199話 お叱りとトリガーポイント
「御自分が、どれだけ無茶をされているか理解されていますか?」
「すみません…。」
「貴女が行っていることは尊く、素晴らしいことです。しかし、報告と相談無しに勝手をされては困ります。」
「はい…。」
現在、屋敷の1室。久しぶりに顔を合わせた秘書さん──やべぇ、名前忘れた…。
えーと、えーと、確か遊○王カードの…、フィールドが全滅した時に手札に有るとなかなか安心できる誘発効果モンスター、に似た感じの──そうだ!ゴウズさんだ!思い出せた、セーフ!ありがとう、冥府の使者!!
ともかく、貴族対応を一手に任されるスーパー職員ゴウズさんから、お叱りを受けている。
正論なので何も言い返せない、やーつ…。
「ギルドとしても、マスターが貴女に不躾な言動をとったことは申し訳なく思います。
ですが、節末の忙しい昨日、訪ねてこられたフーガノン様から「町の南の建物から、奇怪な金属が空に向かって伸びています。何かご存知ですか?」と声をかけられた心境が、分かりますか?」
「とても…、とても混乱しただろうと…思います…。」
「ええ…。非常に頭を悩ませました。
その場所が、件の花美人が営む店であったこと。「奇怪」な形の「金属」という単語。事前に聞いていた貴女方の行動予定。そこから考えて十中八九、貴女がやったことだと──」くどくど…くどくど…
私が作った採光装置は目立ち過ぎて、町の警備に不審に思われた結果、行政のトップにまで話が飛んだ様だ。
いやぁ、良い町ですね…。現場の些細な報告が直ぐ様運営トップに届き、トップもトップで速攻で対応をするとは…。
でもって、間の悪いことに昨日は「節末」であった、と。
「節」とは、この世界の暦の名前であり、日本で言えば「月」に相当する。
つまり1年は「12節」存在し、「1節」は30日ごとの区切りを表す。月が存在しないから名称が異なる訳だ。
私はこの言い方に慣れてなくて「1ヶ月」のことを、こちらの太陽の動きを基準にした「1半双回」と呼ぶことが多いが、「1節」「1ヶ節」と言うのが一般的らしい。
ちゃんとした町に居る以上、この辺りの言い方にもうちょっと慣れていかないといけないか。
「節末」は「月末」と同義で、昨日は棚卸し的な備品の情報管理が忙しく、書類を山の様に書く大変な日であったそうな…。
「竜腐のカビ、蒸留酒、〈呪怨〉の治療…。貴女が滞在して半節ほどしか経っていないにも関わらず、どれだけ奇抜な行動をしているか少しは省みるべきかと思います。」くどくど…
「はい。仰る通りです…。」
「専任官に歓待され考えを翻し、魔猪の森に入って即座、「風の主」とその配下の魔猪達を討伐したドラゴンイーター殿も。主が居なくなったことで魔物達の行動範囲が変わり、関係各所への通達と調整が──
いえ、これは貴女に言っても仕方ないことでした。
失言でした。」
「いえ、無関係ではないので…。」
「少々、感情的になりました。これ以上は止しておきましょう。」ふぅ…
「本当にすみませんです。」
思考を切り替えたらしいゴウズさんは、持ってきていた書類を広げ始める。このまま、ここで作業をするらしい。
「あの、ゴウズさん。確認というか提案が、有ります。」
「何でしょう。」
「今からでも、改めて報告は必要でしょうか…?きっちり書きますので…。」
「…、指令所の方にはこちらから説明してありますが…、我々が欲しい情報ではあります。お願いします。」
「分かりました。すみませんが、紙と、ペン──は自作できるか。インク、を貸してもらえますか?
魔法板は操作できないので、物理的な道具だと助かるんですが…。」
「…、ええ…、もちろんです…。」
Gペンを形成、借りたインク壺に慎重に浸けて…
よし、書ける書ける。毛細管現象で金属ペンの隙間にインクが吸われて登っていくことを確認し、ペン先の鉄の形状を微調整。なるべく滲まず、細く長く滑らかな線を引ける様に──
鉄の定規で枠線引いて──
書式は統一、起承転結を明確に──
タイトル、サブタイトル、執筆日時、筆者氏名…。
事の起こり、それを受けての対応、こちらの手札、試行錯誤、実験結果、まとめ、と──
あー…。事情を知ってる人用と、対外的な偽装用とで、2つ必要か…。
よし、作ろう。
──────────
こんなもんか。
さてと、最終確認してもらうかな。合間合間で質問しながら作ったし、これで問題ないはずだが。
ゴウズさんの方を窺うと、書類作業を中断して取り出した小瓶から何かを飲んでいるところだった。
え?あれって中級ポーション?
「ゴウズさん?どこかお怪我でも…?」
「ああ、いえいえ。お気になさらず。」
「いや、だってそれ。中級の回復ポーションですよね?」
「ちょっとした疲労回復にも効くのです。とは言え、体感の効果は薄いですが。」
そう言って、無意識なのか右手を開いて閉じる動作を繰り返している、真顔な感じのゴウズさん。
まだ辛いらしい。回復力が衰えている…?
「お辛いのは、利き手ですか?」
「大丈夫です。そのうちマシになりますから。」
ふむ…。書類作業で手首が腱鞘炎にでもなってるのかな…?でもそれだと、ポーション飲めば治りそうなものだが。
「その右手、ちょっと触ってもよろしいですか?」
「…、はい…?」
戸惑っているゴウズさんに確認をとりながら、ゆっくりと右手に触れる。ペンを握り続けた感じの、しっかりと厚い皮膚だ。
「お気になさらずとも良いのですが。」
「いえいえ、ご迷惑をおかけしてますし。マッサージくらいはさせてください。」グッ グッ
「…、(按摩でしょうか。特に変わったことでもないですし、満足なさるまで好きにさせますか。)」
ポーションが効かないと言うことは、それが「普通」の状態であると体が認識し始めていると言うことではなかろうか。
そして、右手の指や手首周りを押しても、表情に変化は無しと。なるほど、なるほど…。
「ちょっと違うところも触っていきますね。上の方、失礼します。」
「はあ…?まあ、どうぞ。」
「多分、痛いところが有ると思いますから、変化あったら教えてくださいね。」グッ グッ グッ!
「辛いのは指ですし、意味は無いと思いま──痛ぁ!?!?」
お!やはり有ったかトリガーポイント!
前腕の筋肉、その真ん中辺りを押した瞬間ゴウズさんが小さく悲鳴を上げる。
「ああ~。ここが患部ですね~。」グッ!グッ!
「待っ!?テイラど──つっあ!?ぅぐぅ!?」前後左右にビックンビッタン…
どうやら私の予想通り、真に辛い原因は前腕の筋肉の硬直であるらしい。
人体の筋肉は複雑に繋がっている。1つの筋肉が硬く強張ると、隣接する別の筋肉が引っ張られてそこに負荷がかかることがある。
その結果、原因たる強張った筋肉は放置され、無理に活動した筋肉の方に結構な痛みが現れることになる。
漫画描いてたりデスクワークが続くと、存外こんな症状が出るんだよね~。
強張った筋肉には痛みが出ないし、認識できなくてポーションが効かないのかね?
まあ、気づいた私が物理で解せば良いのだが。
「っはぁ…!っぐ!…ふぐぅ…。」はあ…はあ…
「こんなもんかな。どうですか?手首。まだ痛み有ります?」
「腕を触って…、手首が変化する訳が──え。」グーパー…グーパー…
この感じは、成功したっぽいな。
「痛みが…、かなり減りました…?…何故…??」
「それはですね──」
「なる、ほど…。原因は、痛みの箇所とは別だった、と…。不思議ですが腑に落ちる話です…。」ゆっくりグーパー…
「まあ、腕の筋肉に異常があると分かったことですから、きっとポーションも効くことでしょう。次からは加減しながらご自分で揉むと良いと思います。」
「…、ありがとうございます…。」
「迷惑をかけてますから。役に立って良かったです。
あ。そうそう、報告書が書けたのでお目通しをお願いします。」
「あ、はい。」
その後、「突飛過ぎる内容なのに、すんなり読める…。図解もとても分かりやすい…。なのに、発想が常から外れている…。」と疲れた表情での感想をいただいたが、ひとまず大丈夫らしく受けとってもらえた。
よし!これで責務は果たした。
さあ、今日も極美味甘味を食べて、女主人さんを治療していくとしよう!
廊下のダリアさん(変な悲鳴が聞こえて様子を見にきたが…。またテイラが馬鹿やってただけか…?放置で良いかね…。)
次回は26日予定です。
ついに200話かぁ…。どうしようかな?




