163話 手合わせとその結末
マボアの町、冒険者ギルドの建物。地下──
そこには大きな広場が存在した。冒険者が町の中で安全に全力で戦える訓練場、と言うことらしい。
なんでも魔法で内部を保護してあるとかで頑丈な造りになってるんだと。壁や床は硬い石で形成されており、石天井に灯りの魔導具も有るらしく十分に明るい。そんな部屋がいくつか有るそうで。
そんな話を適当に聞きながら体を解す準備体操を行う私。
本気出すから、少しでも反動が小さくする様に念入りに。
「──訳で、大抵の攻撃に耐える構造だ。思う存分やってくれや。」
ツルピカスキンヘッド野郎は大きな剣を背中に装備し、余裕の表情で口を動かしている。
今ここに居るのは8人。ツルピカと猫耳女を含む冒険者3人、シリュウさん、顧問さん、秘書さん、私だ。
この場所は取って置きの場所らしく、他の冒険者達は居ない。
びくびくと怯えているあの女は何故逃げないのだろう。まだ不意討ちしてくる可能性を考慮しておくべきか。
「…。テイラ。本当に大丈夫か?」
「大丈夫です。大丈夫です。
ツルピカなら、どうなってもいいやって思えるんで。」グッ!グッ!
シリュウさん達は不安そうだが、無理矢理に止める気はないらしい。蔑ろにされたのは皆同じ。冒険者の世界、嘗められたらそこで終わりだ。あのツルピカに思うところはあるはず。
呪いを食らって再起不能になろうが知ったこっちゃない。〈呪怨〉持ちと知った上で構わないと言い放ったのは向こうだ。全力でやってやる。
ポーションを用意してあるとか言ってるが、それで治る傷だけで済めばいいですね。
「準備できたか?いつでも好きな時に仕掛けてくれて構わないぜ?」
はいはい。なら遠慮なく。
足を前後に大きく開き、腕を弓を引くみたいに構える。左手を前に、右腕を後ろに。
力を溜めて──身体強化・感覚強化、全力起動。
石の地面を蹴り、弾かれた様にツルピカに向かって飛び出す。
そして引いた右手の中に、鉄の槍を出現させた。
走りながら、背中や肩、腕を強化して槍に勢いを乗せる。
ツルピカは余裕綽々でこちらを見たまま。背中の剣すら抜いていない。素手でカウンターでもする気か?
だが残念。私の鉄は、ただの金属じゃない。
ツルピカの手前で右腕を押し出し、槍を顔面へと突き込む。
見えている、とでも言いた気にツルピカは槍を横から掴む様に手を伸ばす。
鉄の形態変形。槍を細く長く延長。さらに新たな穂先を4つ、花開く様に分裂させる。間合いをズラせば対応できまい。
槍の先に炎が出現した様に見えた。
構わず突っ込む。
何の抵抗もなく槍は空を切った。
ガガガガガガァァァ!!
加速した体を、凹凸の有る靴の底で強引に踏ん張って止める。
直撃の瞬間、炎に隠れて影が移動した様に見えた。その方向に目をやれば、裂けた左耳から血を流すツルピカが離れた所で立っていた。険しい顔でこっちを見ている。
なんだ。ちょっとかすっただけか。
槍を振って、付着したであろう小汚ない血液を落とす。
危機感知が発動しなかったから炎にも対処不要でカウンターも無いと分かっていたし、そのまま思考停止で突っ込めたけど、ここからは難しいだろうな。
ツルピカは左手で耳を押さえつつ、背中の剣を抜いて構えた。
赤いラインが刻まれている、金属の大剣だ。斬ると言うより鈍器として活用しそう。あのラインは、魔力路になり得るか。魔法の発動媒体かも知れない。
「血が止まるまで待ちましょうか?」
「…、構わねぇ。もう止まった。」
ふーん。自己回復力は数秒で止血程度か。
それとも油断を誘う為の演技か?まあ、いくら回復しても足りなくなるほどのダメージを与えれば問題ないが。
槍の形状を元に戻し、今度は持った状態で先ほどと同じ突撃の構えをとる。
「炎蛇!!」
ツルピカが叫ぶと共に、その周囲を太い炎が渦巻きはじめた。
防御の技かな。魔法だから貫通でき──
キィーン…
私の眼前の空間に、軽度の危機警告。
何も視認できない。魔法攻撃か。
構えを解いて移動。
私が居た辺りに小さな爆炎が現れた。さっき槍の穂先に出たのと同じくらいの大きさかな。
キィーン… キィーン…
私の向かう先に再びの警告。
ジグザグに走って避ける。
ツルピカから飛んでくる火の球と、空間に突然現れる爆炎が私に迫る。
それを髪留めの力で察知し躱す。避けるのが面倒なのは、槍で突いて散らす。
あんな見た目で魔法剣士かよ。
漫画のイケメン剣士に土下座して詫びろ。
無駄な不満を滾らせてツルピカの居る炎の渦へと突っ込んでいく。
キィン!
周囲の空間全てに中度の警告が出た。
「炎原!!!」
巨大な炎が大波の様に押し寄せる。これは回避不能。
「鉄棺。」
私の周りに、冷たい鉄の檻を形成した。
──────────
テイラの動きが想像以上に良い。
角兎を相手取れるから中級ランク相当かと思っていたが、この動きなら上級にも食い込めるかも知れない。
氏族エルフの魔力をその身に纏っている様なものだ。当然と言えば当然か。
それにあの魔力を散らす鉄があれば、魔法全般に有利だな。
イーサンや周りの奴らも真剣に観察している。
「テイラ殿は無事ですか…!?マスターを止めるべきでは!」
堅物野郎が炎の中に消えたテイラを心配する。
「問題ない。テイラは完全に防御している。」
ギルマスは炎の放出を一切緩めていない。辺りは言葉通り、炎の原野だ。
耐性の無い一般人なら為す術無く焼け死んでいるだろう。だがテイラの鉄なら防げるし、きちんと対応していた。最悪でも水精霊が起きて一発消火するだろう。心配する必要はない。
問題はテイラの精神だ。あれだけ面倒がって戦闘を避ける奴が、敵意全開で突撃している。これは〈呪怨〉が発動する事態になるかも知れん。
あのガキの命はどうでもいいが、テイラの心情を考え──
「!?」
鉄の壁が開いて、テイラが炎のただ中に飛び出してきた!?
テイラの周りに強力な風魔法が渦巻いている様に見える。風の防御膜で強引に火炎の中を突っ切る算段らしい。
まっった!あいつは!無茶しやがる!
ギルマスは全力の火炎放射に集中してテイラを感知できているか怪しい。
テイラの槍が当たる確率は大きいだろう。もしその穂先に血が付いていたら──
介入、決定。
炎の中を一足飛びに、炎の渦を突き抜けギルマスを蹴り飛ばす。
そして、突っ込んできたテイラを受け止める。
風の膜を抜け槍の先端を避けて握り、テイラの肩に手を当て速度減衰の魔法をかける。炎属性の「加速操作」に闇属性の「減衰」を合わせてあるから、反動も無く止まるはずだ。
テイラがこちらを見る。炎の中に囲まれてなお底冷えしそうな冷たい目をしていた。
「…シリュウ、さん…?」
だがその体が止まる頃には普段の間抜け面になり、目の険が消える。
「…ああ。
テイラの勝ちだ。そこまでにしとけ。」
全く…。あれだけ表に出した悪感情を、普通に抑えこめるとは…。
とんでもない奴だよ。本当に…。
ふっ飛ばされたギルマスは地面を勢い良く転がりそのまま壁に激突、大怪我を負いましたが冒険者達の応急措置で回復しており生きてます。
次回は5月3日予定です。




