181話 買い出しと串焼き
「それじゃ、行きましょうか。」
「はい。よろしくお願いします。」ぺこり…
「ただの買い物だし、お手柔らかにね。」
今日はミハさんと食材の買い出しに行く日だ。
値段や調理法を学びつつ、この町のことを少しずつ知っていけたらと思っている。
町の中を歩くってのは初めてだから、ちょっと緊張していたが、なんてことはなく普通に屋敷の外へ踏みだせた。
とても過ごしやすい気温だ。魔木の外壁で囲われているが、空気が籠った感じもしない。
空を見上げると存外に雲が厚くて、日射しは少ない。これなら移動してもそう暑くなることはないだろう。
「この町は大まかに、北側が騎士や兵士の、南側が商人や冒険者の領域になってます。
だから、このまま南下して商店が並ぶ辺りを目指します。」
ミハさんの息子のトニアルさんに、マボアの町を案内してもらっている。荷物持ち兼付き人って感じだ。
私とミハさんだけでは心配だと顧問さんが付けてくださった。トラブルが起きない(私がトラブルを起こさない)様に監視役の意味も有るかも知れないが。
「そう言えば、トニアルさん。ギルドのお仕事は大丈夫なんです?」
「えっ、とぉ…。今テイラさんを案内してることが、仕事だから…。」
「あ、そうか。すみません、変なことを聞いて。」
「もう。トニアル。そこは少し表現を変えるべきよ?
「お話できて光栄です。」とか「息抜きをする口実になりました。」とか、上手く繋げないと。」
「う、うん…。(母さんは黙っててよ…。)」
自身の母親と会話するのは、仕事だからこそ余計に大変だろうな…。少しばかり申し訳ない。
──────────
「なかなか大きいですね…。」
目の前の市場には、朝も早いと言うのに人がたくさん居た。いや、朝だからこそ人が集まってるのか。
野菜を中心に結構な数の作物が様々な露天で売られている。
「色々有りますね…。」
「あれが──で、煮物に向いてる──。そっちが──で、こっちでは鶏肉と付け合わせるのが──。」
「ふむふむ。」
「(あら、1玉200ギル?安いわね。状態も良さそう。)これ、3つくださる?」
「はいよ!」
ミハさんが、キャベツもどきな葉の塊を買っていた。トニアルさんにすぐさま渡して運んでもらってる。
今日の晩ごはんのおかずになるんだろう。
ふむ、ロールキャベツなんかも久々にアリかも──
ん?
「なんかあっちから良い匂いが…。」くんくん…
少し離れた所にはいくつか屋台も並んでいる。
どうやらすぐに食べれる惣菜みたいなのが売ってるらしい。そこからとても食欲をそそる匂いが漂っている。
「テイラちゃん、お腹は空いてる?」
「そう、ですね。そこそこ…?」
「なら、先に何か食べましょうか。」ふふふ…
「お願いします…。」ははは…
屋台の辺りに近づき、売られている物を確認する。
串焼き、焼いたパン、タコスみたいに焼いた小麦の皮で具を挟んだ物、具だくさんのスープ…。どれも美味しそうだ。
「──スープは熱々だよ!活を入れるならこれで決まり!」
「──の油を練り込んでるから腹持ちが良いよ!1つ180ギルで──」
「2つくれ。」
「まいど!」
「マボア名物!魔猪肉の串焼きだ!食べなきゃ損!!」
「魔猪肉とな。」
串焼き屋に近づいて売り物をじっとみる。
かなり小さく切った肉が木の串に6個刺さっていて、その場で5本くらい並んで焼かれている。肉から滴る美味しそうな脂の香りが強烈に食欲を刺激する。
味付けは塩だけかな?
値段は──1本500ギル!?
「そこの嬢ちゃん、買ってくかい?」
「いやぁ、この値段は──」
「3本くださる?」
「!?」
「あいよぉ!熱いうちにどうぞ!」
ミハさんがさっさとお金を払ってしまった。
──────────
屋台の近くに通行の邪魔にならないスペースを見つけて、鉄椅子を3つ出す。
肘掛けに串置きも作ったし、これで落ち着いて食べれるだろう。トニアルさんは少しばかりビビりながら座ってたけど。
別に、座った瞬間に鉄を分解するとかしませんから安心してください。
「すみません。ご馳走になって…。」
「いいのよ。私も食べたかったし。」
「“森、恵、感。”」ぱくっ…
「こら、トニアル。変な略し方しないの。」
「…、」もぐもぐもぐ
「もぉ…、急ぐ必要ないのに。
“森の恵みに感謝を。”」ぱくり…
「いただきます…。」ぱく…
良くある親子のやり取りを眺めながら、串焼きの肉を1欠片、口へと運ぶ。
「ふむふむ…。」ぐむぐむ…
とても弾力が有る。しっかり咀嚼して味わうとしよう。
相当噛みにくいがその分旨味も溢れでてきて、なかなかどうして美味しい串焼きだ。
肉を小さくしてケチってると思ったがこれは違うな。この固さに対して最適なサイズを計算してこうなってるのか。
「…!」一心不乱に噛む噛む…
こくん
「なかなか美味しわね~。」
こくん
「はい。ちょっと食べるの大変ですけど噛み応えあって。
魔猪肉ってこんな固かったんですね。カツにさせてもらったやつは随分と柔らかった印象だったんですが。」
「多分、種類が違うと思うわ。父さんが仕入れたのは「火魔猪」って言ってたし、串焼きは別属性のなんじゃないかしら?」
ごっくん!
「うん。これは「土魔猪」だね。火に比べたら味は劣るし固いけど、こっちは数を確保できるから出回るんだ。」
魔猪にも種類が有るが、それぞれ肉質が異なるらしい。
なるほど。保有魔力で味が変わるのか。興味深い。
魔力を持った猪、魔猪。1つの種族に複数の魔力適性が有る魔物だ。基本属性それぞれに対応して、「火魔猪」「風魔猪」「水魔猪」「土魔猪」が存在する。
一般的に思い浮かべる、デカくて動きも早くて攻撃魔法を放ってくるのが火属性の魔猪。性格も狂暴で、森から積極的に攻めてくる厄介なやつらしい。
ただ、その肉質は柔らかくて旨味もダントツに良く、騎士達が討伐しそのまま貴族達へと流通する為、庶民には手が届かない値段になるらしい。
逆に土属性の魔猪は、数が多く個体サイズもまだ普通な為、その肉は比較的手に入りやすい部類なんだそうだ。
ただその固い肉質の為、解体や調理法に高い技術が求められる…、と。
なるほどね。だから串1本でこの値段なんだ。
ぐむぐむ…
ちなみに。
風属性の魔猪は、かなり珍しいらしい。肉質は火魔猪の次くらいに美味しいらしいとの噂だが、感知能力がズバ抜けて高く遭遇率が極端に低い為、討伐されること自体が少ないんだとか。
そして水魔猪は、食材としてはダントツの不人気だそうだ。
食えないことはないそうだが、同じ魔猪肉とは信じられないほどに味が悪いんだとか。代わりに魔物素材としては優秀らしく、毛皮や内臓が高額で取引されてるそうだ。
また魔猪同士なら別属性間でも繁殖は可能なので、
同じ土魔猪でも、土と火から生まれたと思われるのは噛み応えと味が両立してたり、土と水から生まれたらしいのは固くて美味しくなかったりするそうだ。
その辺りを見極める魔眼を持つことが重要なんだと。
同じ魔物でも色々有るんすね~…。勉強になるわ。
ぐむぐむ…
──────────
美味しくいただけたけど、流石にもの足りないな。でもこの後もしばらく移動するだろうし、今はこんなもんでいいか。
時々売れていく串焼きをぼんやり眺めて、この後の予定に思いを馳せる。
「母さん、もう1本食べてもいい?自分で買うから。」
「それなら、テイラちゃんにも追加してあげて。」
「いや!?え!?大丈夫ですよ!?」
「いいからいいから。」ふふふ
満足していないことを見抜かれていたらしい。
「そ、それなら別のやつで!魔猪肉はもう十分ですから!」
「遠慮しないの。トニアル、2本買ってね?」
「分かった。」
「え~…。」
朝ご飯に1000円使うとか、豪勢過ぎる…。
とかなんとか思いつつも、熱々串焼きを頬張る私だった…。
次回は29日予定です。




