174話 訪問と礼節
「指令所」と表記していたところを「司令所」に変更しました。
「指令」は一般的用語で、「司令」は軍事用語らしいので。魔物に対する軍隊ですから、ちょっと区別が怪しいですが。
「儂らはここまでです。
シリュウ、気をつけてな。」
「ああ。」
山羊馬車が停まり、顧問さんの声に従ってシリュウさんが外に出る。
私はその後ろを緊張したまま付いていった。
「この町で活動するなら、先ず専任官に話を通す方が楽だろ。多分。」とのシリュウさんの言葉により、領主代行的なお偉いさんに会うことが決定してしまった。
今日の朝に伺うと、昨日のうちから先方に先触れが出されているのでもう覆すことはできない。
お偉いさんからの召喚状には日時の指定はなかったが、顧問さんが最低限の礼節をということで事前予告をしてくれたのだ。
普通、貴族相手なら急な予定でも2~3日前に告知しておくべき…なはずなんだけど。
気がすすまない中、仕方なくぼんやり前を向く。
目の前に広がるのは大きな建物だ。
朝日を受けて堂々した外観がよく見てとれる。
町の外壁と同じ素材で出来ているらしいこの建物は、マボア第3司令所と言うらしい。この町の行政を担う中心だそうだ。
この町は、魔猪の森から現れる魔物に対する防壁としての性質が強い。
広大な森と人の領域を分かつ境目として、森の南東部を囲う形になっている。
相当西に第1司令所、そこから東に第2、今私達が居る第3、そして北東に第4と、計4つの軍事拠点が外壁を繋ぐ様に設置されているんだとか。
第1、第4は完全な砦として存在し、商業取引の場や一般市民が居住している町の様相を見せるのはこの第3のみらしい。
第2には軍事施設以外に、魔物の巨大な処理場が有るそうだが。
凄まじくどうでもいい思考に逃避をしている私だったが、シリュウさんが足を止めた為、現実を直視するしかなくなった。
木製の格子戸の様な門が開き、その向こうに立っている明らかに門番ではない格好の人物が口を開く。
「ようこそ、おいでくださいました。
ベフタス様の所まで案内しましょう。」
この町に入る時にシリュウさんと握手していた、風変わりな貴族が私達を出迎えた。
──────────
「ドラゴンイーター殿は堅苦しい場を好まないと聞き及んでいます。ですので、屋内ではなく庭園の方で話を聞いていただければ、と。
よろしいでしょうか?」
「好きにしろ。」
「畏まりました。では、こちらへ。」
謎貴族様に続いて、シリュウさんも移動する。私もなるべく気配が殺してひっそりと静かに付いていく。
建物の方には向かわず、その脇を回り込む様に進むとちょっとした庭が見えてきた。
貴族の屋敷の庭と言われたら小さく感じるが、日本の大きめの公園くらいはあるだろうか?
周りは木や茂みがそこそこ存在し、建物や門から直接庭園内が見れなくなっている。仕事の合間に文官が息抜きでもしてそうな雰囲気だ。
そんな庭園の真ん中に、大きな机と椅子が置いてある。そこには大柄の人物が既に座っていた。
「よう!シリュウ!久しぶりだなぁ!まあ座れや!」
立派な服装にも関わらず、近所の呑んだくれ親父の様な言動の壮年男性が、ニカッと笑って手を振っている…。
「本当に貴族やってんだな…。」
そう言いながらシリュウさんが椅子に座った。
礼節、全スルー…。もうやだ、この人達…(泣)
言動から察するにこのデカい人が、専任官のベフタス様ですよね…?
確かに熊っぽいなぁ。殴られたら即死しそうな迫力は有るかもなぁ…。
いかん。現実逃避してる場合じゃない。
デカ貴族様の意識がこちらを向く前に、最低限の礼節は整えよう。
私は、平民以下がとるに相応しい一礼をする。
腕は体の側面に付け、親指を後ろに回しながら両手のひらを左右外側に向ける。
片膝を折り姿勢を低く、頭を下げ目を閉じ、相手に急所を曝す。
目上の方々からの応答があるまで決して口は開いてはダメ。
例え魔力のない私でも、「視線」「言葉」「手」など魔法発動に関わるものを相手に向ける訳にはいかない。
銃やナイフを持っていないことを示す為に玄関で帽子や上着を脱ぐのがマナーであるのと同じ理由だ。
「何やってんだ…?」
「お前の連れにしちゃあ、礼儀がなってるな!」
シリュウさんの戸惑いの声と、デカ貴族様の愉快そうな笑い声が聞こえる。
私は姿勢を変えずに沈黙を保つ。右膝に触れてる地面が柔らかい草の感触なので汚れないし痛くはない。
でも久々にやったせいか、ぷるぷるしそう…。
「お嬢さん。俺達はシリュウと対等な立場で話がしたいと思っている。貴女も普段通りの態度で接してくれないか?」
お貴族様が真剣な声色でまともな言葉をかけてくださった。
いや、でもそれ、この一礼の応答になってないんですが…。ちょ、どうしたらいいの。喋ったらその瞬間首が飛ぶはずだし…。
「おい、テイラ…?」
「なんか間違ったか?俺。」
「…、(さてはて。)」
「あ、あの、ベフタス様…、お付きの者が許可の返答をするのが習わしかと、存じます…。」
若い女性の声がお貴族様に助言をしてくれた。
「…、ああ、許可が先か。助かる、ナーヤ。」
「いえ…。僭越ながら、私がお付きの者の代行──」
「冒険者シリュウの連れ合いに命じる。この場では直答のみを許可する。畏まる必要はない、こちらに座りなさい。」
貴族に対して、平民が直接会話してはいけないというルールがある。おおらかな貴族の場合や緊急事態だと、平民相手に直答を許可することもある。
でもそれしか許されない貴族との会話とかあるの??
「はっ、…はい。」
恐る恐る、構えを解き、そろりそろりとシリュウさんの隣に座る。
ゴンッ
「痛い。」
「何余計なことをしてやがる…。」
シリュウさんから手刀を食らった。昨日もされたのに…。
お貴族様をちらっと見るとニカニカと笑っている。港に居る船乗りみたいな印象さえあるな。
これなら本当に、日常っぽく接しても大丈夫か…??
「いや、町を治める領主代行様…に近い方だと聞いてたんで、礼節くらいはちゃんとしようと…。」頭さすりさすり…
「あのな。こっちは只の冒険者なんだよ。そんな態度は必要ない。」
「シリュウは只の冒険者じゃねぇし。必要ないことはねぇぞ?」
「…。(うるせぇよ。)」
こうして。不安10割の貴族面談が始まったのだった。
次回は8日予定です。




