197話 柔らか漬け込み肉と魔猪骨スープ
シリュウさんは顧問さんを連れて再び解体作業に戻ったことだし。
私も気を取り直して、魔猪肉の調理実験を再開するとしよう!
「ふむ、ふむ…。一番柔らかくなったのは、お茶っ葉。擦りリンゴもそこそこ…。」もぐもぐ…
「「「「…、」」」」
「柔らかさ加減は今一つだけど、味的に相性抜群なのは甘漬けらっきょう。と…。悩ましい結果が出たな…。」むぐむぐ…
「「「「…、」」」」
「らっきょうは甘漬けじゃなく、生のやつを使うべきだったか。多分酵素が弱くなってるのかも。でもこの味は捨てがたい…。
──そうか…!いっそ3種全部混ぜるか…!?やってみよう…!!」
「「「…、」」」
「…、テイラ。よくあそこまでキレといて、呑気に料理ができるね…。」
騒動が収まってすぐに私達と合流してきたダリアさんが、呆れた声で呟いている。
ギルマスがおかしな行動したら奇襲しようと、離れたままで待機していたらしい。
「え?別に言うほどキレてませんけど?」
「アタシでも驚くくらい、魔力出してただろ。」
「あ、そうなんです?私には視えないから分かりませんでしたね~。」
「…、(魔力無いから視えないんだったね…。)」
「それに私が本気でキレてたら、呪──もっとすごい…、そう。ダリアさんに会った時にしたこと。を全力でやってますよ~…?」
「淫魔呼ばわりが、さっきのより上なのかよ…。」
「当たり前ですよ~(笑)」ケラケラケラ!
「…、(ギルドマスターさんが、母さんみたいに呪われなくて良かったわ…。)」
「…、(おかしな会話ですが…。気にしないのが正しいんでしょうね…?)」首かしげ…
「本当に、ごめん…。私のせいで…。」うなだれ…
ギルマスが帰った後にやって来たウルリは、しょんぼりと俯いている。
今回のギルマス襲来の責任を感じているらしい。
「ウルリは悪くないって~。悪いのは、超絶ツルピカ・ハゲ男の、頭の構造だって言ってるでしょ。」
「でも──」
「それより、覚悟してて。
私、本気で女主人さんを治療するって決めたから…!
今まで以上に突飛な行動するし、見極めてブレーキかけてよね!」
「ぶれーき?」
「速度を抑える役回り。任せたわよ…!」めらめら!
「う、うん!…、
(って、精霊様や呪い以上…!?)」
絶対に、女主人さんを寛解(※)させて、あんのハゲの鼻をあかしてやる…!
呪い女の本気を見るが良い…!!
──────────
「…!」幸せもぐもぐ…!
「おっし!とりあえず及第点いった!!」ガッツポーズ!
肉を柔らかくする手段3種類混合は成功したようだ。
これでシリュウさんへ捧げるレシピが1つ出来た…!
女主人さんの本格治療に向けた準備、第1弾!
まずは、シリュウさんに全力で貢ぐ…!
美味しいものを作ってご機嫌を取り、数々の協力を取りつけるのだ…!
具体的にはアーティファクトを解放する予定なので、その口封じに助力を願う感じで!
「土の魔猪肉とは思えん柔らかさだ…。しかも、すげぇ美味い。」
「ちょっと時間はかかりましたが、上手くいって良かったです。」
柔らか効果が高くとも、茶葉は独特の渋味は付くし、
生のアリガは酸味がキツいし。甘酢漬けらっきょうとのバランスには苦労した。
最終的には塩味と辛味を追加して何とか整えた。五つの味──塩味、甘味、辛味、酸味、渋味──「五味」が調和すれば美味しくなるのである。全くもって塩胡椒様々、だ。
「火魔猪の肉よりも柔らかいかも知れんのぉ。味も良い…。」魔法手でぱくぱく…
「まさか全部使うとはね…。そして味の均衡を保って整えてる…。やるわね、テイラちゃん。」美味しくもくもく…
「ミハさんが色々アドバイスしてくれたからですよ~。」
「本当に、適度に柔らかく美味しい肉になってます…。
が、折角の土魔力が抜けてしまってるのは、どうなんでしょう…。」
「え。マジですか、リーヒャさん…!?」
料理には魔力補給という1面もある。特に貴族なんかの高魔力持ちは、その辺りに拘る。
味よりも、素材が持つ「含有魔力」を維持する為に生で食べることを好む傾向にあるんだとか。
どうやら私の調理法では、肉に含まれる豊富な魔力が分解拡散されて消えているらしい。
何という盲点…!?
「俺は気にならん。土魔力なんざ補給する意味ないしな。とにかく、味だ。」もぐもぐ!ごくん!
「シリュウさんが良いなら、良かった…。」安堵の溜め息…
「それよりも。スープの方はどうだ?まだかかるのか…?」そわそわ…
「ツルピカハゲが来てる間、火を止めてましたから──いや、十分か。とりあえずよそってきますね~?」すたすた…
「…。ああ。」ギルマス潰し敢行の二歩手前で停止…
別に行列のできるラーメン店じゃないんだし、何十時間も煮込む必要はない。いけるはずだ。
──────────
「…!!」ごく!ごく!ごく!!ごく!!
シリュウさんが鉄のどんぶり鉢を持ち上げて、凄い勢いでスープを啜って──いや、呑んでいる。こりゃ寸胴鍋でも1人で完食するかもな。
トロトロになった魔猪骨スープは、とても濃厚でこれ単品でも満足感のある料理に仕上がっていた。
野菜のコクもちゃんと溶け出してるし、多少は有った獣臭さも消してくれている。野菜が手に入る町中、万歳!
そして、塩胡椒を大量に、かつ慎重にぶち込めば完成だ!1グラムの塩が味を左右するのである…!
「…しかし、ほんと濃厚…。シリュウさんの勢いも分からんでもない…。」
日本じゃまずお目にかからないほどの極太骨は、ビジュアルこそ凶悪だが、含まれる旨味は豚骨以上であった。
これは麺を入れてラーメンもどきにしたくなる。いや、今度絶対しよう。
スープダレに使う砂糖や醤油の代わりが問題だが…。いや、タレ無しでも十分かな…?
いやいや。蒸留酒の廃液とか、千豆飴を投入すればタレに近いものはできるはず…!!
後はトッピングか。
チャーシューは…、魔猪肉をタレで煮込めば──。
ナルトは…、諦めるとして──。
ネギもどきを散らして──。
豆が有るから、もやしも──。
竹は有るんだし、幼い竹の漬け物もワンチャンいけるか…!?あれは作るのとんでもなく手間暇がかかるはずだが…!いやしかし!──
「すんごく…美味しいね…。」ふわふわ幸せオーラ…
何度目になるか分からないラーメン作りへの思考を中断して、声のした方を見てみれば。
小さめのどんぶりを両手で持ち上げて、スープに口を付けた猫耳女ウルリが居た。
はて?さっきまで猫耳は生やしてなかったはずだが?
「なんで猫化してんの?」
「や、だって。骨を調理したやつだから、感覚を研ぎ澄ませる為に、さ?」
「危険察知能力を上げた、訳か。」
「そ。
でもこれ、全然美味しい…。骨に噛り付いてる犬の気持ちが分かったかも…。」ずずーっ…
骨髄の魔力回路は分解されているはずだが、骨を忌避する食文化の人達に魔猪骨スープは少々ハードルが高かく、調理過程を見ていた皆は手を出せずにいた。(もちろんシリュウさんは除く。)
シリュウさんと私じゃ安全性の確認には参考になんないからね。まあ、2人で食べ放題するかと思っていたが、ギルマスの件で贖罪の気持ちが有ったウルリが毒味役を買ってでたって流れだ。
骨スープを度胸試しみたいに扱われる方がモヤるのだが、まあそこはスルーしてあげよう。文化の押し付けは良くない。
「むしろ、猫になってると…。塩の量とか胡椒の刺激とかが毒になりそうな…、気もするけど…。」
「や。大丈夫。全然いける。」ずずーっ…
「まあこの後、一緒に行動するし、良く注意して見とけばいいか…。」
他の皆が不安そうに見守る中、ウルリはスープをきっちり飲み干した。
「…、このスープ、ママにも食べて欲しいな…。」
しんみりとした声で器を見つめている。いきなり暗くなるとか、情緒不安定だな。
「…ジョウロに入れて、かけてみる?」
「それはヤメテ。」早速ブレーキ…
(※寛解とは、病気の症状が日常生活を送れる程度まで改善すること、です。
完治はできずとも問題無いレベルまで抑えこめて、その後もコントロールできたなら、人生において勝利と同等なのである。)
次回は20日予定です。




