176話 名家の愚者と竜騎士侍女
「…あ!!」
とても美味しい柑橘類を食べ終えて余韻に浸りつつ、対価に対する恐怖が頭の中で増えてきた頃、ナーヤ様が突然声をあげた。バッとあらぬ方向を向いて固まる。
「ローリカーナか?」
「…、はい。」冷や汗たらり…
ベフタス様が何かを確認した。想定外の、トラブルっぽい?
有耶無耶チャンス?それとも罠?
「帰った方が良いか?」
「いや、大丈夫だ。少し待っててくれや。」
「分かった。」スプーンで蜂蜜ぱくりぺろり…
珍しくシリュウさんが気を利かせて帰還しようと提案したが、待機をしているように言われてしまった。
大丈夫だろうか。
「数は?」
「4名、です…。」
「愚か者が他にも居たか。」
ベフタス様が面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「フーガノン。」
「よろしいので?」
「ああ。誓約を守るとしよう。
マボア専任官ベフタスが、命ずる。竜騎士フーガノンよ、ローリカーナ=イグアレファイトとその一味を打倒せよ。──「召喚」も許可する。徹底的にやれ。」
「承りました。」
一礼をしたフーガノン様は、その青っぽい白髪を靡かせて庭園を離れていった。
向かった先は、魔猪の森を隔てる北の外壁の方だ。
「さて。飲みなおすか。」
ベフタス様が元の調子に戻って、新たなビールを追加するように指示を出した。
「良いのか?」
「うん?…ああ、問題ねぇよ。フーガノンに任せておけば片付く。」
ごくごくとビールを呷りながら話すベフタス様。
シリュウさんが心配するくらいには覇気が減った気がする。
「俺も加勢するか?」
「そりゃ、戦力過剰だ。そもそも向こうが弱過ぎてフーガノン1人でも余裕なんだよ。」がっはっはっはっ…
「イグアレファイト、って言ってなかったか?」
「ああ。だが、竜と契約すらできん軟弱者だ。まあその意味じゃ、俺も同じ括りだが…。」ぐびぐび…
2人の会話を聞いて、総合するに。
イグアレファイトは、火属性のドラゴンを従える竜騎士の大家の名前だそうだ。
この国の東で強大な権力を握る大貴族家で、才能がない者は容赦なく切り捨てる方針らしいのだが、その家の娘が左遷されてこの町に居たんだとか。
この娘があまりにも融通が利かない愚か者で、実家の名の下にやりたい放題だったそうだ。
その為、謹慎を兼ねて数日前にここマボア第3拠点から第2拠点に配属させたのだが、断りなくこちらに戻ろうと画策していたらしい。
ナーヤ様は千里眼的な遠見の能力?があり、その動きを先ほど感知。
次に命令違反をしたらベフタス様が沙汰を下す誓約を交わしていた為、責任者として直接処罰することを決定したとのこと。
こんな話を、部外者の私達に話して大丈夫なんですか??口を挟む気はさらさら無いんですけども。
「なんでそこまで俺に話した?」
「ん?一応、関係者だからな。」
「?」
なんとその娘と言うのは、この町に着いた時に私達に絡んできた、女騎士達を率いていた奴らしい。
つまり、あの!頭の悪そうな声でキンキン喚いてた女か!?
シリュウさんの巨大火の玉から、私の方便で助けてやった、あの!?
「あれが、竜騎士の生まれ…?相当魔力が低いと感じたが…。」
「ああ。よくもまあ、あの程度で調子に乗れたもんだと逆に感心すら覚える程にな…。」遠い目…
「あれならまだ…、そこの女の方が確実に上だろ?」
「!?」びくぅ!!
「お!シリュウにも分かるか?流石だなぁ!」
「まあな。独特の気配で分かりにくいが、こいつも竜と契約してるだろ?」
「!?!?」びくびくぅ!!
「べ!?」汚ない裏声!
ナーヤ様って竜騎士なの!?
竜騎士様に、お茶汲みさせてたの!?!?
「応よ。戦力としちゃ全然だが、他に代えの利かん特殊個体と契約しててな!ローリカーナのところで雑用やってたのを引き抜いたんだよ。まあ、役に立つのなんの!大助かりだぜ!」
「べ、ベフタス様…!?その辺りでご容赦を!
私なんぞ、本来は慎ましく侍女に収まるべき身分でして!」おろおろ!
「事実はちゃんと受け止めろよ?ナーヤは凄い。これからも期待してるぞ。」
「あわっ!?わわっわ!?」ぷしゅー!
混乱の極みにあるのか、ナーヤ様は顔を真っ赤にしてぷるぷると震えはじめた…。貴族の態度じゃないな…、親近感すら覚える。
元々は竜騎士に成る予定のない侍女見習いだった彼女は、風変わりなドラゴンに好かれて半ば強引に契約されたそうだ。
なんとなく想像したのは…
勇者の幼馴染みで、村で帰りを待つ非力な少女の下に、ある日ドラゴンが舞い降りて魔王を倒す冒険に連れていかれる…的な…。
うん。壮絶。
ちょっと漫画が1本描けそうだな…。メモっとこ(現実逃避中)
「全く東の奴らもローリカーナも馬鹿なもんだ。ナーヤと言い、フーガノンと言い、優秀な人材を自ら手放してんだから。」はぁ…
「…。(テイラの境遇に近いな…。)」ふん…
「うん?この嬢ちゃんもどこかで侍女してたのか?」
なんか急に私の話題になった!?
「いや。そうじゃないが…。つーか、感情を読むな。」
「悪ぃ悪ぃ。貴族みてぇに気を張って話す必要がねぇもんでよ。お前ももう少し思考を絞めれたらいいのになぁ。」
「できないことに不要な労力は割かん。」
「まあ、そうだな。それが一番だ!」がっはっはっはっ!
大声を上げて笑うベフタス様。どうやら私への追及はないかな??
ナーヤ様と目が合ったが、お互いになんか気不味くて目を逸らす。
「つー訳で、シリュウにちょっかいを出す貴族はこの町に居ない。ギルドのイーサン顧問とも連絡は取ってるし、何か有ったら対処するからよ。
気ままに過ごしてくれや。」
その後、フーガノン様が召喚した巨大ドラゴンの絶大ブレスに薙ぎ払われて、バカ貴族達が大怪我を負った(生かされてはいるらしい)…。
そんな話を流し聞きして、この面会は終了したのだった…。
命令違反と実家の権力等を考えると、軟禁処分辺りが妥当なのかなぁ?
次回は14日予定です。




