186話 甘味についての考察
「とても…。とても…美味しかった…です…。ご馳走様でした…。」幸せオーラ全開ふわふわ…
「本当に、素晴らしい甘味だわ~…。一口で虜になっちゃった…。」満足溜め息ほふぅ…
極上の甘味を食べて大満足な私達。
ミハさんからはとても色っぽい、幸せ人妻オーラの様なものが漏れていた。それも無理のないことと思える。
このモンブランな見た目の甘味は、「美人強壮」と言う少々いかつい字を書くそうだ。「女性が美しく、そして健やかに」との願いを込めて、味だけでなく栄養価にも拘ったことが名付けの理由らしい。
拳を一回り大きくしたサイズだが、これだけでお昼ご飯が要らないレベルの満たされ具合だ。
「美人強壮は元々ママが作ってくれてた甘味でね。ママにしか使えない素材を抜いて、改良したのがサシュなの。」
猫耳女が小さなパティシエ少女を褒める。
「別に。改良じゃなくて「改悪」でしょ。ママのはもっと美味しいし…。」
「これより…、上が在る…、だと…?」
「この甘味で十分、国の頂点を狙える程よ…?」
ミハさんの言葉にコクコクと頷く。
これより美味しいものとか、かなり信じ難い。現代日本の有名洋菓子店に置いてても違和感はない程なのに。
「大げさ。
それに。材料を聞いたら2度と食べたくなくなるよ。」
サシュさんは暗い陰を浮かべた顔で、自虐的に笑う。
なるほど。女主人さんの味に及ばず、挫折感が強いのか。
「多分…栗もどきは入ってますよね…。あと、「千豆飴」──この国の甘い豆から作った蜜みたいなやつ、が入ってる気がしましたけど…?」
「へぇ。分かるんだ。」
「最近、料理の時に味を教えてもらいまして。」
「土台のケーキ生地の小麦も、とても質が良いわね。中のジャムはアリガだと思うけれど…。お砂糖の甘さではなかった様に思うわ。」
「ママが作る時は砂糖煮ってやつを使ってたけど、砂糖はここじゃ珍しいから。私じゃ使えないくらいに高いし。フラーの実を潰して一緒に煮てるだけ。
あと、小麦は細かく細かく粉にしてるだけで上等なやつじゃないよ。」
ふむ、リンゴもどきに野イチゴもどきが入っているのか。
両方とも、工夫すれば甘くなる木の実だ。手間暇がたくさんかかっているな。
「なら、あの爽やかな酸味は…フラーの由来…?
でも、生のアリガの強烈な酸っぱさに似てたけど…。」
「!…よく分かるね。」
大陸に来たばかりの頃。美味しそうなリンゴだと思って、もぎたてを丸かじりしたからね…。
あの日のアリガの酸っぱさを、私とレイヤはよく知っている…。
「なるほどね!熱したアリガと生のアリガを合わせるのね!生の搾り汁を少量に抑えたら、甘味と均衡は保てるかも…。生地を練る時の水に数滴程度かしら…?」
「…、その通りよ。」
あ。サシュさんの陰りが濃くなった。
不味い。つい熱中して話しこんでしまったが、今日知り合ったばかりの人相手にレシピを暴くとか、失礼極まりなかった。
「ごめんなさい。勢いで話しすぎたわ…。」
「すみません。本当に美味しかったんで、参考にしたい気持ちが逸りました…。」
「いいよ。誰でも思いつくことだし。」
「サシュ?
ミハさんは何十年も主婦をされてるエルフの方だし、テイラさんは異国の料理を冒険者に振る舞う仕事をされてるそうよ。その道の上級者なのだから仕方ないわ?」
薄着さん。フォローはとても有り難いですが。
私の場合、仕事と言うにはいささか雑だし、その表現は誤解しか生まない様な…。
あと、なんで年下の私に「さん」付けです?
半分冗談で包丁構えたのが、脅し効きすぎたかな…。
「ふーん…。
でも。だからこそ、他の材料を聞いたら絶対嫌がるよ。」
自虐度を強めるサシュさん。マイナス方向に自信があるらしい。
もしかして、ドラゴンの肉とか卵を使ってる…?いや、卵はともかく肉は無い。私が避けたい食材を想像してどうする。
それとも、魔物の蜂の蜜とか…?
橙の実の時に食べなかったから味を知らないや…。
危機察知の髪留めが反応しなかったから、毒とか危険物ではないはず…。うーん…。
「…、(生地の繋ぎ。上部のしっかりしたとろみ。とても不思議な土の魔力。多分、水の魔力も感じた。
とろみは乳製品に近い…?それとも魔物の卵とか、蜂蜜かしら…?上級冒険者さんが居るのだし確保は可能よね…?)」
悩む私達に、さらりと言葉がかけられる。
「入っているのは、鈍亀の、卵。」
「!(意外な魔物ね!)」
「鈍亀ちゃん!?」
「それと…、──スライムの粉。」
「「え…?」」
「スラ…イム…??粉…??」
「ちょ!?サシュ!?」
「そこまで教えるの?」
「知っただけじゃ真似できないもの。信じる訳もないし。」
スライム…。
それは、白や茶色の、どろどろ粘体アメーバみたいな生き物だ。
森なんかによく居る歴とした魔物ではあるが、見習いの冒険者ですら倒せるレベルに弱い為、脅威とは見なされない。
とは言え、落ち葉や生物の死骸を溶かす酸毒を持っているので、対策をしていない一般人が長時間触れれば命を落とす可能性はあるくらいには危ない存在だ。
トイレなんかの下水処理に利用されてる話は耳にするが…。
食用になると言うのは聞いたことがない。
スライム食えたのか…。食えるの…か??
食べたらダメだよね??
え?この絶美味甘味に入ってるの??
私、食べたの??
「私はもう作れないかも知れないし、あなた達も家で挑戦してみたら?」
混乱している私達を見て、陰鬱な満足感を得たらしいサシュさんが薄く笑っていた。
私は思考を深めてみる。
嘘は無いと仮定して…。
例え腹を壊しても、あの味ならオールオッケー。
鈍亀ちゃんの卵は見たことないけど、他の卵で代用できなくはないだろう。問題はスライムだ。
形を保持するたんぱく質だと思えば、お菓子作りのゼラチンに相当すると考えられなくもない。
前世で、ゼラチンは骨を煮込んだスープの上澄みから採ると聞いたことがある。骨を忌避する今世ではゼラチンは存在しないかも知れない。
代わり…。代わりになるもの…。
肉…。
魚の煮こごり…。
とろみの強い卵の白身…。泡立ててメレンゲ…?
…。
青いぷるぷるな水塊って…、ワンチャン食えないかな…??
アメーバな見た目の魔物よりは、ゼリーみたいで美味しそう…。切っても再生しそうだし。
最近はおねだりしなくなった私の鉄と引き換えで、ちょっと体の一部をくれないだろうか?
こう、ア○パンマンみたく──
パカッ のびーん…
「ん?」
ブン!
ビシッ!!
「痛っ!!」
腰の鉄巻き貝から、アクアの触腕だけが伸びて鞭の様にしなり、私の額を直撃した。
ビシッ!ビシッ!
「ちょ!?痛い!?痛いって、アクア!?」
かなり強めの連打だ!?
「…何事…?」困惑…
「魔法の暴走…?違う…?」警戒…
「えー…?(水の魔力が少し…?従魔か何か…?〈呪怨〉じゃない…な。多分…。)
放置しよ…。」何かめんどい…
「…?(あれはテイラちゃんの、水のアーティファクトかしら…??何故か切迫してない印象なのだけど…。どうしましょう…?)」困り顔…
「…!?(特級の水精霊様が暴れてる…。どうしたらいいの、シリュウおじさん…!?)」母親の近くでおろおろ…
「失礼なこと考えて、ごめーん!?(泣)」
ビシッ!バシッ!!
アクアによる怒りの折檻がしばらく続くのだった。
次回は14日予定です。
(14日0時追記。
次回更新少し遅れます。夕方か夜にはアップできるはず。)




