202話 過去視点 後編・私達の夢の終わり
前回に続いて過去編です。
ちなみに時系列的には、テイラがシリュウに出会う1年ちょっと前辺りになります。
エルフ言語の表現を「〔〕(亀甲括弧)」に変更しました。
「私が、呼んだからだよ。」
禿げあがった頭頂部と、それを際立たせる周辺に残った赤い髪。でっぷりと太った腹を揺らし、無駄に伸びた髭を撫で付けながら現れたのは。
クソハゲこと、トスラ冒険者ギルドのギルドマスター、スーケボナだ。
いつもの子分、神経質さん(唯一の正式職員)を従えての登場である。
ハゲ、お前がなんで!?つーか、エルフ語分かるの!?
「スーケボナ…!」
「これはこれは。家出娘改め、風氏族のお姫様、カレイヤル…様?ではありませんか。」ニマニマ…
この町に定住して2年。ずっと隠してきたレイヤの正体が、遂にバレたらしい。
そして、そこから逆算?して、エルド島の風エルフに渡りをつけた…ってところか。生意気な子どもに大人の力を見せつける腹積もりなんだろうけど、やってることが親にチクるガキと同じなんだよ。
「レイヤがあんたに従わないから、強攻策に出たって訳?」
「口を慎みたまえ、犯罪者。
全く…。貴重な労働力の両腕を奪う、躾のなっていないガキだと思っていたが。まさか、夫を手にかけた上、姫様を誑かして島外に逃げていたとは…。完全なる重犯罪ではないか…。」ヤレヤレ…
「──。」
「テイラを連れてきたのは私──」
「御託は結構。
あなたは若過ぎる。その歳で善悪を判断しようと言うのが間違いですぞ?」ニヤニヤ…
「あんた──!」
「いい。レイヤ。事実だから。」
「どこが!?」
「風氏族の前でしょ。ちゃんとしてないと。」
「そんなの関係ないでしょ!?」
〔連絡をくれたことには感謝しよう。だが、この場は我々に従ってもらう。〕
「もちろんですとも、大いなる方々。(くくく…! これであの娘どもも終わりだ…!)」一礼…
高魔力持ちだからか言語の壁を超えて風氏族と会話ができるらしいハゲは、表面的には恭しい態度を見せつつも私達をバカにした表情を隠さない。
そんなハゲを意に介さず、レイヤの父ジョゼル様が私達に向き直る。
〔マルテロジーに関しては風エルフは関与しない。だが、共に、エルド島に連れていくつもりもない。〕
〔──っ!
お父様。少しだけお待ちいただけますか。〕
〔構わない。しかし、逃走は許さないよ。〕
〔分かりました。テイ──マルテロジー、と話をしてきます。〕
これはアレだな。進退窮まった、ってやつかな。
レイヤは島に帰らないといけない。こいつにはちゃんとした家族と立場が有る。
そして、私は島に帰る気は無いし、受け入れられる訳もない。最良でも実家の地下で軟禁生活が関の山だ。
私が呪い持ちだってことも伝わってるかもしれないし、夫殺しの犯罪者が、冒険者を続けることも不可能だろう。
レイヤと2人現状確認するも打つ手が無い。私達が離れ離れになるのは確定だ。
「お、お2人のギルドカード、を。へ、返却していただけますか…?」
抵抗する余地が無いと落ち込む私達に、声がかけられた。
ギルド職員の神経質さんが、クソハゲに怯えながらおどおどと要求を伝えてくる。
「分かり、ました。」スッと差し出す…
「テイラ!?」
「もう、終わりだから。いいんだよ、もう…。」
「でも…!で、も…!」
「す、す、すみません…。お、お預かり──」
「何をちんたらしているのかね。」
赤い魔法手が伸びてきて、神経質さんの手の中からギルドカードをかっ拐っていった。
「返しなさいよ!」
「もう、いいってば──」
「ふん…。鎖なんぞ付けおってからに。
こんな物は焼却処分だ!!」
魔法手で空中に握られたカードに、ハゲデブの手から放たれた炎の熱線が走り、焼け焦げていく。
わ、たし、の、ギルド、カード、が──
「止めろ!!!」
レイヤが突風を伴った強烈な水球を、ギルマスに向かって発射した。
カードを捨て去り、気持ち悪いほどの挙動でその場を退避していくギルマス。その顔は喜色に歪んでいた。
レイヤがカードを取り返してくれたが、炎で✕印を付けられたそれは、もう、何の証明もできないゴミと化していた。鎖も焼けて外れている。
「もう、いいよ…。どのみち終わりだし。」
「大丈夫だよ!私が──」
「犯罪者の私じゃ、もう無理だよ。もう、いいよ。」
「なんとかするから! 全力を出──」
「──島には帰りたくない。冒険者も、もう、無理。もう、全部終わり。」
「また、一緒に飛ぼう!? そしたら、またどこでだって──」
「レイヤ。」
「テイラ──」
「レイヤは島に──家族が待つ故郷に、帰って。」
「嫌だよ…。」
「ほら、巻き込みたくないし。
師匠とかに挨拶したら、さ。〈呪怨〉使って終わらせるから。」
「──ダメだよ。」
「ありがと、ね。今まで。」
「ダメだよ…!!」
「レイヤのおかげでこの2年間、とっても楽しかった。」
「そんなこと言わないで!!」
「あの島であのまま死ぬより、よっぽどマシだから。」
「そんな訳ない!! テイラはもっともっと、幸せにならなきゃ──笑ってなくちゃダメだよ!!!」
「もう──疲れた、よ。」
転生しても、住む世界を変えても。私は、私のままだ。
役立たずに、居場所は無い。
「…、テイラ。覚えてる? …私の、夢の話。」
レイヤが、色々な気持ちを抑えこんだ表情で、必死に語りかけてくる。
「私はいつか竜を従えて、エルフ初の竜騎士になって、魔王すら倒せる英雄になる、って話。」
「…うん。」
「その夢を──テイラに託す。」
「え──」
「島に帰ったらドラゴン居ないし、無理だもん。
だから、私の代わりに、テイラが私の夢を叶えて?」
「な、何言って──」
「ははは! 何を戯れ言をぬかしているのかね!? そいつはこれから犯罪奴隷として死ぬまで──」
ビュオオオオ!!!!
外野の声を掻き消すかの如く、猛烈な風音が響く。
レイヤの風魔法だ。濃密な緑色の風が、周囲を繭の様に包み込み荒れ狂う。風の球体内の物を浮かばせ、どこまでも運ぶ移動の魔法。
それが、私の周りにだけに展開されていた。
レイヤと繋ぐ手だけが、風の壁を突き抜けて外と繋がっている。
これ、私だけをどこかに──
「テイラ! いつか必ず! 再会しましょう!!
あなたは魔王も倒せる、すっごい英雄になって!! 私も、あの島の古い考えをぶっ壊せるくらい、すっごく鍛えるから!!」
「そん──! そんなの…! 無理だよ…!!」
「大丈夫! テイラにはアーティファクトが付いてるわ!!
そして、私にもアーティファクトが付いてる!!
この世界のどこに居たって、私達は、繋がってる!!
だから絶対!! テイラにもできる!! 私も!! 頑張れる!!」
「レイ、ヤ…!」
そんなの、ズルいよ…! どう考えたって無理、なのに──
「ちゃんと、アクアの相手、してあげてね。その子、凄く寂しがり屋、だから。
──また、いつか!!」フォンッッ!!
私の周りの緑光が一際輝き、体に強い浮遊感が生まれる。
風の繭がいっそう濃くなり、周りの景色は何も見えなくなった。
クソハゲマスも。エルフ達の動揺する姿も。
レイヤのぐしゃぐしゃに崩れた泣き顔も…。
──私は、また、独りになってしまった。
俯くと、ダメになったギルドカードと私の手が視界に入った。ぼんやりと、その手首を、鉄の刃で切りつけたい衝動が湧いてくる。
だけど実行に移す前に。
益々滲む視界の中で、赤い色がキラリと、目を射す様に飛びこんでくる。アーティファクトの、腕輪だ。
黒い鉄に赤い魔鉄で刻印した、火属性の腕輪。
レイヤの血でできた赤い色。
「…身体…強化…。」ぐずっ… ぐず…
レイヤの温かい力が、全身を包む。
人の体温だと錯覚するくらいに、優しく、優しく。私を抱きしめてくれた。
「うえっ…! うぅ…。レイヤァ…!!」
風の繭は、力強く空を往く。
巨大な湖を越え、国境を越え、海から遠く離れた内陸へと、私を運ぶ。
失敗ばかりの放浪は、こうして続いていく。
──────────
「チッ! まさかここまで強引な手段に出るとは…。おい! 今すぐ追え! あんな目立つもの──」
「あんただけは、──許さない。」
涙を拭ったエルフの少女は恐ろしい表情になり、腰に佩いた剣を、その黒い鞘ごと怨敵に突きつける。
少女の怒りに呼応して、剣の鞘が──テイラの〈呪怨〉の黒鉄が形を変える。
鞘の先端、土のファング・ビットの刃部分に纏わりつき、二回りは大きな黒い刃となったそれは、鞘から解放され空を舞う。
緑色の粒子を撒き散らしながら飛来する、2個1対の浮遊刃。
それは、尋常ならざる魔力量を見て焦りだしたスーケボナへと迫る。
「おかしな武器を使いおって! そんなもので私を傷つけられるとでも──ぎゃあっ!?」
スーケボナが放つ火炎を突き抜けて、黒くなった浮遊刃がその右肩を強打する。
魔力の特性を貫通し感覚を直接刺す呪いの鉄が、愚か者に強烈な痛みを与える。
だが、十全に機能している魔力回路に守られた体は切断するには至らない。魔力とは「存在強度」を高めるのだから。
「死は、安らぎ。終わりは、癒し。
あんたにそんなものを与えるつもりは──ない。」
心臓等の内臓に由来する魔力回路は「生命維持」に結びつけられている。
一方で、腕の魔力回路は「魔法制御」に直結する。体外の魔力を操作する感覚は、手のそれと同一だ。
──それを失えば、どうなるか。
ガギン!!
「うがゃアばっっ!?」
スーケボナの右腕が、肩の位置で前後から黒い浮遊刃に挟まれる。そして、それは止まることなく勢いを増し──
ザン!!
「ぐおおオオオォォ!?!?」
右腕が千切れ、空を舞う。
失血死するまいと体内魔力が、切断面から噴き出る血液を留めようと働く。
レイヤはそれを気にもせず浮遊刃をそのまま高速操作し、今度は左腕を肘から切り飛ばす。
「うげっバッ…!! ぅがぁア…、っ…!!」どさっ…
「魔法が操作できない体で。存分に、苦しめ。」
土の浮遊刃が元の定位置に戻り、呪いの鉄は解除され雑に鞘の形へと戻っていく。
鉄の形態を固定するや否やアーティファクト・ソードを引き抜き、少女は、父親へとその刃先を向ける。
〔お父様。私はここで、貴方に決闘を申し込みます。〕
〔…、何を言いだすんだ…?〕
娘のあまりの凶行に、見たこともない凄まじい武器に、呆然と立ち尽くしていた父親が困惑の声をあげる。
〔ここで私が勝てば。あなたと親子の縁を切ります。そして、氏族の頂点に、族長になると宣言します。〕
〔意味が分からない。お前が族長になるのは、島に帰って母から学び、修練を──〕
「ごちゃごちゃ、うるさい。」
幼いエルフの体からとてつもない量の魔力粒子が吹き荒れ、辺り一面が緑の光で埋め尽くされていく。
あまりの怒りで大陸言語で喋った少女だが、その魔力に乗った激烈な感情は正しくエルフ達に伝わっていた。
〔全力で阻止してください。本当の本気を。出しますから──。〕
奇怪な剣がバラバラに割れ6つの金属塊となり、少女に付き従うかの様に浮かび上がった。
父親は、娘の怒りの強さに戸惑いつつも自らの剣を抜き構え、応戦する意思を示す。
娘を諭す為には、力で屈服させるしかないと感じながら──。
〔風の氏族を。エルドを。2人の冒険を阻んだ全てを。
全霊で。ぶっ壊してやる──。〕
こうして、父親を下したレイヤは故郷の閉じた考えをぶち壊す為に、魔導船に居るエルフ達をも従えて凱旋。
父だけでなく祖母にも決闘を挑み、島の実権を握ります。
まあ、千年を生きた祖母が少々本気を出した為、惜敗してはいるし。そもそも世界樹に認められているので、権限は元から有るのですが。
次回は5日予定です。




