179話 見送りと料理指導会
「シリュウさん!お気をつけて~。
私は新作料理でも考えながら大人しくしてま~す。」手をふりふり…
大量の常備食を用意した翌日。
魔猪の森へ行くシリュウさんを、顧問さんの屋敷の門で見送っている。
「…。ほどほどに、な。」
「は~い。ほどほどゆったり過ごします。」
「…。(なんか不安だ…。)」
「…、(不安だね…。)」
手ぶらに見える、角兜な小さい子ども。何故か呆れ顔で私を見ている。
明らかに冒険に出る格好ではないな。
その横には、デカい棍棒を背負った筋肉隆々高身長の女エルフ。
孫を狩りに連れてく、伝説のお婆ちゃん感が有るな。
謎過ぎる表現だが。
ダリアさんは自分の処遇を受け入れてシリュウさんに付いていくことにしたらしい。未だに渋い顔をしているけど。
本人は、資格を失ったから降格して「上級冒険者」が相当だと思っていた。
だが、ギルド最高戦力「超級冒険者」の認定を変更するのは簡単なことではないので、この町のギルドは暫定的に同じランクで留めておきたいと考えた。
結果、シリュウさんに付いていく為「仮の超級」って立場を受け入れた訳だ。
まあ、自分の実力を過大評価されるのは居心地悪いし、気持ちは分かる。
「…。(まあ、大丈夫だろう。町の貴族長とギルドマスターを押さえてんだし…。)
イーサン、後は頼んだ。行ってくる。」
「うむ。気をつけてな。」
そして、2人は徒歩で魔猪の森へと向かったのだった。
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森から逃げた怠惰な私も、できる限りのことはしておきたい。
保護者が居ないからなるだけ穏便に過ごしつつ、有意義な次の一手なのは──
「では。よろしくお願いします、ミハさん。リーヒャさん。」
「こちらこそよろしくね。」
「はいはい。お願いします。」
──とにもかくにも、料理である!!
新しいものを提供できるよう、この大陸の技を学ぶのだ!
教えてくださるのは、おっとりキラキラ茶髪美女のミハさんと、この屋敷のお手伝いさんであるリーヒャさん。
ミハさんの料理は、シリュウさんが好むほど美味しい。いつぞや私もいただいたリンゴもどきパイも絶品だった。
リーヒャさんのは言うに及ばず。食客になってからお世話になりっぱなしである。
この2人から教えを乞えるなど、感激の至りだ。
「イーサンさんの食客様ですが、料理となれば話は別です。みっちり教えていきます。」
「はい…!」
赤茶けた髪を三つ編みでまとめたリーヒャさんは、がっしりした体格で、醸し出す迫力もなかなかのものだ。
髪型こそ違うが、ハ○ー・ポッターのウィ○ズリー家のお母さん感が有る。
「ただ。貴女も異国の料理を作ると聞いてます。我々にも後ほど教えていただきます。」
「いやぁ、私が作るのは凄く非常識なやり方のものなので、参考になるかどうか…。」
「…、(自覚は有ったんだね、テイラちゃん…。)」
「ここは全国から人が集まる町で、多様な文化に触れますから慣れっこですよ。
まずは私から教えていきますが…。本当に「ロームイの甘漬け」で良いんですか?」
私が最初に指定したのは、らっきょうもどき──ロームイと言う名前らしい──の甘酢漬けの作り方だ。リーヒャさんがとても悩ましい顔つきになっている。
「はい。本当に美味しかったので。
あ。何か教えたくない秘伝の部分が有るならそこは省いて、大まかなやり方だけでも構いません。」
「そんな秘伝は有りませんが…。
(本当に変わった方ね…。)まあ、作っていきましょうか。」
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洗って天日干しした小さな瓶を用意して…。
細い根と先っぽを切ったらっきょうもどきの根茎部分を、敷き詰める。と…。
「ここに、浸かるほどの酢と少量の飴を加えて、2~3日寝かせたら完成です。半年から1年くらいまで保ちますよ。」
「飴…ですか??」
「ええ。…ああ。他国ではあまり見ないかも知れませんね。「千豆飴」と言って、千豆に麦の芽を加えて作る甘味料です。
…千豆は、甘くて黄色い豆です。パンの代わりに時々出しているアレですよ。」
「ああ!あの、蒸して潰したやつ!」
「大陸中央にも出回ってはいるけど、私は調理したことなかったわね~。甘くて主食になる豆って想像つかなくて。」
「分かります分かります。普通、豆って主菜ですもんね。」
「“1粒食べれば寿命が千日伸びる”なんて言われるから、“千日の豆”で千豆と言うそうですよ。」
「へぇ~!」
「身体に良いのね。」
「ええ。この国の健康を支える大切なご飯です。」
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リンゴもどきパイをオーブン的な魔導具にセットして焼いている間、2人に私の作った料理の話をする。
「生の卵を、加熱しないで、付け汁にする…。」
「新鮮な魔物の卵ですらなく、普通の動物の…。」
「いえ、あの…。シリュウさんのマジックバッグに入れて、殺菌消毒──障気を祓った上で、ですから…。」
「シリュウったら相変わらずね…。」
「魔法袋をそんなことに…。(あの少年、やっぱり凄い冒険者なのね…?)」
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「大鍋を満たすほどの油…!?しかも魔法植物の種子の…!?」
「うん。これが普通の反応よね。」
「唐揚げどころか揚げ物の文化、本当に存在しないの…?」
「前にも言ったかもだけど。浅い片手鍋に薄く油を入れて焼く、「油焼き」が普通だと思うよ…?」
「油焼き、かぁ…。」
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「「魔物の内臓を食べたぁ!?!?」」
「いえ、ですから!ちゃんと洗浄して、臭みをとる処理もした上で──」
「いえいえいえ!?」
「テイラちゃん!内臓は毒だけど、そういう毒じゃあないのよ!?
生き物の内臓そのものに魔力回路を壊す毒が有るって言われてるわ!木の子と同じく食べたら大変なことになるのよ!」
「ええ…!?でもシリュウさんも私も特に問題なくいただきましたけど…。まあ、私はそもそも…(非魔種だけど…。)」
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「角兎の骨から出汁…。
内臓と同じで、骨髄もあんまり良くないはずだよ…、テイラちゃん…。」
「あなた、どんな国から来たんですか…。料理ができるとかできないとかって話を超えてますよ…。」
「ハハハ…。」目そらし…
遥か南の島生まれ、島育ちです…。ついでに起源は異世界です…。
「でも、シリュウも母さんも飲んでたなら、大丈夫なのかしら…?シリュウは別として、母さんの感覚はまともなはずだし…??」
「どのみち、あなたのやり方は参考にできませんね…。」
「ご、ごめんなさい…。」
「う~ん…。でも、あのカツって料理は美味しかったのよね…。決して下手とか味覚が違うとか、ただ物事を知らないって訳でもないし…。謎だわ…。」
そんな話をしている内にアップルパイが焼き上がる。
出来立てアツアツはより一層美味しく感じた。
うん。まともなやり方をちゃんと学ぼう。
私の冒険はここからだ…!
次回は23日予定です。




