192話 手当てと糸口
真剣な表情のミハさんが、ベッドの側の椅子に座り、女主人さんの手にそっと触れる。
斑点模様の肌に躊躇せず、優しく両手で握りこんだ。
そして、祈る様に目を閉じる。
「…シリュウさん。ミハさんは何してるんです…?」
「魔力を流して、相手の状態を確認してる。」
「なるほど。魔法による身体診断ですか。」
「そんな大層なもんじゃない。単なる「自己把握」を、触れた手を介して延長させてるだけだ。」
シリュウさんの強大魔力じゃ相手に損害を負わせてしまうから、代わりにやってくれているそうだ。
どのみち魔法が使えない私には無理な方法だな。
私の〈鉄血〉で、女主人さんの〈呪怨〉を相殺できないかと安易に考えていたが…。手荒過ぎるよね。
この肌に浮かんでる斑点が、呪いの印っぽい気はするけど…。これ1個1個に〈鉄血〉使ったら絶対皮膚も傷つけるだろうし。
それに私の印象が間違ってて、単なる植物の病気的な発疹みたいな斑点模様だったら大問題──
ぽた… ぽた…
水音に目を向けると、ミハさんの額から玉の様な汗が吹き出し、顔を伝って顎から床に落ちていた。
「ミハさん…!?」
「止めろ、テイラ。今、ミハに触れるな。」
「で、でも…。大丈夫なんですか?」
「ミハは少し本気で魔力回してるだけだ。直に終わる。」
「──ふぅ~…。」汗びっしょり…
「ありがとう…。ママの為に…。」
「うーうん。お礼には及ばないわ。原因とか、なーんにも分からなかったから。」
「ミハさん、お水です。」
「あら?ありがとう。いただくわ~。」こくこく…!
魔法瓶の水を鉄コップに入れて差し出すと、結構な勢いで飲み干した。
あんだけ汗かいたら、喉も乾くだろう。
ミハさんがここまでしてくれるとは想定していなかったが、巻き込んだのは私だ。せめてやれることはやろう。
コップをもう1つ作り、2杯目を注ぐ。
2杯目を半分ほど飲んだところで、再び大きく息を吐いた。
「どうだった?」
「そうね…。凄く疲れてらっしゃる、のは確か。
魔力の流れもかなり…細くなってて、いつ枯渇してもおかしくない…。そんなところかしら。」
「見た目通り、か。」
「うん…。魔力が通る回路そのものは健在みたい。魔力回復が…阻害…?されてる…。そんな印象ね。」
「…。魔力生成…。内臓に呪いが飛んでるか…。」
「そう、なのかもね…。」
2人揃って、難しい顔になった。やっぱり相当厳しい状態らしい。
「あの…、シリュウさん。単なる確認なんですけど。」
「なんだ?」
「女主人さんの呪い、シリュウさんは消し飛ばすことそのものは可能です?」
「…。肉体諸とも、ならな。」
「なら、ちょっと発想を飛躍させて…。
一部分だけ消し飛ばして、ポーション掛けたら正常な肉体だけ再生できませんかね…?」
「…。難しいな。可能性は無いとは言えんが…。
肉体が上手く再生しない方が上回るな。これだけ弱ってると…。
いや。呪いが肉体に紐付いてるなら、一緒に復活するか…。」
「無理め、か。
なら、シリュウさんが思い付く限りの方法で、この人の状態を改善するにはどうします?面倒なことは一旦無しにして。」
「…。そうだな…。
超級ポーションが効いた、って言ってたし、特級ポーションを飲ませ続けるのが1番だろうな。あれなら大概、回復するし。」
「り、竜喰いさん、もしかして特級、持ってたり──」
「悪いが今は切らしてる。次が手に入るかは分からん。」
「そ、そっか。ごめんなさい、話の邪魔して。」
「そもそも根本の解決にはならん。延々飲ませるのはどのみち無理だな。」
「私は、私の〈呪怨〉でこの人の呪いを壊せないかな、とか想定してたんですけど。どう思います?」
「…。一体、何を、どうする気だったんだ??」
「え?普通に「敵」認定して、〈呪怨〉を呪えないかな?って思ってましたけど。」
「さっぱり分からん…。」
「テイラちゃん…?何言ってるか分かんないよ…?」
「あんた、そんな気軽に、呪い使えるの…??」
「え~っと…。能力の詳細は他人の前で言っちゃいけないから…。
シリュウさんはご存じの通り、私の〈鉄血〉って誓約を掛けてますでしょう?」
「…。そうだな。」
「だから、女主人さんの呪いを、「極美味甘味のオリジナルレシピの入手を阻む敵」として認識すれば、ピンポイントでぶっ壊せないかなぁ~?って…。」
「…、(オリジナル…?…原点って意味…よね?)」
「…、(ぴんぽいんと…?)」
あのムカデ女と戦った時、呪いの髪の毛を鉄に変換することはできた訳だし、不可能ではないと思う。
望む結果になるかは自信ないけど。
「…。相変わらず、発想が狂ってやがるな…。」
「…。お褒めに──」
「止めろ。今、疲れさせるな。」アイアンクローの構え…
「イエッサー!!」びくびく!
はあ…
「…。呪いで呪いを、か…。確かに干渉はできるんだろうが…。」
「まあ、強引過ぎですよね…。後は髪留めを──」
「おい馬鹿。やるな。」
「あ、違います違います。「解放」するんじゃなくて単なる「風」の方です。」
「…。どれだ…?」
「ほら、えっと…、ウカイさんの時に呪いの霧を押し流した──」
「あれは相手が気体みたいな物だったから干渉できただけだろ。」
「一応、レイヤの奴曰く。『破邪の清風』──「邪悪を破る、清らかな風」って名付けたあれは、〈呪怨〉を打ち破る為の魔法!とのことなんで、多少の効果は期待できるんじゃないかと…?」
まあ、〈鉄血〉には何の作用もしてないし、効果のほどは良く分からんけど。
私自身利用したのは、蛇魔物の酸毒を浴びた時とかの応急措置代わりだし。
「…。人前で軽率に、使うんじゃねぇ…。」
「了解でーす。」
「…、(すっごい話をしてるのだけは、分かる…。)」
──────────
その後も意見を出し合ったが、上手くいきそうなものはなかった。
「これは日を改めて、いくつか案を試すのがベターかな…。」
「そうね。ここでこれ以上騒がしくしても、迷惑だろうし…。ウルリちゃん、この後一緒に来れる?
父さんに詳しい事情を話しておこうと思うのだけど。」
「分かった。こっちも今までママにした治療の話を──」
「そうね、それを基にできることを──」
「…。ん…?」
帰りの準備の最中。シリュウさんが、ベッドへと近づいた。何か、気づいたのかな?
見てるのは、床…──あれ?何か…、ロープ?紐?が落ちてる。あんなの有ったっけ?と言うか微妙に…半透明…?紐だけがぼやけて見える。
シリュウさんがその紐を拾い上げた。
「え?」
「へ?」
「…。」
拾われたのは長い緑色の紐だった。
片方はベッドの上、女主人さんの袖の中へ続いている。
もう片方は…、ミハさんの手の中。膝の上に乗せてた鉄コップの水に、浸かっている。
どゆこと…?なんでこんな長い紐に今まで気づかなかったの…?
「テイラちゃんのお水が、減ってる…?…吸収したの、かしら??」
「これ、ママの蔦…?
ママ…?起きてるの?ママ?」
「」…すぅ… …すぅ…
微かだが、小さな寝息が聞こえてきた。女主人さんからだ。
良く見れば胸もゆっくり上下していて、呼吸が戻っているみたい。
少し回復したってこと?
「植物には水をあげましょう、的な…?
え?水分をあげれば解決…?アクアの水が今回のMVP??」
「…。(闇の「隠蔽」…。昏睡状態でも精霊の水を求めた、のか。
「激流蛇」の分霊…。本体の「浄化」なら、呪いを押し流せる…。水精霊にも可能性は有る、か…?)」
次回は5日予定です。




