198話 養分と日光と鉄の錆
「──話を総合するに、女主人さんには生命力が必要なんだと思うのよ。」
「ふん。」肯定
「夢魔族は、夜を好み、周りの感情を食べる…、って話だけど。
私としては植物の要素に働きかけるべきなんじゃないかと思うの。女主人さん、アクアが生成した単なる飲み水を、最初に求めた訳だし。」
「…、ん。」悩みつつ肯定…
「で、植物に必要なのは「水」「養分」「光」。水はとりあえず今のままで。養分はベッドの土に「これ」を混ぜるとして。私としては「日光」を使って、攻めてみたいと思ってる。」
「光…。ママは、外に出るの結構嫌がってたんだけど。」
「でも、〈呪怨〉を行使する前は、上級冒険者として普通に日中活動してたんでしょう?」
「まあ…。そう、みたい…。私はその頃のママを伝聞でしか知らないけど…。」
「多分、顔とか肌に呪いの斑点がたくさん出て、人目を嫌ったんだと思うの。それで、日当たりの悪い店の奥に引きこもっちゃって体調を崩してる可能性ないかな、って。」
「待って。呪いは関係ないってこと?」
「この仮説が正解なら、の話だけど。」
「それじゃ、今まで──」
「あくまで仮説。
ウルリは呪いを解くべきだと考えてるし、それを目指すことは良いことだと思うけどさ。
今、必要なのは女主人さんが元気になってくれることでしょう? 一旦、呪いとは切り離して、私達でもできる行動で助かる可能性を、信じてみたらどうかな? って。」
「…、んぅ……。」悩まし気…
お店へ向かう道すがら、ウルリに私の計画と考えを説明している。
少々突飛と言うか、今までの常識と違うことを受け入れるのは、やはり難しそうだ。
時間は昼の3時頃だと思う。極美味甘味を食べるにはベストな時間だが、日光を利用するにはちょっと時間が少ないか。
ちなみにシリュウさんは同行していない。魔猪骨スープを超絶に気に入り、大量生産するべく自主調理している。
解体と平行してやるとか諸々不安ではあるが、楽しそうにしているシリュウさんを止めるほどではないので放置してきた。
一応「この前作った砂麦の干し飯を魔猪骨スープに入れて戻せば、美味しいリゾットになるかもですよ~。」とアドバイスしておいたし、多少何か有っても上機嫌のまま過ごしてくれることだろう。
ミハさんもリーヒャさんと共に魔猪肉の新作レシピに挑むそうで、屋敷に留まっている。今晩は、私のとは違う真っ当な魔猪料理が食べれるだろう。楽しみだ。
頼りになる先輩達の協力がない訳だが、代わりにお目付け役が居なくなったとも解釈できるし、色々無茶なことが実行できる!アーティファクト全開じゃあ!!
と思っていたのだが──
「…、(頭良いのか悪いのか、判断できねぇ会話だねぇ…。)」じと~っ…
暇な──もとい解体も料理もしない戦闘特化の脳筋エルフ──ダリアさんが私の監視役として付いてきたのである…。
「ダリアさん、何か?
問題とか危険とか有ります?」
「いや…。テイラにしちゃ、安全と言うか地味と言うか。普通のこと言ってやがるな、と思っただけさ。」
「そりゃまあ、真面目な話ですから…。」目そらし…
「…、(アタシが居なけりゃ、別のヤバいことする気だったね。こいつ…。)」じと~っ
ダリアさんを懐柔するには、やはりシリュウさんグッズ第2弾とか…。いや、シリュウさんが不機嫌になる方が不味い。ここは棍棒に代わる武器でも…、いや無理か。
「無茶せず真っ当な方向で我慢するか──。」ぶつぶつ…
「全く…。ミハもシリュウも変なことに首突っ込みやがったもんだよ…。」小さく溜め息…
──────────
ペカーッ…!
「」すや…すや…!
「「「…、」」」
「どうですか~…?
お!ちゃんと届いてますね!夕日に近いけど、日光浴には問題なさそうかな。」満足気
「思ってたより…凄い光景…。」げんなり…
部屋の中は、外と大差ないほどに明るくなっていた。
日光を浴びても眠り続ける女主人さんは、心なしか表情が穏やかになった様に感じる。
その光景をダリアさん、サシュさん、今回初対面の女性が無言で見つめている。ダリアさんは魔力の流れを、サシュさんは女主人の様子を、女性にはベッドの土の状態を確認してもらっていた。特に何も言ってこないから変化はなかった様だが。
そして、私と共に外から戻ったウルリが皆と同じ顔になって疲れた声色で何か呟いていた。
初対面の女性は、この店の従業員で下級冒険者のエギィさん。植木鉢型ベッドの土を、町の外の草原から運んで入れ換える担当者らしい。
しかし、なんで今日はミールさん、顔を出さないんだろ? 店の奥に居るらしいのだが。
「ママを…外に出すんじゃなくて…。寝室に…日の光を入れるとか…。」
「寝てる人を運び出すとか大変でしょう?女主人さんも肌見られたくないだろうし。」
「その気遣いは助かるけど、さぁ…。
なんで「煙突」付けたら光が部屋に入る訳…??」
「え?説明したじゃん。」
「いや、分かんないよ…。」
「テイラの説明自体は分かるけどね。それをどうやって実現したのか、サッパリだよ…。」
私がしたのは「採光装置」を取り付けただけだ。何も難しいことはないと思うのだが。
光ファイバーの如く取り込んだ日光を内側で反射し続ける、内面オール鏡面の、長い鉄パイプ管。
その上部に、採光の為の鉄パラボラアンテナ鏡と、収束させた光を反射してパイプ管内へと導く焦点反射鏡、及びそれらを雨から守るカバー。
部屋に届いた光を柔らかく散乱させて全体を明るくする工夫。
魔法も何も無い、単なる金属の性質を利用した装置である。
むしろ大変だったのは設置方法の方だ。
店の屋根に鉄脚立で登って、高所(平屋1階相当)での作業。
町の壁の影から出る様に、採光装置の位置調整。
風で倒れない様に屋根の上での固定。
女主人さんの寝室に繋がる様に、反射を計算しての鉄管の延長。
側でウルリに見守ってもらったから何とか完了したが。鉄を形成するだけなら楽だったんだけど…。手持ちの鉄、ほとんど使いきったし…。
「あ。私の鉄、何かしら変な条件で錆びるし、異常が出たら言ってね。直すから。」
「あ、うん…。ありがと…。」
私の鉄は少しばかり錆びづらい。
前世でただの鉄がどのくらいの速度で錆びるか、具体的に覚えてはいない為正確な比較はできないが…。
現代日本で見かける鉄って、ステンレスとかの錆びにくい合金の状態がほとんどだし。トタン屋根でも表面に別の金属(確か亜鉛?)を塗布して錆びを防いでたし…。
まあ、ともかく。水分や塩分と触れると錆びるのは一緒だが、料理中に鍋の鉄が溶け出して色や味が変わったりはしない。
理屈が分からないのは不気味ではあるが。
普通の鉄とは別物の金属だから、とか。「錆」に関係する何らかの物理法則が異なる、とか。そんな理由が原因として考えられなくはないが。
この〈呪怨〉と付き合った3年ほどの間、培った経験を基に考えると。恐らく、「魔力」の影響が一番大きい。
呪いたてホヤホヤの鉄はそのままだと1日ほどで軽く錆びてくるが。
時が止まっている訳でも、状態保存の魔法式がある訳でもない私の腕輪の中では、どれだけ時間経過しても錆びはしない。
そこから取り出して野外に放置すれば表面が錆び錆びになるのに、2~3日かかる。
恐らくアーティファクトの魔力が、鉄表面を保護しているのだ。
そして一番の決め手は、ダリアさんの棍棒とシリュウさんの調理器具の差、である。
竜骨の棍棒の先端に取り付けた鉄は度々ダメになるが、頻繁に使ってる寸胴鍋やフライパンは一切錆びていない。
土属性魔力が弱くなったダリアさんと、精霊級の魔力を持つシリュウさんの差ではないかと推測している。
まあ、でも。風氏族エルフであるレイヤと超絶魔力のシリュウさんでそこまで大きな差になるとは思えないし、この推測もハズレっぽい気もするが…。今はいいか。
「エギィさん。栄養剤の方はどうです?」
「…、今のところは変化無し。匂いも大丈夫そう…。」
もう1つ、補強策としてベッドの土に養分カプセル的な物を埋め込んだ。
出汁を出しきった魔猪骨の残骸を細かく砕き、穴の開いた鉄筒の中に土と共に入れて養分が染み出す様にしている。
骨とはリン酸カルシウムで構成されている訳で。旨味が抜けた骨の残りでも、PやCaといった生物に必要な栄養素がまだまだ残っているはずだ。
悪い影響が出た時の為に女主人さんの体から離れた足下にセットしたし、まあどうにかできるだろう。
「ふむ。では、これで諸々準備完了ってことで。
しばらく様子見して変化無かったら、また次の段階に移るから言ってね。」
「次…?」
「呪いを吹き飛ばす風魔法をお見舞いする。」
「「「!?」」」
「それでもダメなら、ちょっと凄い風魔石的なやつをお腹に乗せて──」
「止めな!馬鹿!」
経験者さんが何やら騒いでいるが、やれることは(隙を見て)実行しますとも!
鉄管やアンテナ鏡は相当薄く作ってるので、鉄を追加せずとも足りるはずだし、屋根の上にも乗せれるはず…。
むしろ壁に居る見回り兵士さんが、異物に驚く方が問題かな?まあ何とかなるっしょ?
次回は23日予定です。




