178話 届くはずのない手紙と干し飯
ギルマスの話は脇に置いておいて。
ひとまず屋敷に帰還した私達は再度話し合いを行った。
私が取りうる選択肢は大きく3つ。
1、シリュウさんと共に魔猪の森に入る。
2、このまま屋敷に引きこもる。
3、この町から出る。
まあ、3は無い。
厄介事全てから距離をとれるだろうが、折角の繋がりが無意味になる。最終オブ最終の手段だろう。
1は、前向きな選択肢ではある。
冒険者として再スタートをきるなら、功績としても有意義だ。
問題なのは、この森の難易度が高いこと。
デカくて群れる魔猪を筆頭に、その魔猪達と共存している多様な魔物達が、単純に強い。攻撃魔法を使えるもの、体力が異常に多いもの、毒等の固有能力を使うものも居る。
町に近い外縁部でなら下級冒険者でも活動は可能らしいが、魔猪はその場所まで出張ってくることもまま有るそうだ。
加えて。シリュウさんは最終的に、この森の「最深部」まで探査するつもりらしい。
町から一番遠い領域、つまりこの大陸の北側に存在する「海」と接する部分。この場所がとても危険なのだ。
年中暴風状態の北の海洋から、流れ込む寒気。魔猪の森はこれを防ぐ為の巨大防風林としても機能しているので、そこを抜けて岸に出ると脅威に晒されてしまう。この季節ともなると、既に相当な寒波が押し寄せていると予測されるらしい。
ついでに言えば、謎の金属体が流れ付く場所でもあり、その中には時折「呪具」の様な危険極まりない力を秘めた物もある。
そんな所に、魔力がなくて寒さに弱い呪い女が近づくべきではないな。(確信)
2の選択肢は、怠惰ではあるが安全安心が大きな魅力だ。
やれることもまだ有るし。
シリュウさんと離れることは不安ではあるが、まあ別にバカみたいな距離が有る訳でもない。会おうと思ったら会える。森の探査も何度か往復して行う予定らしいし、深刻に捉える必要もない。
緊急時にシリュウさんを呼び出せる救難信号もあるし。
やっぱりこの選択肢ですな。考えれば考えるほど、これしかないと思えてくる。
つー訳で…
「私、とりあえず屋敷に引きこもります…!」
「…。(特級へのやる気はどこいった…?)」首かしげ…
「…、(ゆるりとしてくだされ…。)」若干諦め…
──────────
──拝啓 レイヤ様
如何お過ごしでしょうか。
月日──じゃない、時間。の流れは早いもので、貴女と別れてから1年半が経ちました。
私は何故か、再び冒険者になろうとしています。
人生とは数奇なものです。
まあ、他に成れる職業もないので、必然と言われたらそれまでかも知れません。活動内容は料理を作ることが主なので、もどきな感じですが。
先日、風の噂で貴女が風エルフ達のまとめ役になったと知り、大変に驚きました。
貴女のことですから、きっと突飛な方法で島を牛耳ったのでしょう。陰ながら応援しています。
精力的にテロ行為──訂正、商業活動。に勤しんでいるとも聞き及びました。
「海○王に俺はなる!!」のノリで大陸に襲来する、非常識な子どもエルフが頭に浮かびます。
とても傍迷惑ですね。私は遭遇しない様に行動しますので、ご自由にどうぞ。
…ん~?
…何かフラグっぽい言い回しになったな。
でもまあ、この国の地理的に南の海とは遥かに離れてるから、遭遇なんて物理的に有り得ないんだけども。
…。
いや…?
そう言えば、エルドの魔導船って船底の竜骨部分が、古い世界樹の枝?か何かで構成されてるらしいって話で…。
「それならあの船ってアーティファクトみたいなもんだから、魔法で浮かせれるんじゃない?船は船でも、飛行船だね~。」とか冗談で言った様な──
「テイラ。
もういいんじゃないか?」
「…ん?」
暇潰しの脳内お手紙を終了して、現実に意識を戻す。
圧力鍋の火を除けてからの、スーパー蒸らしタイムは終わった様だ。
シリュウさんを連れて鍋に近づき、蒸気が完全に抜けていることに気をつけながら鍋蓋の拘束を解く。
ガパッ!
つやつや…! きらきら…!
「いよしっ!良い感じ!!」
砂麦ご飯の炊き上がりである。
ベフタス様から歓待を受けた翌日。
起きてすぐに豹柄カビの確認をした後、シリュウさんのマジックバッグに入れる大量の料理を作って過ごすことになった。
ちなみに。
ドラゴンの肉を腐らせるらしいカビが、カツに生えることはなかった。完全に失敗である。
顧問さん達は複数のカツの箱をそれぞれ日毎に確認していたそうだが、どれもこれもカビらしいカビさえ生えずじまいだったそうだ。
やっぱり衣の繋ぎにドラゴン卵を使うのが鍵なのかな…。
「俺は、町の中だからだと思う。ここもベフタスや貴族の魔力で覆われてるから障気は霧散する。次やるなら町の外でやるんだな。」とシリュウさんは言っていた。
ぼりぼり!と干からびたカツを咀嚼しながら…。
ドラゴンの強靭な肉体に生えるらしい異常なカビが、竜騎士達の魔力に抑えられるってのは腑に落ちないが…。
まあ、ドラゴン肉の残りをこれ以上は提供する気もないみたいだし、実験はもう無理だけど。
ただ、草原で最初に生えた豹柄カビは、驚くべきことに鉄箱の中で未だに青々(?)と繁茂しているそうだ。これを培養してみるのも1つの手だし、観察するだけでも研究成果になるかも知れない。
私は何もしないが。
それはともかく。
私は過酷な任務に赴くシリュウさんに、いつでも美味しくご飯が食べられる様にお弁当を作っていくのだ。
その表現が相応しくない量だけども…。
顧問さんが依頼を出して大量に集めてくださった砂麦達を、ひっきりなしに炊いていき、薄く広げて皿に盛る。そして黒の革袋に皿のまま仕舞ってもらう。
すると袋の乾燥効果で、折角のつやつや砂麦飯がカラカラになっていく。今回はこれが重要なのだ。
「んでは、確認がてら少し実験しますか。」
カラカラになった砂麦飯の「干し飯」を、鍋に入れて水を張り、板肉の削り節や野菜の粉末を混ぜて火にかける。
するとご飯が再び水を吸って食べられる状態へと変化する。後は塩胡椒を振りかければ──
「…。美味い…。良いもんだな、「リゾット」ってのは。」もぐもぐもぐ
そう。これは「インスタント・なんちゃってスープリゾット」である。
お湯さえ有れば、短い時間で熱々ご飯にありつける寸法だ。これで長期に渡るクエストにも、少しの彩りを届けられるというもの。
他にも。
シリュウさんが挽いたきめ細小麦粉を使った、うどん麺に餃子の皮。
アクアに生成してもらった水で作った、板肉のスープ。
旅の間に常備食として馴染んだ料理達を、新たな具材に合わせて猛烈な勢いで調理していく。
流石にこれだけ有れば、シリュウさんが大食いしても1~2週間は保つんじゃないかな…。
「悪いな。助かる。」
「いえいえ、お役に立てて何よりですよ~。」ふぅ~…
次回は20日予定です。




