191話 お説教と反省と状態確認
「はい、テイラちゃん。これ飲んで。」
とりあえずウルリが落ち着いた直後、ミハさんが小瓶を取り出した。
ギルドの紋章と「風の紋様」。つまりは、下から3つ目の階級を表す印。これって──
「上級ポーション!?」
「その腕、治さないと。」
「いやいやいや!こんな程度、放っておけば──」
「ミハ。直接、腕にかけろ。」
「その方が早いわね。」
「ちょっ!?待っ!?」
流れた血を鉄にしてそのまま傷口周りに巻いておけば、治るんですけど!?
後ろからシリュウさんに肩を押さえられてて、逃げようがない。
身体強化で体をひねるくらいはできるけど、ミハさんが手を掴んでるし突き飛ばしてしまう。
ポーションで治療したらすっごい痛いやつ──
とぽとぽとぽ… ほわぁ…
「あ、あれ?痛く、ない?」
むしろ、腕に走っていた痛みがスーッと引いていく。
服に付いた赤い跡は、滲んだままだが。
「腕が半壊してた前回とは状況が違う。そんな引っ掻いた程度で、神経が新生する訳ないだろ。」
「あ~…、それもそう──って!
こんなかすり傷にそんな上等な物使うとか、無駄過ぎるでしょう!?」
「下級・中級ポーションが効かないくせに、無駄に怪我をした馬鹿が、すべこべ言うな…!」ミシリ…!
「肩、死ぬぅ…!?シリュウさん!ギブ!ギブ!?」
「俺がそいつに掴まれても、何も問題なかったんだよ。
例え猫の爪で、眼球を突かれたとしても傷すら負わない、くらいには、な…!」
私の肩は一般人なんで、もう勘弁…!
身体強化をかけても限度がある…!?
「そうなったらシリュウの機嫌を確実に損ねてたらから、ウルリちゃんの為には良かったと思うけれど…。
テイラちゃんは、もう少し。自分のこと。省みようね?」顔を近づけ…
「は、はい…!」
真顔で怒るミハさん、結構怖い!
「…。(なんでテイラは、こんな奴を助けようとしたんだか…。自分を闇討ちしようとした夢魔族だってのに…。)」はあ…
──────────
「ウ、ウルリ姉…。大、丈夫…?」
奥の通路から、サシュさんが顔を出した。
今の騒ぎを聞いていたのか、顔面蒼白で震え声だ。
「平、気…──サシュ!大丈夫だから!厨房戻ってて!」
うつむいてたウルリが突然大きな声を出して、サシュさんに駆け寄った。
「で、でも──」
「大丈夫。大丈夫だから。」
「だって。ママの話──。ウルリ姉が──。」
「もう料理は大丈夫だから。ママのところ行って様子見てきて。…ね?」
「分か、った…。」
サシュさんを見送ったウルリがこちらを振り返る。
猫耳モードのまま、神妙な顔で頭を下げた。
「えっと…、ごめん、テイラ──」
「良いよ、良いよ。単に必死なだけだったんだし。」
「…。(軽く返しやがって…。)」
「…、(もっとお説教しなくちゃ、かしら。)」
「ミハさん、竜喰いさんも。ごめんなさい。」
「別にいい。」
「気にしないで。」
「上級ポーション使わせちゃったし…。お金出すから──」
「それは良いの。私のじゃないし。
シリュウが父さんに頼んで、テイラちゃん用に持たせた物だから。」
「え!?」
「で、でも、それだって──」
「ほら、シリュウに美味しい甘味を教えてくれたから…、それで相殺ってことで。良いわよね?シリュウ。」
「…。そうだな。」
ポーションの出所に納得したところで、雰囲気も落ち着いた。
諸々は脇に置いといて、アプローチするなら今だな。
「ねぇ、シリュウさん?その女主人さん、状態の確認だけでもしてみません?」おずおず…
「…。随分、拘るな。
魔猫女にそこまで絆されたのか?」
「いや、ウルリは正直どっちでも。」
「…、(どっちでも…?あんな真剣に止めてくれたのに…?)」
「単に、ほら…。その女主人さん、〈呪怨〉の力で町を救ったんでしょう?
凄く偉大なことだし、何か力になりたいなぁ…って、思いましてですね…。」
「…。その花美人は、夢魔族として自身に備わった呪いの力を使ったはずだ。テイラみたいな被害者とは毛色が違うぞ。」
「そうなんです…?」
「ああ。夢魔族で素質が有る奴は、女王の〈呪怨〉を受け継いでることが有る。
夢魔の女王が持つ系統は〈汚染〉。精神や魔力を汚して乱す力だ。
ここの花美人がやったことは、竹の「形質」に金属を交ぜ混んで、新種の魔木を生み出した…。そう言う理屈のはずだ。」
「…、(竜喰いさん、私より詳しい…。)」
「つまり、遺伝子汚染…?なるほどぁ…。」
「…。(「遺伝子」とはまた、難しい概念を知ってやがるな…。)」
「でも、やっぱり偉大であることに変わりないでしょう?」
「そうかも知れんが。
やれることは無いぞ。」
まあ、余計なお節介で終わるのは後味悪いし、尻込みするのも無理ないか。
でも、シリュウさんが動けば、取れる手段が格段に増えるのよなぁ。
「サシュさん──あの甘味を作った人、曰く。女主人さんが作るオリジナルの甘味は更に美味しいそうですよ。是非とも食べてみたくないです?
最低限、元のレシピを教えてもらえるくらいに恩を売っても──」
「──!!
期待すんなよ、魔猫の女。」
「え?…あ?うん…??」
「…、(シリュウったら、いきなり乗り気になっちゃって…。)」
しゃあ!シリュウさん、釣れたぁ!!
これで百人力だぜ!
──────────
その後、女主人さんの部屋へとやってきた。
ウルリがお店に居る人達に知らせているから、他に人は居ない。
奥のベッドの上に、女性が静かに横たわっている。
ん~…。
言葉にするとそれだけだが…。
ちょっと色々と、そのままの印象とはズレた光景だ…。
まずベッド。
ベッドとは言っているが、これは「鉢植え」だろう。
大人の身長・幅よりもデカい、木の器が四角く囲った中に、たっぷりと「土」が敷き詰めてある。
植物の因子を持つ存在には、これが適してるんだろう、か…??
服、すごく汚れそう…。
次に、女性自身。
体のライン、長い髪、「女主人」って呼ばれていたことから考えて、もちろん女の人なんだけども。
明るい緑色のワンピースドレスから覗く肌は、青みがかった緑色。完全に葉緑素の色だ。
そこにぶつぶつと、黒が混じった茶色の斑点が有り、それが全身に広がっている様に見える。
髪の毛は暗めの緑。風属性の発露というよりは、蔦の束って印象。
極めつけに、頭の上にピンクの花の蕾が、乗っかっている。顔と同じくらいデカい、1輪の花が生えてる、とか…。
そして、顔。
整った顔立ちではあるが、細かいシワがいくつか走っていて年月が感じられた。
目は、完全に閉じている。
静かに横たわるとは言ったけど、じっくり見ても胸が上下していない…。これ、本当に生きてるの…??
「…。これは、相当だな。」
呪いの気配が分かるシリュウさんが、軽く顔をしかめるくらい重体らしい。
やっぱり難しい案件のようだ。
「えっと…、この花美人が、女主人──紅蕾、さん。
この店に居る、皆の、恩人なんだ──です。」
「…。」
「寝てる…んだよね?」
「うん。呼吸はしてないけど、魔力は巡ってる。最近はずっとこんな感じ。調子が良い時に寝息をたてるくらい、かな。」
息してないのに、生きてるんだ…。植物にしろ人にしろ、呼吸は必須なのに…。
「とりあえず、私が視てみるわね。」
ミハさんが先陣をきって、女主人さんに近づいた。
次回は8月2日予定です。




