185話 昼間に行く夜のお店
タイトル通り、水商売に関するお店が出てきます。
直接の描写は有りませんが苦手な方は避けてください。
「水商売」「夜のお店」「娼館」。
程度の差こそあれ、性的なサービスを提供する場所だ。
この異世界には「魔法」と言う不可思議パワーが存在する。
その為、男女間の身体能力差を無視できる場面が多い。一般的には女性の方が、細かい魔力制御が得意であり、能力の伸びも良いのだとか。
故に。女性の社会的地位はそこそこ高い。
地球での中世ヨーロッパの扱いと比べれば、かつ、魔法が使えれば、だが。
それでも男女の在り方に、大した違いはない。
女は、子どもを産み育て。
男は、外で食料を獲る。
男女の関係性も同じ。
むしろ、夢魔族とか言う存在のおかげで性産業の水準が高いんだとか。避妊や妊活方面での知恵・技術力は現代日本並みではないか、と感じた場面もあった。
そんな訳で、事情は異なるものの。女性が働く選択肢の1つとして、そういった「お店」がこの世界でも存在している。
手話でそんな話をしてる、ドラマのヒロインが頭を過った。激しく、懐かしいな…。
懐古厨になったもんだね、私も。
つーか、そもそも。なんで異世界にも「人間」が居て、「男女」が存在するのか。めんどくさい。
どうせなら、雌雄の違いがない「精神生命体」とか、いっそ「付喪神」みたいな無機物に転生したか──
「えっと…、ここが話した所…。」
猫耳女の声に、意識を現実に帰還させる。
今私達が立っているのは、一軒のお店の前。
マボアの町の南西部。町と平原とを隔てる外壁の陰になる場所に建てられた、割りと大きい平屋。
ここがウルリがお世話になってるお店であり、最高の甘味が置いてある甘味処。
「蜜の竹林」と言う名前らしい。
うん…。ネーミングセンスよ…。
竹の花は100年に1度咲くレベルで希少なのに、その蜜、とか…。どんだけレアなんだ。
建物は特にケバケバしてるなんてこともなく落ち着いた色合いで、むしろ人通りが無く閑散としているせいか閉店している印象すらある。
昼間は、夜に向けての準備をする傍ら、食事の提供もしてるらしいが…。
本当に営業してるのか…?
「テイラちゃん。夢魔族嫌いなのに、本当に大丈夫?」
ミハが心配そうに質問してきた。
立ちつくす私が、怖がっているのでは思ったらしい。
「はい。まあ、それなりに。
私が嫌いなのは、女を物扱いする男夢魔とか…。私には体しか使える能力が無いって言ってくる連中とか…。なので…。
むしろ、お店で働く女性達は尊敬してますよ?
体張って、男どもの熱を抑えて、社会を円滑に回してる素晴らしい方達です。私には真似できないし…。
それよりも──」
隣で会話している連れの2人に目をやる。
「トニアル…。あんたは、止めといたら…?」
「い、一応…。これでも護衛、ですから…!付いていく…!!ます…!」うぐぅ…!
死地へと向かう戦士の様な、トニアルさんが居た。
夢魔の血族ではあるけど、中身はピュアな少年だったらしい。こんなお店は初めてだったようだ。
うん。マジごめんなさい。
成人前後の男子が、母親同伴で、夜のお店に行くとか…。どんだけデスメンタルな罰ゲームだろう…。
男に辛辣な私でも、その苦痛は察して余りある。
私1人の行動が推奨されないのは分かるし、ミハさんに戦闘力は無いらしいし…。選択肢はないのだが。
他の人を呼ぼうにも、すぐ来れて戦力になるとか早々無いし、どのみち信用は難しいし…。
シリュウさんやダリアさんだと戦力にはなるけど、付き合ってくれるか不明な上に今はクエスト中で町に居ない。北側に聳える一際高い壁の向こうに居る人を、甘味ごときで呼びつける訳にもいかない。
シリュウさんなら、甘い物に興味を持つ可能性は高いけど。もし期待外れな味だった場合、最悪、血の雨が降るし迂闊に呼べないな。
やっぱりこのまま突撃が、最適解か。
これでウルリの言葉が嘘で、何か企んでたら、アーティファクトと呪いの力で相手しよう。
そんな感じで適当、ゴー!ゴー!
──────────
「いらっしゃ~──…なんだ、ウルリか…。」
「いきなりな挨拶、止めてよ。ミール姉。」
薄着な妙齢の女性が、机に突っ伏して暇そうにしていた。どうやらここは食堂っぽいスペースのようだ。机と椅子の組みがいくつか並んでいる。
女性はだらけたまま、ウルリと会話を続ける。
「サシュ、居る?」
「当たり前でしょ。」
「「アレ」を作って欲しいんだけど、いけるかな?」
「そりゃ、毎度準備してるし…。って誰に出すのよ──」
ようやく姿勢を正した女が、私達を見る。
その視線が一点で固定された。
「トニアルちゃん、じゃないの!!いらっしゃ~い!」きゃあー♪
「ど、どうも。ミール、さん…。」汗…
「さ、さん付け…!?
駄目だわ、私!!新しい扉が開く!!?」わなわな…!
「待って!ミール姉!
トニアルは単なる付き添いだから!メインはそっちじゃないから!?」
業が深そうな方だ。距離を取ろう。
トニアルさんを庇う様にミハさんと共に前に出て、2人のやり取りを見守る私達だった。
──────────
「…何?女性のお客さん…??」
「うん。ちょっと色々有って…。」
店の奥から出てきたのは、小さな少女だった。
この子が件の甘味を作る料理人のようだ。
背丈はシリュウさん並み、小学生と言っても通るレベル。
なのに、スタイルが…、かなり抜群。トランジスター・グラマーと言うやつか。どこぞの赤セイバーを思い出す。
この子も夢魔族だろうか…?
トニアルさんから視線を外して、ミハさんと私を訝しんでいる。
「こんにちは~…?」
「…、」じとーっ…
警戒されたのか無言だ。
私の目線が失礼だったからかも知れない。
「とにかく、アレを作ってほしくて…。いける?」
「いけるけど…。本当に出すの…?」
「うん…。助かる…。」
「ウルリ姉の頼みなら、いいけどさぁ。」
少女は店の奥に向かいながら、ぶっきらぼうに言い放つ。
「少し時間がかかるから、適当に待ってて。」
──────────
「はい、お待ちどう。「美人強壮」劣化版。」カタン
ここの女主人は昔冒険者で、魔猪と勇敢に戦った、とか。この店はその主人さんが、居場所がない女性達を保護する為に作った、とか。水商売はせずに住む所として利用している人も多く、ウルリもその1人だ、とか。
ミハさんは、トニアルさんの母親で最近町に来た、とか。お母様の前で失礼しました…(照れ照れ)、とか。
テイラは水妖人じゃ有りませんし、ここで働きもしません(鉄包丁構え)、とか。
魔猫族は体内魔力を操作すれば姿形を変えれるから、ウルリも半獣人形態と人間形態を使い分けてる、とか。めっちゃ頑張れば完全な猫にも成れる、とか。
そんな話をして待つこと、1時間近く。ようやく奥から先ほどの少女が姿を見せた。
テーブルに置いたのは…、モンブラン…!?
マフィンの様なスポンジケーキの上に、黄色いクリームが細長い渦巻き状で乗っている。
「こ、これは…!?」
「言っとくけど、1日1個だけだから。適当に皆で分けて。」ナイフ置き…
「サシュ、ありがと。」
「ママのに比べたら全然だし、期待はしないで。」
陰のある表情で自虐的な発言をする少女。
なんか、親近感が湧くな…。
とりあえず、ナイフで切って…。
鉄でフォークを形成。
ミハさんは…魔法手でいただくみたい。カトラリーは要らないか。
フォークを刺せば、クリーム部分になかなかな抵抗を感じる。ずっしりと重い。
近くで見ればマフィン部分の中心に…、これは、フルーツジャムかな?赤いテラテラとした物が埋められている。
「いただきます。」ぱくり…
何 これ 。
甘ぁぁい…。美味しいぃぃ…。
クリームはねっとりとコクが有り、口の中に至福の旨味を届けてくれる。
マフィンにもしっとりとした甘味が存在し、ジャム部分の優しい酸味が爽やかに舌を楽しませる。
それら全てが、渾然一体となって、素晴らしい調和を奏でている。
我が理想郷、ここに在り。
頭の中をファンタジーな妖精が舞い飛ぶ勢いで、幸せの絶頂に浸る私だった。
次回は11日予定です。




