209話 呪具の行方と人材不足
魔猪の森の北には、この大陸の終わり──その向こうに広がる海がある。
私の感覚では、ユーラシア大陸の上の北極海みたいなイメージの場所。
「嵐の怒り」なんて大層な名前のそこは、年中暴風が吹き荒れる海の魔境領域だ。
そして、その寒波の波風に運ばれるのか、謎物質が度々海岸へと流れつくことがある。
金属なのか土器なのか木材なのか、何かの破片なのか生物が生成したものなのか。材質も意図も不明な謎多き塊達。
分かっていることは、色味は暗い物が多いとか、自然分解されづらいとか、──時々本物の呪具が混じっていたりする、とか──。
「シリュウ、全面的に許可を出す。呪具は残らず破壊してくれ。対価は必ず払う。」
自ら〈呪怨〉を発する異常物体「呪具」。
アーティファクトの呪い版みたいな理解不能のそれは、往々にして人の世に害しかもたらさない。しかし、〈呪怨〉を放出するまでに至ったその塊は、並大抵の力では破壊不能のオブジェクトである。
ベフタス様は、呪具の破壊手段を持つ希少人物シリュウさんに、頭を下げて頼みこんだ。
「ベフタス。落ち着け。今回はそう言うことじゃねぇんだ。」
「…、違うのか?なら、なんだ?」
「逆なんだ。呪具が全く、見つからない。」
「…、」思案顔…
「それは、喜ばしいことなのでは?」
フーガノン様が捕虜女を監視しながらも疑問を投げ掛ける。
「単に存在しないだけなら、な。
あの海岸に流れつく呪具の個数には時期的変動はある。
だが。呪具の成り損ないは大量に漂着してるのに、呪具として完全に成立した物がただの1つも見つからないのは、完全な異常だ。」
「…、持ち去ってる奴が居る、ってか。」
「ああ、恐らくな。
だから確認に戻ってきたんだ。ベフタス、ここ数年の調査結果と、その時の呪具の処理をどうしたかを聞かせろ。」
「シリュウが考えている通りだ。ここ10年は正式探索はできてねぇ。破壊も回収もしちゃいねぇ。」
「やはり、そうか。」
「ナーヤ。各所に緊急通達。
北の海岸より漂着呪具が持ち去られている可能性有り。魔物・人間、両面での警戒に当たれ。とな。」
「は、はい!」
ナーヤ様が部屋の隅へと移動し、目を瞑って棒立ちになった。遠距離念話でもしてるっぽい。
ウルリがビビりながらも、ちらりとシリュウさんを窺う。「今すぐギルマスに伝令してきた方が良いっすか?」って感じかな?多分?
シリュウさんが「まだ座ってろ。」と返答したから、そう言うことなんだろう。
シリュウさんとベフタス様の対話が続く。
「一応、成り損ないどもは、纏めて跡形も無く消しとばした。西から東、結構な距離を合わせて大小100個は超えてたはずだ。」
「うーむ…、
漂着物数十個につき呪具1つと考えても、最低2~3は在る計算か…。」
「そんなもんだろうな。」
「シリュウ。警告に感謝する。この礼はまた必ずする。」
「別にいい。この前の酒と果実で足りてる。
それよりもこの事態をどうにかすることに注力しろ。」
「そりゃあ、全力で対応するがよ…。」
「もっと頻繁に最深部の探索をするべきなんじゃないか?俺だけだと流石に限界がある。」
「その必要は分かるんだがな。マボアは森の魔物を抑えこむ前線基地だからなぁ。
魔猪討伐に比重が傾くのは仕方ないし、そもそも〈呪怨〉を判別できる人材が早々居ねぇからな。海岸の様子を目視して、呪具に適合した危険存在が居ないか見てまわるのが、現状だ。」
思わず体がビクッとなりかける。
呪具が融合した「危険存在」が、ここに居ま~す…。
ははは…、言えねぇわなぁ…。
過去には呪具を食べでもしたのか、異常な力を振り撒きながら暴れた魔猪なんかも討伐されたことがあるらしい。その魔猪を倒したら、体内から呪具らしき異常物体が出てきて〈呪怨〉持ちだったと判明する形らしいが。
そんな呪具は厳重に封印措置をした上で他の所に送られ、力を持った存在によって破壊されるのが常なんだとか。
土・水氏族エルフが居る大陸中央に運ばれることもあれば、国内だと、強力な竜騎士が居る東の湖都や、以前は精霊使いや超級パーティーが居たらしい物流拠点街なんかも送り先であったそうな。
…。
フュオーガジョンって、あの「ムカデ女」が発生したとか言う場所だったよね…?もしかして関係有り有り??
「俺が出れたら早いんだが、なぁ…。」
「町の長は無理でも、そこの竜騎士ならいけるだろ?なんで使わない?」
「他に同行できる奴が居ないからだ。フーガノンなら並大抵のことはできるが、単騎行動では想定外の事態に対応できん。万が一にも失う訳にはいかない。
それに…、ローリカーナの奴を抑えこむのに必要なんだ。」
「また、そいつか…。もういっそ俺が処理するか?森に戻る前に殺れるぞ。」
「俺も命をとることまで考えてはいるが…、今は止めてやってくれ。」
「…。煮えきらんな。お前らしくもない。」
「色々と難しいんだよ。」
ベフタス様の目がほんの一瞬、私に向いた。
私の鉄が欲しいって、もしかしておバカ貴族様への対処に使えると思ったから??
処分するでも、魔法で拘束するでもない手段だと、好ましいってことか?
「テイラが、どうかしたか。」
「ああ、いや?何でもねぇよ。」
「…。テイラは悪事はしない。それは俺が保証する。そっちが、手を出さない限りは、な。」
「…、(シリュウがそこまで言うか。)随分と気にかけてるんだな?」
「…。ベスタス。テイラは、呪具に対抗できる手段を持ってる。今後のことを考えるなら、敵対しない方が得だぞ。」
「ほお…。」軽く目を見張る…
「いや、シリュウさん…。」
それもう、〈呪怨〉持ってますって言った方が早くないです…?
「こいつは変なところで善人だから、上手く関係を保てば勝手に手助けすることも有る。
周りに怪しまれることを承知で、どっかの花美人を治療しようとしたみたいに、な。」
「なるほどなぁ。この町の、伝説の冒険者か。確かに、復活してくれたら大助かりだな。」
「…!」ふんふん!と頷く…
ウルリが然り気無く、しかし力強く、首を縦に振っている…。
つーか、変に善人って何?
「そんな訳で、テイラ。今は少々危険な状況だ。くれぐれも余計なことはするなよ。」
一方その頃。
魔猪の森で待機中の、探索同行パーティー達。
「数パーティーが中で活動可能な、金属の家を、魔法袋で携行するとか…。」驚き…
「するとしても、その場で魔法作成だよね…。あの人?どうなってんだろうね…。」意味不明…
(周りに堀も作ったし、防衛体制は完全だな…。)まあ、助かる…
「このお水、相変わらず凄い魔力だ…。傷む気配も無いや…。」こくこく…美味し…
「硬い金属の寝台なのに、たわんで柔らかくなる…。」鉄リクライニングシートを押し押し…
「この麺料理…!美味である…!」ズルズル!
「携帯食なんざもう食えねぇな…!!」ズルズル!
(肉焼く用の押さえ串を改造して、麺を掴む…。魔力要らないから案外便利??いや、そもそも出来上がりの料理を運んで探索とか無いから、要らないか…。)ちゅるちゅる…
ダリア(…、呪いの鉄と超魔力で、上級冒険者達を養うとか珍妙過ぎるだろ…。本当に魔猪の森、中層の光景かよ…。)無言のツッコミ…
次回は29日予定です。




