188話 新たな護衛と英雄達の帰還
「おはよう。」
「よっ。今日もよろしく。」
「よろしくね、ウルリちゃん。」
顧問さんの屋敷を出たところで待っていたのは、猫耳女こと魔猫族のウルリだ。
猫耳は今日もない。完全人型モードである。
彼女は、私達の新たな護衛。
「蜜の竹林」へ向かう道中の警護を任せている。
そう!私達は今日も、極美味甘味を食べに行くのだ!
「あの甘味、本当に凄いわ~…。朝起きたらお肌艶々で、10歳は若返った気分よ…。」満足ほふぅ…
「あれの美容効果、凄いからね。」
「ミハさんの外見でそんなに若くなったら、それはもう子どもになっちゃいません…?」
「あら、テイラちゃん。私、背が低くて幼い顔立ちなだけで、歳相応に老けてるわよ?
エルフとは名ばかりの、低魔力だから。」
前世に比べたら遥かにスタイルが良い16歳以上に、軟派男どもを惹き付けた方が、何を仰るのやら。
アクアの触腕鞭叩き、ってちょっとした(?)ハプニングが有ったのが昨日。
あのお店で食べたモンブランもどきは超絶な美味さだった。毎日これを食べたい、そう思える程に。
その気持ちはミハさんも同じだったらしく、2人揃って天才甘味職人・サシュさんに明日以降も作ってくれる様に頼みこんでみた。
「1個で三千ギル、取るけど?」
「三千…!?」
「…!」スッ…
衝撃的な金額を伝えられた瞬間、ミハさんが10倍以上の前金を渡した。お礼の金にしても確実に多い。
「これから数日、通います…!」頭下げ
甘味の虜になったミハさんには、ダリアさんを思い起こす強引さが溢れていた。
食材で脅しをかけたのに引くどころか押してくる私達に疲れたらしいサシュさんは、おざなりにお金を受けとって甘味作りを了承してくれたのだった。
そして、お店からの帰り、ウルリが私達を屋敷まで送ってくれたのだが。
その道中、色々と相談した結果、彼女を翌日以降の護衛にしたいと言う話になった。
ウルリは上級冒険者だが、何やら事情があって魔猪の森に行けず、稼ぎに困っていたそうだ。
私への闇討ち未遂も、ギルマスからの依頼金に目が眩んだことも理由らしい。町中の依頼は下級冒険者が優先だから、直接依頼はとても有り難いとのこと。
帰宅した顧問さんにウルリを紹介し、依頼契約を結んでもらった。
色々抱えてるらしい彼女だからこそ、きっちりとお金で関係を結ぶことが大事だろう。トニアルさんにも仕事があるし、場所が場所だから護衛を頼むのは可哀想だからね。
不思議な経緯で知り合ったけど、面白い事態になったもんだ…。
そんな感じで女3人での移動である。
「イーサンの旦那から、たんまり前金貰ったしね。ネズミ1匹、近づけないよ。」
完全に味方の顔をしている。ギルマスからの監視依頼も同時にやってるらしいが大丈夫だろうか?
そもそも、猫の因子を持った人がネズミとか、暴漢ではなく餌になるやつでは…?
流石に食べたりはしないか。
「ギルマスは何か言ってた?」
「少し呆れてたけど、特には。“スライム退治で手が溶ける”真似はするなよ、とは言ってたけど。」
“油断大敵”とかってニュアンスの諺だな。
私的には“ミイラ取りがミイラ”と同じ感じだと思っている。
「なるほどなるほど。ツルピカにとって私は粘体魔物か。
今度会ったらあの顔面をドロドロに溶かしてやるとしよう…!」拳握りしめ…
「いや、例え話だから──ん?」
ウルリが突然、斜め上方向に目をやった。
何か明るい青色の物体が、建物の上くらいを飛んでいる。
「リーンじゃん。」
呟いたウルリが私達から少し離れた場所に立つ。
雀くらいの青い小鳥がスィーッと滑空してきて、差し出された左腕にそのまま止まった。
右手を伸ばしたウルリが、小鳥の足に付いた小さな入れ物を器用に開けて中から何かを取り出す。折り畳んだ手紙…?かな?
あれか。伝書鳩的な通信手段だろうか。
「何々──って、マジか。
竜喰いさん、帰ってきたって。」
──────────
町の北西部。
高く聳える北の壁に、大きな門が付いている。一軒家が丸々通りそうな、幅と高さだ。
巨人専用門かな??
「あの門は、魔猪とか大型の魔物なんかを搬入する為の出入り口だよ。」
「随分大変なことをするのね…。」
「普通は壁の向こうで解体するんだけど、周りを警戒するのも大変だから町の中に入れる…って聞いた。
ただ、これを使うのは大抵討伐騎士とかお貴族様で、開けるのに町の偉い人の許可が要るらしいけど…。」
門の前には緊張した雰囲気の兵士達が並んでおり、そこから少し距離をおいて野次馬達が集まっている。
私達は後ろの方で鉄の台に乗り、全体が見える様にした。
結構な人集りだ。お昼過ぎだから余計に、かも知れない。ざわざわと話しあっている。
──すげぇ魔猪が倒されたってよ──
──冒険者の上級パーティー──
──偉い騎士様が見世物に──
──超級──、棍棒のエルフが──
そんな会話と共に、興奮した熱気が伝わってくる。
「ダリアさん、噂になってますね。シリュウさんの話は誰もしてないっぽいのに…。」
「ダリアは元々この町に派遣されてたから、少しは知ってる人も居たんじゃないからしら。シリュウは見た目で損してるからね~…。」
「…、(なんか噂の回りが早いな。貴族、情報を蒔いてんのかな…?)」
「開門!!」
ゴゴッ!!
大きな音と共に巨大門が左右に割れ、ゆっくりと内側へと開いていく。
──うおお!?
──すげぇ!!
──何じゃこりゃ!?
「何、あれ…。」
門の向こうに居たのは、巨大な黄緑色の塊だった。
もう、小山とか丘とか、地形に例えた方が早いレベルの大きさ。前面に突き出した2本の牙。草原にすら見える鮮やか毛皮。
古傷で閉じられた左目は、歴戦の武士の如く。
白く生気のない右目が、この塊が死んでいることを物語っている。
お近づきになりたくないやつ。
群衆が騒いでいる中、巨大な塊がゆっくり滑る様に町の中へと入ってくる。
土魔法で作ったらしき、大きな一枚岩がその巨体を持ち上げている様だ。どんだけ魔力を注げば、あの重量を浮かせられるのだろう。
その岩の横、土魔法の使い手らしき整った服装人達の中に、マントを付けた男女の一団がくっついて歩いている。冒険者っぽいかな。
その一団の先頭に、鮮やかな緑色の髪──背の高いダリアさんを見つけた。
その前にはシリュウさんも居る。
周りの人達よりも思いっきり背が低い上に、巨大魔猪の隣に居るものだから、対比で存在感がまるでない。黒い髪と赤い服じゃなかったら私でも見逃す気がする程だ。
見えてるか分からないけど、手を頭の上で振ってみたらシリュウさんの顔がこちらを向いた。
視力を強化して見ると、何故かジト目だ。視線も、私の隣辺りを見つめている。
「ひぃ…。」冷や汗…
あ、なるほど。ウルリを警戒してるのか。
大丈夫でーす!今は味方でーす!
叫ぶ訳にいかないので、身振り手振りで安全であることをアピールしてみた。
←こいつ。丸!安全!!万事オッケー!!サムズアップ!
さらに目を細めたシリュウさんが、私のことを睨んでいる。
ふむ、伝わらなかった様だ。まあ、ミハさんも側に居るし、攻撃してきたりはしないはず。後で説明すれば大丈夫だろう。
そうこうしているうちに、周りのざわめきがいきなり小さくなった。
何やら注目の存在が現れた様子──
って、あれはもしかしてフーガノン様?
「これより、「風の主」討伐の功労者達を、称えます。」
次回は23日予定です。




