165話 夜食と会話
「…。」ぐぅぅぅ…
ヤバい。
ちょっと怖くなるくらいに空腹を感じる。
流石に外に出て食事にありつくべきか…。
アクアを冷○ピタ代わりに乗せていたら、いつの間にか夢の世界に旅立ってしまっていた。
結構がっつり寝てた感覚はある。
起きたら気持ち悪くなるレベルの飢餓感が襲ってきて、その満足感はどこかに消えたが。
食べ物…、と言えば、黒の革袋…。
ミハさんが言ってた…、昼の残り…、もあるか…?
問題は外の人達だ。
ミハさんは、のほほんとした感じだったが。他の皆は本当に心配しているんだろうか。ギルドマスターを殺そうとした私を疎ましく思うのが普通だと思う。
でも。シリュウさんは私を止めてくれたし、敵にはなってない。はず、だと思う…。
うん。やはりシリュウさんに作り置きのワンタンスープでももらおう。
とりあえず。そのまま逃げることもできるようにきちんと準備は整えてから…。いつの間にか貝殻に籠っているアクアももちろん一緒に…。
そっとテントに3連の穴を開けて、室内の様子を伺う。
「え?真っ暗…?」
部屋の中は完全に暗い。
この屋敷には、木の板を明け閉めするタイプの窓が備え付けられている。とは言え、昼間なら閉めたままでも多少の光は入るはず。ならば外に光が無い。つまりは真夜中…ってことだろう。
「どうすっかな…。」ぐうぅぅぅ…
──────────
鉄の靴の立てる音が、なんだかいつもより大きく聞こえる錯覚をしてしまう。
そ~っと移動しよう…。皆を起こしちゃ不味い。
廊下には灯りもなく、屋敷全体が静まりかえっている感じがした。照明は存在するけど、夜だから魔力源を切ってあるみたいだし点け方も分からない。
なので髪留めを光らせたまま、隙間の多い提灯みたいな形にした鉄で覆って程よい懐中電灯にしている。
シリュウさんは睡眠をとらないから起きているはず。えーと、シリュウさんの部屋の場所…。鉄トランプやった時に入ったよね…。ここからだとどっちだ?
…とりあえず一旦庭に出てみるか…?
──コツコツコツコツ…
足音がした。誰かが近づいてくる。
音の方向に髪留めを向けて、様子を伺う。
「何やってんだい…?」
「なんだ。ダリアさんか…。」
現れたのはダリアさんだった。服はちゃんとしているが、室内で棍棒を背負ったままの非常識な装いだけど。
「なんだ、ってなんだい…。」ちょいイラッ…
──────────
がつがつ!がつがつ!
はぐはぐ!!もぐもぐ!!
このアリガパイ美味しい~!!昨日──じゃないな。一昨日食べたやつとはまた作り方が違う感じがする。冷えた状態でも全然頂けるから、作り置き目的で用意してくれたのかもしれない。
大感謝。である。
そして、パイのお供に漬物を噛る。
見た目は明らかにミスマッチだが、これが存外合うので驚いた。
なんからっきょうみたいな野菜をお酢に漬けた様な酸っぱい副菜なんだが、これ単品でもばくばくいける程に美味い。甘いフルーツパイと合わせるとさらに箸がすすむ。
これこそ私が求めていた物、至高にして至宝の食べ物である可能性が否めないほどである。魔猪肉の煮込みやアリガパイよりも、これの作り方を聞くのが最優先だな…!
「こんな夜遅くによくそんだけ食えるね…?」
ダリアさんの呆れた声が聞こえて、現実に引き戻される。
ごくん
「食堂まで案内してくれた上に、食べ物の場所を教えてくれてありがとうございます。」頭下げ…
「それは構わないけどさぁ。
そのパイだって、娘の奴があんたの為に作ったもんだし。」
「マジか。それは申し訳な──いや、ありがとうございます。またミハさんに会ったらお礼を言います。」
「…、」
何故かダリアさんは、夜食を食べる私を、傍に座って見ている。棍棒を下ろして壁に立て掛けてるから、すぐに移動する気も無いらしい。
「…何か、ご用ですか…??」しゃくしゃく…
「…、用って程じゃないけど。」
ダリアさんにしては、何か煮え切らない感じの雰囲気。
「もしかして。私が逃げたりしないか監視する役割ですか…?」しゃくしゃく…
「…、何から逃げるんだい…??」
理解不能、って顔だな。どうやら全く別件らしい。
「なら、何かに話でも?
食事しながらで良かったら遠慮なくどうぞ…?」お水こくこく…
「…、」う~ん…
なんか尻込みしているダリアさん。そんなに聞きづらい質問なのかな?
「………、あんた。体は大丈夫なのかい?」
「??怪我なんかしてませんよ?
あれ?シリュウさん達から何も聞いてません?」
「あんたがマボアのギルマスと決闘して、ほとんど勝った様な状態までいった。とは聞いてる。」
んー…。私が勝った、って言われると激しく微妙。人間としては終わってると思うし…。
「確かに炎の中に飛び込んだりはしましたけど、鉄と風魔法で守りましたから傷は負ってませんよ。ずっと引き籠ってたからお腹が空いてただけですね。」
「その。部屋にずっと居たことだよ。」
それが何か…??
「アーティファクトを使うとそうなる、っていうんならちゃんと言っといてくれよ…。」
珍しく気弱な雰囲気のダリアさん。不服と言うか少し悲しそうな感じもする。
誤解しているみたいだし、食事の手を完全に止めて話をしよう。
「勘違いされてるみたいですけど。別にアーティファクトの反動とか〈呪怨〉の副作用とかで、身体に不調が出てた。とかではないですよ。」
「…あん?」
「今回は単に、精神的…、私の心の問題です。」
「…、意味分かんないよ。」
「単純に。気に病んでただけですって。シリュウさんに止められなかったら、ツルピ──ギルドマスター。を殺害していたって事実に。」
「どこに気に病む要素があんだい?ギルマスが挑発して、真剣な決闘をする様に持っていったんだろ?」
「発端が向こうに有っても関係ないです。私は、私の行動が嫌になった。
ただそれだけですから。」
やっぱり理解できない、って感じに顔をしかめて悩むダリアさん。何を気にしてるんだろう。もうちょい詰めて話すか。
「ダリアさんが聞きたかったこと…、いや。何を、そんなに心配してたんです?」
「あんたが戦闘を避けたがるのは、そんなに衰弱するからだ。って思ったんだ。だったら無理強いしようとして悪かったな…。と思ってたんだが。」
「無理強いを止めてほしいのは欲しいですけどね。
私が戦いを避けるのは、人を殺したくないからですよ。」
「戦いで死人が出るのは当然だし、そこらの人間に襲いかかった訳じゃねぇだろ?」
価値観が違いすぎるな…。種族も歳も環境も、世界すら違うのだから当然だけど。
真剣に考えてくれてるし、本音をそのままぶつけてみるか。
「私は。私が生きる為に、親友を呪いました。血を流させ、魔力回路をいくらか破壊して、非魔種にも使える様に魔法の力を奪ったんです。
もちろん。互いにそうすることを望んで実行した訳ですけど。
──それでも。だからこそ。
そんな有り難いものを、私の怨み事の為に使用する。その結果、相手を呪い殺す。
みたいな事態になるのは、心底…、嫌なんですよ。」
「…、」
「今回はそのものズバリな事態なりかけて、シリュウさんが止めてくれて良かった。って安堵すると同時に、ギルドマスター他この町の冒険者に目をつけられた形になってどう対処するべきか悩んで。
悩んで悩み疲れた…。そんな感じですよ。」
私を見つめる緑色と橙色の瞳に、真剣な光が宿る。
「…、悩んじまう、って言うなら止めようも無いんだろう。
でもね。悩むんなら、誰かと話をしてからにするんだね。
──独りで居たって、何にも変わんないよ。」
「………。そう…ですね。全くもってその通りだと、思います…。」
単身突撃してきたダリアさんに言われるのは、微妙に不服な気もするが…。内容は至極真っ当だな。
ちゃんと、この後どうするかシリュウさんに相談しにいくとしよう。
次回は9日予定です。




