175話 キンキンビールと極上果実
(今話の名前表記を修正しました。
海外において、名前と姓の間の空白は「・」で表すそうですね。「=」は、名詞と名詞を繋ぐ「-(ハイフン)」を日本語に翻訳する時に変換されるものだとか。
ビリー=ザ=キッドではなくビリー・ザ・キッド、的な。これは名前ではなく通称ですが。)
「改めて自己紹介といくか。
俺はベフタス。この町の専任官をやってる者だ。
んで、そっちが護衛のフーガノン。こっちがナーヤ・カサンゴだ。」
デカ貴族──ベフタス様が、この場に居る2人の貴族を紹介する。
「先日はどうも。」
「よ、よろしくお願い、いたします…。」
私達を案内した謎貴族がフーガノン様。シリュウさん曰く戦闘狂とのことだが、そんな気配は感じられず優男然とした雰囲気で離れた所に立っている。
侍女の如く専任官の後ろに控えている茶髪女性が、ナーヤ様と言うらしい。
他の2人は名前のみなのに、この女性だけが家名付きで紹介された??
「なーやかさんご」全体で下の名前の可能性は…有るのか? さっき「ナーヤ」って呼んでたけど…??
「シリュウだ。冒険者をやってる。」
なんて凄まじく雑い挨拶…。
しかも、それで終わりですか…。
えーと、直答が許されてるし、畏まるなとも言われてるから…。普段使いの言葉で、丁寧に話せばいいよね…?
「…テイラ、と言います。…見習い冒険者を2年ほどやってました。…シリュウさんに危ないところを助けてもらい、料理なんかを作って恩返しをしています。」
「で?俺を呼んだ理由はなんだ?」
私の挨拶に反応されるより早く、シリュウさんが話を斬り込んだ。
「挨拶とご機嫌取りだが?」
貴族がシリュウさんを配慮してる…。流石やでぇ…。
そもそもご機嫌取り、って本人に向かって言う…?
「お前がわざわざ俺に、か?」
「そりゃそうだ。今の俺は仮にも町を1つ任されてるんだぜ?
天災と同義なシリュウを、ただ放置するなんてのは下策の極みだからな。つー訳で、まずは──」
ベフタス様がナーヤ様に視線で合図を送った。
彼女はすぐ側に有る大きな金属?の箱を開け、中から大きな水差しみたいな容器と3つのジョッキを取り出し私達が座るテーブルに置いていく。
「こいつで1杯やろうや。」
木製の容器を手にとったベフタス様が、ガラス製らしい透明な大ジョッキへと中の物を注ぐ。
この黒っぽい琥珀色の液体に白い泡な見た目は、明らかに酒だ…!?
「随分冷えてるな。」うきうき!
シリュウさんの顔が喜びに満ちている…!?
「そんなに上等な代物じゃねぇが、がっつり冷やして飲むと格別なやつだ。お前にはこれが良いだろう?」
「ああ!」
ど、どうやら、あの箱型の装置は冷蔵庫的な魔導具であるようだ。
ベフタス様がシリュウさんの前に置かれたジョッキにもなみなみとビールを注いでいく。
続いて──
「テイラは酒が飲めん。別のにしてやってくれ。」
「お、そうか?」
「ちょっ!?シリュウさん!?」
「なんだ?飲みたかったのか?」
「いや、飲めないのは、事実(小声)ですけど!
貴族様の差配に口出しとか…!?」
「飲まない奴にやったらもったいないだろ?」
自分の取り分増やしたいだけじゃないですか…!?
「なら、茶でもいいか?」
「は、はい。すみません…。」
「熱いのと冷たいの、どちらが良い?」
貴族が、平民以下に選択肢を提示した…!?
えーと。冷蔵庫みたいのは有るけど、湯沸かしの装置っぽい物は無さげだし…。
「…冷たいの、でお願いします。」
「ナーヤ、頼む。」
「はい。」
ナーヤ様が、冷蔵の魔導具から今度はガラスのボトルを取り出した。中に紅茶らしき液体が入っているらしい。
それを、魔導具を置いてる台の下から取り出したコップに注ぎ、私の前へと運んでくれる。
「ありがとう存じます…。」ぺこり…
「…いえ。」
そのまま残ったジョッキを下げて戻っていった。
つーか、ナーヤ様とフーガノン様は着席せずに飲み物無しなんですね…。私なんかがご馳走になっていいのだろうか…。
着席を促されてなかったらシリュウさんの後ろに沈黙棒立ちする予定だったんだけどね…。
「んじゃ。」ジョッキ掲げ…
「おう。」ジョッキ掲げ
「!」慌ててコップ持ち上げ
「乾杯!」
「」ごくっごくっごくっごくっ!
「」ごくっごくっごくっごくっ!
「…。」こくこく…
このお茶、とても冷えてるのにほんのり甘みを感じられてすっきり飲みやすい。コップは金属なのかと思ったけど、全然冷たくなってないし形も自然物っぽいムラが有る。なんか大きな竹の筒に金属蒸着させた感じ?
不思議な質感だ。
「うっめぇ!!」ぷはぁ!!
「朝から飲むのも良いもんだなぁ!」がっはっはっはっ!
すかさず、ナーヤ様が2杯目を注ぎにやってきた…。
結構涼しくなってる時分にそんな量飲んでお腹大丈夫かな…。
つーかベフタス様、この後のお仕事とか大丈夫なんですかね…??
──────────
ビールをガブガブ飲みながら、他愛のない会話をするシリュウさんとベフタス様。
前に会ったのはいつだったかだの、シリュウは相変わらずだの、お前が貴族に戻るとはなだの、最近の冒険者はどうだの。
どこぞで町1つが機能停止してこの町の流通にも影響が出ただの、それは悪かったなだの、ここで依頼をこなしてくれりゃ助かるだの、気が向けばなだの…。
そんな他愛のない(重要なことなので2回言った)話で、ビールが木製容器3本分は消えた頃。
「よし。ナーヤ、あれを出してくれ。」
「はい…。」
ベフタス様の指示で、今度は小皿が2つとスプーンが2つ私達の前に準備された。
そして、緊張した面持ちのナーヤ様が台の下から取り出したのはオレンジ色の大きな果物?だった。表面に艶があり凄く綺麗な色味である。
「橙か。久しぶりだな。」
あれが、とんでもないない魔境に自生する、激レア果実「橙」!?!?
私が驚愕している間に、空中で見えない刃物で切られた様に真っ二つになった果実が、そのまま空間を滑って小皿の上に乗った。
瑞々しいオレンジ色の果肉が、きらきらと輝いている。
「好みでこいつをかけてくれ。」
机の上に、蓋が開いて棒が差し込まれた状態の木製容器が置かれた。中には琥珀の様な液体?がたっぷり入っている。この甘い香りは──
「随分魔力が多いな。」
「ああ。魔蜂の蜜だ。特殊な方法で採集されてるが、美味いぞ。」
「あ、あの!両方とも、私ごときが口にして良いものではないと思うのですが…!?」
「遠慮することはねぇ。
シリュウに飯を作っている奴なんだから、これくらいはもてなさいとな。良いから食え食え!」がっはっはっ!
どんな理屈!?
シリュウさんはそんな私を尻目に、高級蜂蜜を器用に棒に絡ませて、たっぷりと橙の断面に垂らしていた。遠慮配慮、一切無し!(泣)
勧められたこの状況で口にしないのは、それはそれで不味い。
せ、せめて、私は蜂蜜無しで食べよう…。
皮を手で押さえて、スプーンで慎重に果肉をくり貫き、掬いあげる。
「い、いただきます…。」ぱくり…
ジュワアアアアァ
どっしり染み込む甘さと突き抜ける爽やかな酸っぱさが、口の中で大洪水…!
美味しい…!!美味しすぎる…!!
漫画だったら、海の上を水平線まで走り抜けるか、服が弾け飛ぶかするレベルの過剰表現になるやつ…!
こんな上等な物、何かの対価に違いない。この後無茶な要求とかされるって!絶対不味いって!!と理性が頭の片隅で叫んでいるのが聞こえる。
しかしそのまま、半個丸々食べきってしまうダメな本能だった…。




