210話 極めて知性的判断の末
シリュウさんが森に戻って数日後。
熟慮に熟慮を重ねて、
慎重に今後の身の振り方を考えた結果──
「では、これからよろしくお願いいたします。──フーガノン様、ナーヤ様。
あと、ウルリ先輩。」
「はい。よろしくお願いします。」微笑み…
「お願い、します…!」気合い十分…
「…、うん…。」諦めの表情…
世にも奇妙な依頼集団が結成されました。
はて…?
なんでこうなった??
──────────
話し合いの後日。
ナーヤ様が顧問さんの家まで謝罪に来たのが、事の始まりな気がする。
私を監視していたこと、それを隠していたこと、迷惑をかけないと約束したにも関わらずベスタス様に呼び出される結果となったこと。
それらを告げる度に頭を下げる彼女には、かなり引いたね…。
いくら侍女とは言え自身も貴族だろうに、よくまあここまで平身低頭になれたものだと逆に感心しかけたほどである。
まあ、私が特級冒険者のお供的な何かだから、へりくだるしかないんだろうけど…。
彼女を宥めつつ話をしたのが、今思えば間違いだったかも知れない。
ミハさんが用意してくれた飲み物を飲ませて、落ち着かせる為に色々と言葉を交わした。
元々ローリカーナと言う竜騎士家の娘に仕える下級貴族であったこと。幼少の頃からそいつの、学友兼側仕えとして侍っていたこと。そこにはあの捕虜女バンザーネも一緒であったこと。
成長したローリカーナが、家の仕来で自身の相棒となるべきドラゴンと見合い(?)をしたが、契約相手を見つけられなかったこと。
なんとしてでもドラゴンと契約したかった主は魔境山脈へと突撃、しかし契約してくれる野生ドラゴンを見つけることができず、あろうことかそのお供で下級貴族である自分が子ドラゴンと契約するに至ったこと…。
まあ、波乱万丈と言うか…。マジで物語の主人公に成れそうな人生送ってるよね…。
この時点でだいぶ彼女に同情的になってしまったのは事実だ。
そして、主と同僚に蛇蝎の如く嫌われながらも侍女を続けていたある日。
遂に竜と契約できなかった主は実家を追い出され、遠い西の果てであるマボアの地にやってくることになった。
主は自身を、この地にて実家の影響力を高める為の尖兵だと思いこんでおり、家の裏切り者である大叔父上ベフタス様を打倒することが使命であると考えているそうだ。
なんと、ベフタス様は元々火属性竜騎士の大家であるイグアレファイト姓であり、ローリカーナと血縁関係であるとのこと!
ローリカーナの祖父の…弟、がベフタス様ってことになるのかな?多分。
なんともまあ…。そんな人物が治める町に、不出来な娘を送りこむとか…。
鬼か…??これだから、貴族って奴は…。
んで、そのおバカ貴族はこの町の治安を度々脅かし、結果として魔猪の森に出す人手が居ない事態になってる、と…。
「騎士でもなく、竜に乗ることもできぬ自分をベフタス様は評価してくださいました…。しかし、ローリカーナ様は私の主だった方なのです。嫌われていようとも害することなどできないのです…!」目を潤ませ…
自身の立場とかつての過去。その2つが相反し板挟みになった現状でもがき苦しむ1人の女性の姿がそこにあった。
そうか。
なんで私が彼女の話を親身になって聴いたのか分かった。
マルテロジーの侍女と、姿が重なるんだ。
私の故郷エルド島でカレイヤル様以外の数少ない味方だったその人は、魔法が使えない私に仕えてくれた有り難い存在だった。
お父様に色々言いつけられてたから仲良くお喋りなんてしたことはなかったけれど、対等に1人の人間として接してくれた人だった。そして、命の恩人でもある。
呪具のナイフで刺されて初めて〈呪怨〉を発動したあの日。彼女が瀕死の私を抱えて逃げだしてくれたから、最終的にレイヤと共に島を出ることができた。
目の前のナーヤ様とは顔立ちも年齢も何もかも違うけれど、主の為に必死でできることを模索しているその精神は、どちらも等しく尊いものだ。
彼女に報いることはもう叶わないけれど、ナーヤ様の力になることはできるはずだ。
「ナーヤ様。お気持ちは、痛いほどに分かります。
でしたら、その気持ちに従って行動するしかありません。」
「で、ですが、もうどうすることもできない程に事態は進んでしまっていて…。」
「大丈夫です。ローリカーナ…様、もベスタス様も共に生きておられるのです。まだやれることはあるはずです。」
「し、しかし、どうしたら──」
「問題の中心は、ローリカーナ様の御心に有ります。解決法は、その方を改心させる他に無いと存じます。」
「で、ですが、ローリカーナ様がその意を変えることなど天地が逆しまになろうと有り得ぬことで──」
「でしたら、天地を逆さまにさせるのです。
この町、ひいてはこの国の安寧と、元主の健やかなる命。その両方を勝ち取るに必要ならば、鬼だろうが悪魔だろうがぶっ倒すのです!」
「魔族に、「あく魔」?ですか??」困惑…
「進むべき道を塞いで邪魔をしてくる、余分なもののことです。
それらを打ち倒して!貴女のその想いを結実させるのです!」
「テイラ殿…。
しかし、具体的にはどうすれば…。」
「こう言う場合、1人で悩んでも答えは出ません。
まずは腹を割ってベフタス様や周りの方と真正面から話をしましょう!ナーヤ様の想いを全てぶつけて、説き伏せて、協力を取り付けるのです!そこから今できる最善を皆で考えましょう!!」
「…!!はい…!!」
そこからしばらく、ナーヤ様と共に対話行脚をしまくった。
いや、何故浮浪者もどきの私が貴族様のお家事情に首を突っ込んでいるのか…(即座の自己否定)
もう色々面倒臭くなって、勢いのまま私の鉄が〈呪怨〉由来の物であることをベフタス様とフーガノン様にぶっちゃけた。まあ、やはりある程度予想されてたみたいで大して驚いてはなかったけれど…。
そして、その〈呪怨〉の使い方次第で魔力回路を不可逆的に破壊できることを伝えた結果。
命を奪うことなく、魔法能力だけを奪える手段足りえると判断され、ローリカーナ対策の目玉として貴族直々の依頼を受けることになったのだった…。
回想終わり…。
──────────
いや、だから、なんでよ…。
おかしい。私は、慎重に、熟慮して、この町に貢献しながら、純心なナーヤ様の願いの手伝いをしようとしていたはず…。
なのに、何故おバカ貴族を呪いに、竜騎士達と行動する羽目になってるんだ??
しかも、私が中心になって音頭取ってるとか…。
「…確認ですが。
フーガノン様は隠れて非常時の鎮圧要員に。
ナーヤ様にはローリカーナの説得をしてもらい、失敗時には私が魔力を封印する措置をとります。うまく説得できた場合は、魔力封印の鉄の部屋に入ってもらって軟禁生活をさせることも視野に入れて、極力命はとらない方向で進めます。」
「ええ。」
「はい…!」
フーガノン様は相変わらず飄々とした態度で微笑み、ナーヤ様は自身の想いを結実させる為に気合いを漲らせている。
不安しかない…。
「上級冒険者たるウルリ先輩には、雑魚である私の身の安全を守ってもらう支援をお願いします。」
「あ、うん。よろしく…。」
まあ、なんか話を聞いたウルリが私の護衛を買ってでくれたから、私以外全員貴族って状況は回避できたんだけど…。流石に依頼中は先輩冒険者として敬わないとね。
本人は貴族に囲まれてるせいか死んだ魚みたいな目をしているが…。大丈夫かなぁ…。
いや!いつまでもクヨクヨしていてはダメだ!
今朝ミハさん達が作ってくれた、火魔猪肉と紫色の根菜の煮物の美味さが、私に力をくれている…!頑張れ、私…!!
私の肩に、マボアの町の未来が乗っている…!
──いや、重いわ!?
自分に大して冷静なツッコミをしていると、フーガノン様が今回の道案内をしてくれるガイドに声をかけた。
「では、バンザーネ。とっとと案内しなさい。」
「…、分かり、ました…。」苦虫を噛み潰した顔…
うーん。先行き不安…!
次回は10月2日予定です。




