180話 発条おもちゃと塗料
「それでね。リーヒャと2人で、テイラちゃんにいくつか料理方法を──」
「そうかそうか。」
「…!(らっきょうもどきの甘酢漬け、最高…!)」しゃくしゃくしゃくしゃく
料理上手の2人が作ったご馳走を食べながら、団欒とした夕食をとる。
仕事から帰ってきた顧問さんは、ミハさんと会話しながら食事を楽しんでいる。
私は場違いな居候なので、黙々と食事に集中しているが。
「──きっと遠い国での生活しか知らないからだと思うの。
だから少しずつ、一般的と言うか、馴染みやすい基礎なんか伝えていこうかと思ってるわ。」
「…、うむ。テイラ殿の助けになる様に、無理強いはせず励んでおくれ。」
私の目的は、シリュウさんに喜んでもらえる料理を増やすことだ。
別に日本のレシピを根付かせる必要は無い。この国で普遍的な郷土料理や、大陸中央の家庭料理の技法を学ぶのが重要だ。
私が非常識なのは今に始まったことでもないし、早々変えるつもりもない。
ただ、お返しのレシピが使えないのは問題だし、何か他の贈り物を考えないとなぁ。
鍋とかフライパンを作って渡すかな?
いや。呪いの鉄だし元々は私の血で作ってるから、他人にあげるには不適格か。
「…、なんか父さん、テイラちゃんへの態度変わった…?」
「そ、んなことはないと思うが。」
「…?(避けてる…?いえ。丁重に扱ってる??
なんか甘くなったわよね。3日くらい前から。)」
「…、(風の氏族との太い繋がり足り得る重要人物…。とは言えんしのぉ…。)」はっはっはっはっ…
「…!!(この油焼き、美味し~!)」もぐもぐ!
──────────
カチカチカチカチ… カチカチカチカチ…
設置…
シャーーーーーーー!!
「「おおー…!!」」
…コン!
「こんな感じで走ります。」
「なるほど、なるほど。」
「面白いわね~。」
夕食後は顧問さんの部屋にお邪魔して、私の鉄おもちゃをお披露目している。
リーヒャさんとミハさんへのお礼となる物を悩んでいたから、何か私にできることはあるかと顧問さんに相談したのだが「気になさらずとも大丈夫ですじゃ。」と流されしまった。
リーヒャさんへは別途お給金を弾む予定だし、娘さんは形としては突然の居候だから、食客の相手をするのが当然。とのこと。
それでも悩んでいた私に、ミハさんが、顧問さんへ私の作品を見せることを提案した為お披露目となった。屋敷の主を喜ばせれば万事上手くいく、とのこと。
今回作ったのは、発条のミニカーだ。
発条は、薄い鉄板を渦巻き状に巻いたバネのことで、時計やおもちゃの動力に使われているやつ。
バネの中心に取り付けた軸を回せば、渦巻き鉄板が元に戻ろうとする弾性力が生じるので、動力を保存することが可能になるのだ。
手を離せば軸が自然と回転しはじめ、その力がギアに伝わって車輪を回し車が走る。
「軸と車輪とを繋いでいるのは、特殊な歯車です。
見やすく大きくしたのがこちらになります。」
私は手のひらサイズの、ギザギザした太陽状の歯車を見せる。
歯車の歯は左右が非対称になっていて、右肩上がりの形をしている。ちょうど正方形を対角線で斜めに切った様な具合だ。その歯の根元にはそれぞれ小さなバネが取り付けてあり、歯が中心に向かって落ち込む様に設計している。
「こんな感じに、一方向に回すと歯車の歯が引っ込んで、逆に回すと今度は歯が噛み合います。」シャコンシャコン…
「ほうほう…。」
「こうするとゼンマイに力を貯める時は車輪は回転せず、ゼンマイバネが元に戻ろうと動く時は車輪に力が伝わります。」カチッカチッ…
「細かい所が複雑な構造してるのね…。」
ゼンマイミニカー自体はこの町に来る前にも作っていたのだが、シリュウさんには受けなかった。
まあアレは、デザインの問題だったと思うけど。
シリュウさんも亀が好きだと知ったから、陸亀型のミニカーにして鉄板の上を走らせたのだが、ものすごく渋い顔をしたんだよね。
多分、「スピーディーに走る亀」ってのがお気に召さなかったに違いない。
だから、顧問さんに見せていなかったみたいで説明しながら作ってみた訳だ。
ちなみに今回のデザインは4足歩行のミニドラゴンである。
イメージに合う角兎とか魔猪だと、魔物だし受けが悪いかもと避けたらこうなった。発想力が低い私である。
「テイラ殿は本当に器用ですなぁ。」
「いえいえ。人から伝え聞いた物を無理繰り、再現しただけですから。」
「いやいや。確かにゼンマイと言うバネを使った装置は有りますが。この大きさで精密に、しかもこの様な用途となると…。類似の物は見たことがないですな。」
「まあ、何かの役に立つこともない、暇潰しのおもちゃですしね。」
「うーうん。そんなことないわ。これ、子どもはとても喜ぶんじゃないかしら?動く物を追いかけるの好きだもの。」
「それなら…部屋の中を動き回る、光る玉の魔法。とかの方が良くないです?」
「あれはね~…、ちょっと一般人には難しいかな…。」
「再現する魔導具も有りますが…。光魔法を使いますし、持っているのは余裕の有る貴族ぐらいでしょうなぁ。」
ただ真っ直ぐに走る鉄の塊なんだけどな?
「見た目を変えれば色々なのが出来そうね。」
「そうですね…。可愛い動物とかにして…、カラフルに着色すれば…。顔料──色の付いた鉱石の粉末、とかを鉄に混ぜて色は出せますが──いや、塗料を使った方が早いかな?」
「取り寄せましょうか?」
「え?でも、そういうのってお高いんじゃ…?」
現代日本じゃ、絵の具はありふれた物ではあるが。
細かく鉱石を砕く技術、発色や塗料の乗りを良くする溶剤の選定、等々かなり手間の掛かる品のはずだ。私が使う場合は金属表面になるし、余計に難しいだろう。
「なんのなんの。お安いご用です。」
「いや、単なる余分な物ですし…。」
「儂が見てみたいだけですから。
それに、シリュウから預かった資金も有りますでな。」
「え゛っ?シリュウさんってば、そんな…。いやでも確かに必要か…。」
「旅の間、テイラ殿の協力で手に入れた素材も含まれております。受けとる資格は有ると言っとりましたから、安心なさってください。」
「そ、そうですか…。」
シリュウさん、いつの間に…。
いや、でも上手くいくか分からない物に高いお金を払ってもらうのは…。
「あ。でも色を塗らなくても…。例えば木を削って外枠のボディを作れば、そのままでもいける様な…。」
「そうだわ。」パンッ!
ミハさんが嬉しそうに手を合わせる。
「テイラちゃん、明日は私と買い出しにいかない?」
次回は26日予定です。




