196話 病人の想いと周囲の願い
「紅蕾を──「蜜の竹林」の女主人を、治療するのは、止めてくんねぇか?」
単身で屋敷にやってきて突然おかしなことを宣う、ツルピカヘッドのおっさん。
横暴上司、ここに極まれり。
「お断りします。」断言
「即答すんな。少しは考──」
「あなたに、何の権利が有って、命令してんです?」ニッコリ…
イラッとしつつも、丁寧に、丁重に、言葉を返す。
治療してんのはアクアだし、私はただの移動用の乗り物だ。貢献したと言ってもジョウロを作った程度。
なのに、何故私に向かって喋ってんだろうか、こいつは。
「…、俺はギルドマスターだ。」
「私は冒険者でも無いし。この国の市民でも無いです。従う義務は有りません。」
「…、紅蕾は冒険者だ。」
「なるほど。
私は、上級冒険者のウルリに、依頼されたことをしてるまで、です。止めるなら、ウルリを止めたらどうですか?」
「止まんねぇから、原因を除きに来たんだろうが。」
「おい。火の玉のガキ。お前、自分が何言ってるのか分かってるのか?」
解体を中断させられて不機嫌なシリュウさんが、ギルマスをガキ呼ばわりしている。相変わらずだ。
「その呼び方止めろや、竜喰い…。」
「知らん。過去のお前がやったことだろうが。」
ふむ。ギルマスが子どもの頃に、火の玉を使って何かしたらしい。
「…、分かった、もういい…。
だが、紅蕾の件は手を引いてくれねぇか?あんたも噛んでるんだろ?」
「水精霊の言葉を伝えてるだけだ。」
「なら、その精霊様とやらに止める様に言えるだろ。」
「何でお前に指図されて、そんなことをやらないといけない?」
「…、」
「立ち話もなんじゃ。屋敷に入って座って話さんか?」
顧問さんがとてもまともな提案をしている。
立ったままだとヒートアップしやすいからね。このツルピカ、いちいち言葉尻が強いし。
「イーサン。必要ない。
要件がそれだけなら、とっとと帰れ。魔猪の解体がまだ残ってんだ。」
シリュウさんは提案を却下し、ギルマスを拒絶した。
「──お前らの方法は。紅蕾を、救えねぇんだろ?」
ギルマスはそれでも私達に話かけてくる。
声色は真剣。顔は、疲れきってくたびれたサラリーマンに見えた。
「…。」
「竜喰いの女が、水の精霊か何かを従えてんのは聞いてる。そいつの魔法水で紅蕾の体調が改善したらしいのも聞いた。
だが、〈呪怨〉はどうしようもねぇんだろ?」
確かに、そうだ。アクアは凄い精霊様だし〈呪怨〉に少しは干渉できるみたいだけど、女主人さんに発現した〈呪怨〉を解けるとは言っていない。
「別に責めちゃいねぇ。〈呪怨〉ってのは、そういうもんだ。俺達に、どうこうできる存在じゃねぇ。
だがな。だからこそ、変な希望を見せるのは止めてやってくれ。雨瑠璃も、店の他の奴らも。
有りもしない幻想で、これ以上期待させんのは──止めてくれ。」
「なるほど。周りに居る人達の為に、不必要な希望を与えるのは止めろ。と。」
「そうだ。」
「…。」
「テイラちゃん、それは──」
「なら。今から女主人さんの──首を。はねてきますね。」鉄塊形成…!
「「「「!?」」」」
鉄の槍を腕輪から出しつつ、先端に鉄を追加して巨大な刃を作りだす。
最終的に右手に収まったのは、いわゆるデスサイズ、死神の大鎌である。
死神様の、お通りだー!!
「もう意識が戻ることもないんですし、生きていても周りを不幸にするだけなんでしょう?
なら、スッパリと終わらせる方が良いってもんです。」
「ま、待て!?何言ってやがる!?」
「あなたの話を総合すると、そう言う話になります。」
「違ぇわ!?」
「大丈夫、大丈夫。高魔力持ちだろうが、呪い持ちだろうが、スパッ!と斬れますから。大鎌。ほら、命を刈り取る形をしてるでしょう?
流石に植物の夢魔でも、首が切れたら死ぬだ──え?死ぬ、よね…?」
「ふざけんのも大概にしろや!!」
「────ふざけてんのは、どっちよ。」
腕輪、足輪、髪留め。全てのアーティファクトを無駄に起動させ、4属性の魔力を垂れ流す。魔力威圧の真似事くらいにはなるだろう。
ほんの微かだろうが、私の念を表現することは可能なはずだ。
「!!?」
「私はね。女主人さんが、目を覚まそうが、覚まさなかろうが。
もっと言えば、生きようが、死のうが。どう、でも、いいの。」
「…は、はあ…!?」
「別に話したこともないし、直接何かされた訳じゃないし。本当に、どうなっても関心はない。
でもね。周りの人が、生きていて欲しいと願ってるんなら。その力に私がなれるなら。できることを、するだけ。」
「だ、だが、紅蕾は──」
「あんたがその人の何を知ってるの?
私は全然知らないけど。意識の無い女主人さんが、それでも蔦を伸ばして水を吸収したのは、見た。
あの人も、必死に戦ってんじゃないの?
──生きたいと、思ってんじゃないの?」
「……、」奥歯噛みしめ…!
「あの人が死にたいと望んでるなら、私はこの鎌を振り下ろす。
生きたいと望んでいるなら、水を渡す。ただそれだけ。
他人のあんたに、決める権利は無いでしょう?
──もし、以前に。女主人さんに何かお願いされている、のだとしても。」
「…!?」
ギルマス野郎が怯えた表情で私を見つめる。
女主人さんが、こいつに自分の命の介錯をお願いしたのかも。って私の妄想は、当たらずとも遠からずってところか。
人間、死にかけて苦しくなると、極端な考えが頭を過るもの。元冒険者だった人が、ギルドの偉い人間に言葉を託していても不思議じゃない。
それでも、無視するが。
「──テイラ。その辺で、良い。」
シリュウさんが私の肩に手を置いた。特段、強い力をかけてはいない。
私はゆっくり、息を1つ吐く。
そして、大鎌を腕輪に仕舞った。
「ギルマスの話は、頭に留めておく。
とりあえず、今日はもう帰れ。」
「…、そう、だな…。
邪魔した、な…。」
ツルピカは来た時と同じ様に1人で、とぼとぼと門の方へ歩いていった。
》腕輪、足輪、髪留め、「下着」。
本文中でこれ書いたら流石に締まりませんよね…?
水のアーティファクトの記述を省いてますが、怒りの描写優先しただけなので悪しからず…。
次回は17日予定です。




