189話 討伐のお披露目とその後の予定
「風のヌシ」とは、あの黄緑色の魔猪のことだろう。確かに山のヌシって風貌だ。
優男な貴族様が兵士達を伴って風魔猪の前に立ち、私達、野次馬の方に語りかけている。
その見た目からは想像できない、よく通るはっきりした声が辺りに響いていた。多分、魔法か魔導具を使って拡声してるんだろう。
「この度の討伐は、冒険者ギルドの方々が、成し遂げられました。
彼ら彼女らの功績は目覚ましく、こうしてお披露目となりました。
始めに、超級冒険者「砂塵」のダリア。こちらへ。」
真顔のダリアさんが、とつとつと前に出る。
なーんか、機嫌悪い…。いや、不服そう…なのかな?
──背が高いな…。
──超級…。ごくり
──風のエルフか…?土のエルフって話──
──頼もしい──
──魔猪にビビって、逃げ出したらしい──
──いや、呪いの化け物をぶっ倒しに出動してたとか──
事実とは異なる噂も聞こえるが、ダリアさんの顔色に変化はなさそう。多分、全部耳に届いてると思うんだけど。
「ダリアさん、何か有りましたかね?」
「ん~…、多分、あの風魔猪を倒したの、母さんじゃないんだと思うわ。」
「あの人なら勝てるんじゃない?」
「母さんがやったらもっと潰れてると思うの。見た感じ、体に大きな損壊がないし…。シリュウが倒したのを、母さんがやったことにしたんじゃないかしら…?
あっ。こっち見て舌打ちした、かも。当たりみたいね。」
ざわざわとうるさい周りに負けない声で、ミハさんと話した。
うん。確かに有り得そうな流れだ。シリュウさん、目立って騒ぎになるのとか嫌いそうだし。
「──上級冒険者パーティー「赤の疾風」並びに「剣剣剣」。前へ。」
マントを付けた男女8人が、ダリアさんの斜め後ろに並んだ。
──良くやった!
──お帰りー!
──格好良いぞー!
──顔が暗いぞー!
──もっと喜べよー!
「皆、無事みたい。
…なんか、疲れきってるけど。」
ふむ。ウルリの知り合いか。町の人達から大人気だな。
そんなことより、この集まりって長くなるやつかな?
シリュウさんもダリアさんも大丈夫そうだし、魔猪のお披露目とかどうでもいいんだけど。
「ねぇ、今のうちにお店行かない?皆、心配なさそうだしさ。」
「どんだけ食い意地はってんの…。あんな凄い魔猪、めったに見れるもんじゃないし、見ときなよ。」
「激しくどうでもいい。むしろ見たくない。
いっそ、ブロック肉の状態で出直して。話はそれからだ。」
「…、(何を言ってんの…。)」
「──特級冒険者、シリュウ殿。こちらへ。」
──とっきゅう?
──なんだあの子ども──
──特殊な冒険者の階級とか──
──貴族の坊っちゃんが箔付けに、じゃねぇ?──
──なんか変な魔力して──
──おい、止めとけ──
ざわざわと群衆から疑念の声があがる。
まあ、知らない人から見たら、そんな感じだろうね。
それに気を留めることなく、シリュウさんは冒険者達の横に並び、フーガノン様の言葉が続いた。
「まことに大義でありました。
マボアの地を守る者として、専任官に代わり、英雄達に、厚い感謝を。」スッ…
貴族が、冒険者相手に頭を下げて「礼」をした。
その事実に野次馬達が驚き、興奮していく。
周りばかりが盛り上がる中、討伐のお披露目はあっさりと解散したのだった。
──────────
「フーガノンが町に入る前に言ってきたんだ。
あの「風の主」はとても厄介で、名が通った存在だから誤魔化しが利かない。運んできたところを兵士や騎士に目撃されすぎているから、名を広める方向に事を運びたい、ってな。
で。面倒だから、ダリアに全部押し付けた。」
「とても分かりやすい解説、ありがとうございます…。
そして、酷い押し付けですね…。」
現在はシリュウさんを加えて4人で移動中。
ダリアさんはここには居ない。
冒険者パーティーが野次馬達に集られると共に、目立って強そうなダリアさんもファンになったらしい十数人に取り囲まれていた。
あれではしばらく動けまい…。
シリュウさんは怖がられたのか警戒されたのか、まるで人が寄り付かず、普通に私達のところに合流した。
「討伐の名誉とか要らないんですか?」って尋ねたら、
「肉が手に入れば何でもいい。」と相変わらずの食いしん坊な返事がきた。実にらしい考えだ。
「押し付けも何も。元々あいつは、この町で魔猪狩りに勤しむのに派遣されたんだ。むしろ義務だろ。」
「…まあ、いいですけども。
そう言えば、ウルリは良かったの?あそこに知り合い、居たみたいだけど。」
「うぇ!?(ここで私に話を振る!?)
ま、まあ、あれじゃ皆とはまともに話できないし…。後で聞くよ。」
まあ、自分が参加してないのに、討伐感謝会的な場に混ざるのは難しいか。
「──それで。なんで、魔猫の女と仲良く歩いてんだ?」じろり
「ひぃ…!」涙目一歩手前…
「実はですね──」
──────────
歩きながら、昨日に起こった事を話した。
買い物、軟派男ども、猫耳女、そして極美味甘味の「美人強壮」。そこそこ濃い1日だったね。
「よく1日でそんなおかしな奴らと出会えるな…。」
「見送りしてから2日で森から帰ってきたシリュウさんが言えることじゃないでしょう。あんなでっかい魔猪まで倒して。」
「魔猪の森なんだから普通だろ。」
「町で色んな人と会うのも普通でしょう。」
「2人とも「普通」が何処かに逃げてるわよ…。」
「「…。」」
「そんなに美味いのか。その甘味。」
シリュウさんが話題を変えてくれた。全力で乗っかろう。
「ええ、それはもう。今世──いえ、今まで生きてきた中でトップスリーに入りますね。あれは。」
「頂上、3…。」
「あ。えーと、言い換えるなら、人生で3番目に美味しい食べ物でした。」
「言いたいことは分かるが。」
トップスリーって言い方はあまりしないらしいが、一応意味は通じる様だ。
「あれより美味しい物、食べたことあるの。」
「1番と2番は何だよ?」
「え?シリュウさんから貰った、蜂蜜玉とドラゴン肉、ですけど?」
「あれに並ぶのか…。(魔蜂蜜の方が上なのか…?)」
「…、(テイラちゃんたら、すっかりシリュウの非常識に染まっちゃって…。)」諦め苦笑い…
「…、(聞こえなーい。私には何も聞こえなーい!)」怖くて震える…
ちなみにこの前食べた橙の実は、美人強壮より下だ。4位か5位といったところ。
あれもすごく美味しかったけど、緊張してゆっくり味わえなかったし。やっぱり美味しいものはリラックスして食べるべきだよね。
なんと言うか。独りで、静かで、満たされて…。
…。微妙に違うな。
元ネタの台詞、出てこないや…。
そうこうしているうちに、顧問さんの屋敷前に戻ってきた。
「それじゃ、シリュウさん。お疲れでしょうからゆっくり休んでくだ──」
「その甘味に興味がある。俺も連れていけ。」
「うぇえ!?!?」
次回は26日予定です。




