193話 魔獣鉄と解体刀
屋敷の庭の1画。
綺麗に地均しされたそこに、体育館並みの広さの、倉庫みたいな建物が完成している。
ダリアさんと顧問さんが土魔法を使い作りあげた、かなりしっかりとしたものだ。
形としては、「コ」の字型。天井も屋敷に近い側面も無い、中途半端な構造だ。単なる遮蔽物としての用途が強いらしい。
「蜜の竹林」の女主人さんにアクアの水が効くかもしれないと分かったのが、昨日のこと。
そして、私は記憶から消しかかっていたが、シリュウさんが「風のヌシ」とか言う巨大魔猪を狩って帰ってきたのも昨日。
驚いたことにシリュウさんはあの風魔猪以外にも、土と火属性の魔猪を10頭ほど倒し、黒い革袋に収納して持ち帰っていたらしい。
土の魔猪は風のヌシに比べれば小さいらしいけど、それでも十分に巨大な生き物を、何十頭も持ち運んでいたとは…。
全く顔に出てなかった…、いや。本当に気にならない、程度の魔力消費ってことなんだろう。恐ろしい話だ…。
ただ、風魔猪を迅速に運ぶ為に、他の魔猪達は血抜きをした程度の状態で保存したらしい。
未処理の魔猪達を、解体する必要がある訳だ。
この急遽作られた建物は、その実、魔猪解体用の作業場なのである。
なんて豪快な話なのか…。
「流石に。天井無いと、雨降った時に大変じゃないです…?」
「雨が降る時に作業はしない。屋根まで作ると支える強度を計算したり面倒だろ?日の光が入る方が作業もしやすいしな。」
いざとなれば解体途中でも、マジックバッグに収納できるから問題ないとのこと。
土と火属性の魔物肉だから、シリュウさんの魔力とも相性が良く美味しい状態で長持ちする、って理屈は分かるんだけども。
作成過程も見ていたのだが、シリュウさんはダリアさんと顧問さんを顎で使っていた。
「やっと解放されて休んでたらこれだよ。」と文句を言いながらも、ダリアさんはテキパキと大きな土塊を地面からせり上げて。
それを、小柄な顧問さんが「ほっ!ほっ!」とリズミカルにハンマーで叩いて壁に成形していた。
岩で出来た槌っぽいから、土の塊に勝てるのは分かるんだけど。叩いただけで真っ直ぐな板の様に変形するのはなかなか謎な光景だったな。
ダリアさんは土属性の魔法が衰えたから、土エルフである顧問さんの力で制御を補っているそうだ。
どう補助しているのか私には理解できなかったが。魔法って凄い(適当)。
「じゃあ、頼む。」
「お願いしますぞ。」そわそわわくわく…
「…、(そんなに期待することか…?)」
「…了解。始めます。」
さあて、ここからは、楽しい楽しい呪いのお時間だ~…。
私の目前に有るのは、シリュウさんに渡してた鉄の容器達。
その中には大量の血液が入っている。
これは、哀れな魔猪達から抜かれた血、だ。
シリュウさんが血抜きの際に貯めておいてくれちゃった物。これらは今から私の〈呪怨〉に掛けられるのだ。魔獣鉄の大量追加用の素材である。
私の血を槍の先に付けて、スルスルと容器の中に入れる。
こうやって、大量の血液を直接見ることなく、魔獣鉄に変換するいつもの算段。
誓約 適応
〈鉄血〉発動
ズモモモ…
容器の側面を開放し、金属塊になった端から少しずつ外に出していく。
「ん~…?なんか明らかに変換速度が遅いなぁ…?」
にょろりにょろりとまるで「ヘビ花火」の燃えカスの如く、鈍色の太い金属塊が横へ横へと伸びていく。
角兎の時は絶対もっと速かったよね??
なんでこうなった?
「奇っ怪だねぇ…。」
「…、(恐ろしい感じもせんが…。楽しい感じもしないのぅ…。)」
「なんか変じゃねえか?大丈夫か?テイラ。」
「変は変ですね…。特に危機察知に反応はないですけど…。」
「俺も危険な気配はしないが…。」
ズモモモ… ぐにんぐにょん…
「ゆっくりだけど、変換はされてるなぁ。
あれですかね?シリュウさんに殺された魔猪達の怨念が、のたうち回ってるとかそんな感じだったり?」
「「…、」」引き…
「…。安心しろ。これは土魔猪の血だ。殺ったのはダリアだ。」明後日の方を見る…
「おい、シリュウ!?」
「そうですか。まあ、どのみち仕返しはしようと、抵抗してんですね。」
「テイラよぉ…!喧嘩売ってんだったら買うよ…?」青筋ビキビキッ!
「真面目に考察してんですけど。」
その後、時間はかかったものの、保管してあった全ての血液を鉄に変換できた。
今回は金の延べ棒みたいな極太の塊ではなく、十数本の細長い鉄棒の形になっている。
まあ、小分けにしとけば利用はしやすいかも知れない。
変な性質が発現していないか、ちゃんと鉄としての機能は有るか、シリュウさんのマジックバッグには収納できるのか。そんなことを皆と実験して、最終的に問題が無さそうだと分かった。
結局原因は分からず仕舞いだが。
「可能性として有りそうなのは、魔猪の血そのものが持つ性質との相性。もしくは、丸1日マジックバッグの中に有ったことでシリュウさんの魔力が染み過ぎていたこと。
この辺りが妥当そうですね…。」おでこさすりさすり…
いやぁ、ダリアさんの手刀は痛かった…。絶対手を土魔法で硬化させてたよね。目の裏で火花が飛んだもん。
「んなことどうでもいいから。早く作りな。」
「はぁ~い。」
「すみませんな、テイラ殿…。」
「いえいえ。顧問さんのせいじゃないですから。」
「アタシのせいだってのか──」ズズ──
「そんなことは有りません!断じて!」断言!!
「…。」
とっとと、気を取り直して次の作業に移ろう!
やることは、出来たての鉄棒塊を使っての道具作りである。
私が今から作るのは、「包丁」だ。解体用の。
シリュウさんは魔猪達の解体を、業者とかプロに任せず自ら行うつもりらしい。
唯一の手伝い人は、顧問さん。信用が置けるし、手先も器用だから許可されたそうな。
そしてここで問題となるのが、解体道具だ。
お2人とも知識や技術は有るし、普通の道具なら一通り持っているそうだが、流石に巨大魔物用の物となると簡単にはいかない。
包丁、ナイフ、ペンチ、金槌、等々。皮を剥ぎ、肉を切り、骨を砕く物達が必要だ。
土魔法とかである程度の代用は利くらしいので、そちらでは作るのが難しい、切れ味の鋭い刃物系統の物を私が作製することになった。
素人の私が作るから、なかなか不安だが…。
まあ、無くても普段の解体ナイフでやれないこともないそうだから、気楽にやるとしよう。
作業内容は単純。
シリュウさんと顧問さんの、要望・助言を聞いて、鉄の形を整えていくだけだ。
私の腕より長い鉄棒を3本ほど重ねてギュッと圧縮し、しっかり頑丈な鉄塊に。その後、大まかな形に変形させてから、仕上げに細かい操作がしやすい私の鉄を刃先に馴染ませ鋭く整える。
そんな感じだ。大して難しい工程ではない。
魔猪の魔獣鉄は、変形速度もより遅いから、時間はかかるが。
ちまちま… こねこね…
圧縮ゥ!圧縮ゥ!空気を──違う違う。
鉄の塊、を圧縮ゥ!なんか密度を増して硬く丈夫になれ~!(願望)
でもって、形を整えて…
私の鉄で、刃先を成形…
光の反射で波模様が浮き出る、感じを目指し目指し…
「こんなもんかな~?」
出来上がった包丁は、さながら厚みと幅の有る刀と言える物。
死神高校生の斬○刀みたいになったな。あれよりはふた回りは小さいけど。
もちろん、脳内イメージの参考にさせてもらいましたとも。ありがとう、斬○…!
まずはこれを試してもらって、問題なければ同じ要領で複製を作っていこう。その後は、大・中・小と大きさを変えた物も複数用意すれば事足りるはず。
たとえ鈍だったとしても、数があれば今日1日の作業くらいには使えるだろう。
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「では、シリュウさん。私は調理場に合流して、ミハさんとリーヒャさんを手伝ってきますね。」
「ああ。頼んだ。後で火魔猪の肉を持っていく。」
「あぁ~…、了解です…。」
せっかく狩ってきた魔猪肉だ。シリュウさんの食べたい物を、食べたい様に、いただいてもらおう。
今日も昼過ぎに「蜜の竹林」に向かう予定になっているし、迷惑料代わりに美味しいご飯をたくさん作らねばならない。
私は今回、調理補助だけど。
──────────
「なぁ…、シリュウよぉ。」
「なんだ?」
「解体包丁…とか言ってた、その刃物さぁ…。
それ、あんたにすら傷をつけれる、ヤバい代物じゃないかい…?」
「…。気にするな。」目を逸らす…
「気にするよ…。これ、質の悪い魔剣だろ、もう…。」
「ダリアだって、魔棍棒持ってるだろ。」
「解体なんざに使ってんのがおかしいって、話だろうが!」
「素晴らしい物で、解体できるのぅ!」ほっほっほっ!
「…、(このヒゲジジイは…。)」はあ…
「…。(頼もしいな。)」
次回は8日予定です。




