20話 角の少年
「ぅ゛…ぁ゛……?」
痛い!と叫ぼうとしたが、代わりに変なしゃがれ声がした。
ゆっくりと意識が浮上して、目が開く。
ひどくぼんやりとした頭と視界で、何が何だか分からない。
ただ、おでこがなんか痛い。
「がっ……っぁ゛…っ…っ。」
上手く喋れない。喉が潰れたのかも知れない。
「──、──?────?──…。」
だれか、側で話かけてる…?
なんとか目を向けても人影があることがぎりぎり認識できる程度だ。
誰だろ…?
そんな視界の端に何かが入り込んできた。
かなり至近距離にあるからよく見える。透明感のある青いぷるぷるボディーが黒い帽子みたいなのを被ってる。
「ぁ゛ぅ゛、ぁ?」
アクア、その一言すら声にならない。
よかった、無事なのかな。
すると口の中に何かがちょっとずつ入ってくる感覚がする。
コク……コク……
水だ。アクアの水の味がゆっくりと口の中に広がる。少し飲むと強烈な渇きを自覚した。どうやら喉がカラカラだったみたい。
いっぱい飲みたいけど、口に入ってくる量は微々たるもので、なかなか満足に飲めない。それでもせいいっぱい水を味わう。
「アクア、もうちょっと、ちょうだい…?」
口に入ってくる水がなくなった。少しはまともに声が出る様になったみたい。
「──それ以上は止めとけ。体が変化に耐えきれない。」
誰かの声が聞こえた。男の子…、の声?
水飲んでようやく体が覚醒したらしい。耳や目がちゃんと情報を認識し始める。
傍らに立ってた人影が喋ったみたい。
目をそちらに動かす。体や頭はほとんど動かないことに気づいた。
「え゛っと、誰?」
「状況は分かるか?」
質問に質問で返さないでよ。いや、私の発音が悪くて分かんないのか。
人影は少年だった。特徴的なのは頭に角がある。
真っ黒でグネリと曲がった角が、頭から背中に向けて左右2本生えてる。角の真ん中には綺麗な赤色の線が流れに沿って入っており、なかなか存在感がある。
つーか、このカラーリング、ムカデ女を思い出すから止めて欲しいんだけど──
「おい。じろじろ見るな。また頭殴るぞ。」
「りふひん…。」
理不尽、の一言が言えない。角生えてる人間が居たら見るに決まってんじゃん…。
少年から視線を外して周りを確認する。
多分ここはスティちゃんの部屋。天井や壁の感じからして。
私はベッドの上で仰向けで横たわってる。枕元には相棒アクア。光の感じから夕方になるかって時間かな。
体はギリギリ感覚あるっぽいけど、両腕はまるで何も感じない。…これは…腕が無いやつ、か??
マジかー…まあ、ムカデ女の存在と引き換えだったら非魔種の女の腕なんて安いもんだけどねぇ。むしろお釣りがウハウハ、大金星ですよ。
家が建つレベルだな、家寄越せ。
…。
…辛れぇわぁ…。
「」じろり…!
目線を感じたので角の少年に視線を戻す。
すんごい不満顔でこちらを見てる。黒髪黒目。背は低い。
部屋の大きさからしてスティちゃんよりは大きいけど、私よりは低いかも知れない。私の身長は体感160センチメートルくらいだから、140センチ前後…?
赤い革の上着、黒い肌着、角以外は割りと普通の格好…。
あ、おでこに「額当て」がある。
黒い金属に彫り物がしてある感じの。ってことは角は頭から生えてるんじゃなくて額当ての一部?
つまりは角兜か。
なぁんだ、この世界の「魔族」に出会ったのかと焦ったけど普通の人間っぽいな。ならセーフ!
スッと少年の右腕が上げられる。ちょっ!? 暴力反対!?
「貴方、は、魔族、です、か?」
「…。『魔族』って言ったか? 違うな。」
ますます目を細めてこちらを睨んでくる少年。
そりゃそうか、この世界の魔族は悪の種族って感じで恐れられてるもんね、良い気分しないよね。
なら室内でくらい、物騒な角兜を外してくれないかな。
「スふぃひゃんは、無事ですか?」
「何て言った?」
「皆は、むらは、無事、ですか?」
「…。ここに居る奴は全員無事だ。ギャアギャアとうるさいガキは居るが、その程度だ。」
「元気なんら、良はっは…。」
「…。ちなみに。俺がここに来て5日目だ。あんたは5日寝てた。」
「マしへ?」
マジで? 寝過ぎ。生死の境をさ迷ってた訳か。
でも、三途の川も渡りかけた記憶無いけどな?
そっか、向こう側に立ってくれる人が居ないからかぁ! 私が先に死んでんだもんね! 納得納得。
ならあの真っ暗空間が死後の世界で合ってたのか。
しっかし、なんで生きてんだろ?




