離しなさい。」
「…!」
ナーヤ様は、フーガノン様の言葉を無視して力を籠め続けていた。
まるで自分が握りしめていれば、腕が繋がるとでも言う様に。
子どもじみた頑固な主に、板挟みになっても愚直に自分を貫く侍女、か。
全くお似合いだよ。
心の底から、イライラするくらいに。
私はフーガノン様に目線で合図をして、ローリカーナへと言葉を投げかける。
「ローリカーナ様? 貴女は何を為したいのですか?」
「何、がっ…! 言い、たいっ…!?」
「このまま、訳も分からぬまま。魔法が使えぬ身になっても良いのですか?」
「ぎ、ざま゛っ! どの、口がほざくっ、か!!」
腕がズレるのも意に介さず、憤怒の形相で私を睨むおバカ貴族。目が血走ってるね。
腕が斬られもショック死どころか怒る気力まで有るとか、生命力が高くてお羨ましいことで。
「私を、舐めてかかったご自分の責も有るでしょう。周りの者達の意見を無視するから、こうなるのです。」
「ぎ、ざっ──」
「テイラ殿! もう止めていただきたい…!」
「いいえ。止めません。
このバカ女の考えを変えることが、約束なので。」
悲痛な顔のナーヤ様からローリカーナへと視線を戻す。
「貴女は、死にたいのでしょう? ベフタス様に逆らうのはそのついで。
正確に言うなら。竜と契約できず、家族から捨てられたと言う現実から、逃げだしたい。それが貴女の望みでしょう?」
「──!!!!!」
図星らしく、言葉にならない怒りを目に見えない圧力で返してきた。
なら、こっちも怒りをぶつけてやる。
「だったら。他人に迷惑をかけることなく、誰にも知られない場所で! 1人で死ねよ!!
魔力が有るから自分では死ねない? 最期に家族の役に立ちたい? バカ言ってんじゃねぇ!!」
私の剣幕に怒りの形相は消え、目を見開いて間抜け面になった。
このまま畳み掛けてやる。
「生きる気がない奴の命なんて、何の役にも立たないんですよ。今貴女が死んだところで、貴女を捨てた奴らは数日もすれば、貴女の存在を忘れて! のうのうと生き続けるんですよ! 貴女はそれが、許せるんですか!?」
怒りの感情が有るなら。それを抑えてこの世から消えるのではなく、糧にして生き延びてみろよ。
魔法も、教養も、仲間も。お前には在るだろうが。
「貴女は!! 生きて、生きて、生き抜いて。自分を見下した奴らを! 自分を捨てた奴らを! 見返すんですよ!
その為ならば、屈辱にまみれようが! どれだけ辛かろうが! 嫌いな相手に頭を下げてでも! 生き延びなさい!」
「貴様──。
──名は。名は、何と言う。」
真顔になったローリカーナは、ややあってから私の名前を問うてきた。
「テイラ、です。
特級冒険者『ドラゴンイーター』の飯炊き女をしています。」
「…、その名、覚えたぞ。
貴様は必ず、この手で…! 下してやろう…!」
「どうぞ、ご勝手に。」
その後、ローリカーナはベフタス様への誓約書に自ら署名した。
震える左手で、しかし怒りの炎で爛々と目を輝かせながら服従を誓う姿に、自殺する意思は霧散した様に思える。
まあ。私個人としては、更なる面倒事を抱えた気はするが…。
ひとまずはこれでいいかな。
長々とお目汚し、すみませんでした。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次回は15日予定です。パアッと明るい話にしたいな…。




