167話 蒸留と螺旋水流
個人でのお酒の醸造を禁じる法律が無い国での出来事です。決して密造しないでください。
「再度、念を入れて確認しますが。
本当にシリュウさんの手持ちのお酒を実験に使っていいんですね?失ぱ──」
「もちろんだ!」
「…。失敗する、可能性がかなり高いので、無駄に棄てるも同然であると承知した上で、ですね?」
「ああ!」
なんて気持ちの籠った「ああ!」なんだ…。
「伝説って?」って聞かれた時の返事並みに、意味不明な力強さが宿っている…。本当に理解してるんだろうか。
まあ、外にも出ないし、他にやる事無いから良いんだけども。
まずは、やるだけやってみるか。
この世界のお酒には興味なかったから特に知見が足りていない。
下手するとアルコールそのものの性質が異なる可能性も有る。だからこそ物理的な蒸留工程での酒作りが行われていないのかもだし。
大掛かりな装置になる可能性も有るし、アルコールと火気を扱う以上爆発の危険は伴うはず。
火の魔法を使えるシリュウさんが側に居るし、もしもの時には対応してもらうけれど、建物や他の人からは距離を置くべきだろう。
そんな訳で豹柄カビが安置してある所から離れた、お庭の1角で準備を行う。
ちなみに、庭に出た時点でダリアさんが声をかけてきたのだが。「シリュウさんのお酒を使って、より強いお酒を作る実験をします。」と言ったら真顔で直ぐ様離れていった。
せめて暴走しかけてるシリュウさんへのブレーキ役になってくれないだろうか。
まあ、良い。集中しよう。
蒸留の仕組みは簡単だ。
シリュウさんが持っている樽ビールを容器に移し、とろ火で温め酒精を飛ばす。
アルコールは沸点が水よりも低い。つまり、水が沸騰する100℃よりも低い温度で気化する。
その性質を利用して水とアルコールを分離させるのだ。
そして、気化したアルコール成分を冷やして液体に戻せば、度数の高いお酒が溜まることになる。
鉄フラスコと鉄の管を、鉄机の上で組み合わせて装置は完成。
フラスコ内部で発生したアルコール蒸気が、長い管を通って、もう1つのフラスコにたどり着くと言うシンプルな構造だ。
フラスコの下に入れる可動式のミニ薪かまども用意したから、残る問題は長い管をどう冷却するかだな。
理科の蒸留の実験なんかでは冷たい水道水を掛け流し続ける方法が主流だが、ここは異世界。蛇口を捻れば直ぐ様お水、等と便利なインフラは存在しない。
この町における水の確保手段は、井戸から汲むか、魔法で生成するのが一般的な模様。井戸水は飲める程度には綺麗らしいし、私が口にする可能性が無いお酒に間接的に使う分には問題無いが、ずっと掛け続けるのは骨が折れる。
延々と水を循環させる装置でも設計するべきかと悩んでいたのだが…。
「本当に手伝ってくれるのね…?アクア?」
ゆらゆら まるまる!
ぷるぷるスライム触手で大きな丸を作り、肯定の意を表している。
そう。意外な助っ人が参戦した。水の精霊アクアさんである。精霊の魔法で生成した冷たい水を指示通りに動かしてくれるそうで、冷却問題が完全に片付いた。
なんでも、アクアもお酒を飲んでみたいらしい。
シリュウさんによればアクアは今までも、夜中に私の下から度々離れて酒を要求していたんだと。
初耳なんですけど…。
しかも私の密閉鉄テントをどうやって通っているのか疑問を尋ねたら、アクアは私の鉄を変形操作できるから普通に穴を開けたり閉めたりしていた、と…。
初耳なんですけど…!?!?
そりゃ、私の鉄を吸収して自分の貝殻を生み出した謎生き物だから、可能だと言われたら納得だけどもさぁ…。私の血から生成した呪いの金属なんすけどね…??
もっと詳しく聞きたかったが、シリュウさんとアクアの「早く作業しろ」的な圧力に逆らう気も起きず、渋々実験を開始した。
フラスコをクツクツクツクツ…
ぐるぐる螺旋水流で管をヒヤヒヤヒヤヒヤ…
んー…。空中に出現した水の流れがとぐろを巻いた後、別の空中へと消えていく様はまさしくファンタジーだな…。
理科の実験と変わらない内容とは思えない…。
──────────
「んー、溜まったかな?」
ガラスではなく鉄なので中身が見えないのはマジ不便だよね。文句を言っても仕方ないので、一旦フラスコを取り外して直接確認する。
目や鼻がやられる可能性を考えて先ずはゆっくり振って…。
お。何かしらの液体は溜まっているっぽい。あまり多くは無さそうだが。
フラスコの口に手を翳して、うちわの様に扇ぐとツンとする匂いが鼻に届いた。どうやら成功したみたい。
「良し良し。とりあえずは上手くいったかな。」
「成功か!?」
「ちょ!待ってください!言った様に美味しくなってるとは限らないから──」
「問題ねぇ!先ずは飲む!」
ミニかまどを外して加熱を止めたシリュウさんが、半ば引ったくる様に蒸留した容器を手に取った。そのまま口を付けて傾ける。
こくん…
「…。」
「ど、どうですか…?」
「…。…。なかなか…。」続けてこくん…
満足気に蒸留酒もどきを飲み続けるシリュウさん。蒸留酒は何回も蒸留して度数を高めると聞いたこともあるから、1回程度でどれくらい強くなっているかは定かではない。確かめようとも思わないが。
「かなり荒々しい、刺激溢れる酒になった。
これはこれで…。」ちびちび…
良いのかな?その感想は…。
ビールの場合も、麦の甘さとか程よい苦味なんかが合わさって1つの飲み物になってるはず。そこから素人が適当にアルコール成分だけを濃縮したから不味くなってる可能性の方が高いと踏んでるんだが。
「テイラは、世界に存在しない新しい物を色々と作れるな。良いことだ…。」しみじみ… ちびちび…
そもそもシリュウさんが知らないだけで、こんな単純な仕組みだからこの世界でも誰かしらが既にやっていると思うんすけどね…?
とにかくその後は食事休憩なんかを挟みつつ、管の長さや傾きを変えたりしながら延々と蒸留酒作りに勤しんだのだった。
ちなみに。今日の実験でアルコールを飛ばした後の「残液」が結構な量出来たが、これはこれでシリュウさんの革袋に入れておいてもらう。旨味成分が濃縮されているから調味料として使えると元々想定していた。(むしろ私にしたらこちらこそがメインと言える。)
それを聞いてシリュウさんが、大好きなお酒ではもうないから革袋の特性で蒸発してしまうかも知れないと不安を口にしたけれど、「まあなんとかなりますって。」と諭しておいた。
きっと粉末みたいな物は残るだろうし、目的も達成はしたのだから只のオマケだし。
蒸留酒自体もそこそこ成功。
結果としては蒸留した後再度蒸留したお酒が、2人は気に入ったそうな。何やら他の雑味が消え鋭く尖った刺激だけが残り、新鮮らしい。美味しそうには聞こえない感想だな。
シリュウさんはそれをアクアの冷水で割った物が好みらしい。わざわざ水分と分離させたのに、水を混ぜるとか謎だけど本人が満足してるならそれでいいか。
「美味い水に、刺激の強い酒…。合わせると、これまた…。
淡い黄色の、蒸気にして留めた、酒…。「上流酒」とでも呼ぶか…?」ちびちび… ぶつぶつ…
何か言ってるけど、ほっとこう。
アクアはコップに触腕を突っ込み、ごきゅごきゅとどこからそんな音が出てるのか謎な勢いでストレートのまま飲んでいた。
つーか、水分の塊に高濃度アルコール混ぜて大丈夫かなぁ…。
まあいいか…。
ちなみに、「ビールを蒸留させたらウイスキーになる。」と言う話は正しくはないそうです。ウイスキーもビールと同じ麦芽を原料にしているそうですが、醸造して出来たもろみを濾したりせずに蒸留させて作るらしいです。
なので、作中の様にビールとして完成している物を蒸留しても美味しくなる可能性は低いのやも。その辺りお目こぼししていただければ。
次回は15日予定です。




