194話 水精霊とジョウロ
ぽよん… ぷるるん…
「ほんと、綺麗…。」
「うん…。なんか、泉から湧いたばかりの、水って感じ…。」
ぷるるん♪ ぽよぽよ♪
テーブルの上、一段と艶やかになった青いスライムボディで堂々としているのは、水属性の精霊様アクアだ。
どうやらご機嫌モードのよう。
薄着さんとウルリが褒めたことを理解しているらしい。嬉しそうにぷるぷると体を波打たたせている。
私も可愛いとは思うし、綺麗な水滴形だとも感じるけれど。
鉄の巻き貝を背負っている、青い巨大タニシに見えなくもない姿の生き物を、初見で褒めるってのは凄いと思う。
現在、「蜜の竹林」の店内。
ちょっとしたお披露目会の様相を見せていた。
女主人さんの治療に、アクアが生成した水が効くかも知れないと判明したのが昨日のこと。当然、それを利用したくなるのが人情と言うもの。ウルリは即座にアクアの生成水を譲ってくれ、と頼んできた。
だがしかし、アクアはこんな見た目に反して割りと気位が高い。呪いで寝込んでいる夢魔族を助ける為に、自分の魔力から作りだしたものを素直に使わせてくれるかは未知数だった。
アクアの言葉が分かるシリュウさんに、通訳してもらいながら意見を聞いたのだが。
「…。あの甘味を食わせろ。気に入ったら、考えてやる…。と、よ…。」って横暴な要求をしてきたのだ。
それ、食べても好みの味じゃなかったら、頼みを断るってことだよね?絶対食い逃げるやつじゃん…。
私としては止めておくべきだと思ったが、微かな希望でも縋りたいウルリはこの要求を了承。
そんな訳で本日、私達が食べるはずだった極美味モンブランは2つとも、アクアの胃袋(そんな物は無いけど)に収まったのである…。
もう、あれだよね。食べるシーンとか完全に、腐肉を食らうタニシだったよね。
スライムボディごと甘味を押し潰して吸収してたから、「補食」って単語しか感想が出てきません。本当にありがとうございます!!(半ギレ)
昼間に、美味しい火魔猪肉のステーキを、お腹いっぱい食べておいて大正解だったね!!甘味なんかもう入らないもんね!!(半ギレ!)
そもそも。人前には姿を見せないシャイガール(レイヤによると「女性っぽい。」とのこと)なあんたは、どこに行った!?
最近、単なる食いしん坊スライムになりかけてますよ!?
つーか。スライムの素材入ってるけど、仲間食いとか大丈夫なんすか!?
大丈夫ですか!そうですか!
「シリュウさん、本当すみません…。」
「…。まあ、仕方ない。」
ちなみに、ミハさんは前回必死に頑張ってくれたので、今日は屋敷で待機してもらっている。また汗だくになってもらうのも悪いし。甘味も食べれないしね!
目の前で、自分が求めるスイーツを横取りされることほど、怨みがましいことはない…!!(全ギレ!)
「アクア?あんた、食べた分はちゃんと働きなよ…?」
ぽよん♪ふ~りふ~り!♪
「くっ…!!なんかバカにされてる気がする!」
「…。(正解だ…。『悔しいのかな?甘味大好き娘~?♪』とか言ってやがるからな…。)」
──────────
「…うぅ…。」身体強化で直立不動…
ゆらゆら ふりふり…
「…。水は提供してもいい。回復効果を多少乗せてもやろう。だが、それ以上のことはしない。だ、そうだ。」
「ありがとうございます…!!」頭下げ!
何その言い方。もっとできることが有るんですか?アクアさんよぉ。呪いで苦しんでる人が居るんだったら、もっと積極的に助けても良くない?
極美味甘味を2個も食ってんだし。
つーか、早く下りてくんないかな?
私の頭の上に乗ったままなのは、なんで?せめて鉄の貝殻は外してくんない?
移動の為なら乗せるのも別に構わなかったけどさ。周りの注目度が段違いなんですけども。
「「美人強壮」ももっと作らせておきますので。」
ゆ~らふりふり…
「…。時々なら食べにきてやろう。存分に、貢ぐ、が良い…。と、よ。」
「ありがとうございます!!」再度頭下げ!
「ありがとうございます。」きっちり頭下げ…
ウルリ。なんか完全に舎弟みたくなってるけど、大丈夫?
少しはアクアを疑った方が良いよ?割りと気分屋よ?こいつ。
あと、薄着さんはその楚々とした感じ、ギャップが凄いんですけど。
服装は水商売感有るのに、言動が別人クラスで大人しい。シリュウさんに変態行動するかもって私の予想は欠片も当たらなかった。
「…。テイラ。何かを…出せ、って言ってるぞ。」
「ん…?何アクア?鉄も食べたいの…?」
「…。水は出すが、掛けるのはお前らでやれ。って言ってるが?」
「…ああ。そっちか。
アクア? 出すから退いてくんない?」
ゆ~らゆら!
「…。退く気はない。と…。」
「…そうですか…。シリュウさんごめんなさい、これ、持ってもらえます?」
私は腕輪から、作っておいた鉄道具を取り出す。
と言っても単なるジョウロなのだが。
寝込んでいる人相手に水をあげる方法をあれこれ考え、相手は草花の性質も持った夢魔族で意識が無いんだし水差しじゃあ意味ないよな?と思って、「霧吹き」を作ってみようとチャレンジした。
だが、まあ、上手く作れなかった。
ぼんやりと構造は知っていたが、実際に実現させるには知識も経験も足りなかったね。
レバーを引いて、圧力をかけて液体を押しだし、吹き出す空気と混合させて放出すると霧状になる。
たったこれだけのことがひどく難しかった。
最終的にただ水を飛ばす水鉄砲もどきに、口に咥えた管から息を吹き出し高速気流を生じる機構を取り付けて、一応ミスト状にすることはできたのだが。
デカいし、水と息のタイミングがズレたら霧にならないし、息吐き続けて疲れるし。散々だったのでボツにした。
そして「花に水やるのと大差無いんだから、ジョウロで十分じゃん…。」と気付いたのは、酸欠気味になった後のことであった…。
「…。如雨露、か。」
「あんた、そんなんも持ってんのね。」
「いや、昨日、片手間に作っただけ。」直立…
「え…?じゃあ、あの金属の槍とか、あんたが入ってた箱も…?」
「ん。そう。」
「…、わざわざ作ってくれてありがとう…。」
「いや、本当はもっと便利なやつを、作ろうとして…。失敗した、だけなんだ。気にしないで。
どうせジョウロぐらい、ここにも有っただろうし…。」若干ぷるぷる…
「や。助かる。」
「使い勝手…、悪かったら、言って。改造できる、から。」
「あ、うん?分かった…。(金属を変形させる〈呪怨〉とか…なのかな…??)」
「…、(金属魔法とは珍しいわね。流石、特級さんのパーティーの方。)」
シャアアア…
アクアの生成水を注いだジョウロから、柔らかく拡がった水が出ている。
上手く機能してる様だ。当たり前だけど。
回復効果が籠められた水はいつも以上に澄んでいて、ジョウロから出ると暗めの室内を照らすかの如く、キラキラ輝いて見えた。
しかし…。それに比べて。
鉢植えベッドの上の、草花人間に、ジョウロで水を掛ける光景…。
なかなかシュールだな…。要素はファンタジーなはずだが、どうにも倒錯的と言うか…。なんと言うか…。
その緑色のドレスとか、濡らしちゃって大丈夫なんすかね…??
体の下は、ふわふわの土だからまだ良いけど…。水捌けとか…、気になるな。
「うん。ママの肌がツヤツヤしてる!」
「呼吸も楽そうね。安心だわ。」
「」すぅ すぅ
2人が喜ぶくらいには、女主人さんの容態は回復しているらしい。私には分からんが。
「横たわって、意識がない人に、水を掛けるって…。なんか虐めてる…、感じがしないでも…、ないな…。」
「…。(確かにおかしな光景だが。
鉄の筒を被った水精霊を、頭に乗せてるテイラが、言えることじゃないな…。)」
次回は11日予定です。




