161話 身だしなみとツルピカ
「すまん。シリュウ、テイラ殿。儂とギルドに行ってくだされ。」
魔猪カツを堪能した翌日、起きるなり顧問さんに呼び出されギルドへ向かうことを打診された。
「俺は良いが…。どうした?突然。」
「ギルドマスターが痺れをきらしてな…。激しく催促されて断りきれなんだ。」
「何を催促されているんです?」
「シリュウにともかく会いたいそうですじゃ。そして、シリュウに気に入られた同行者も確認したい。と言っておりましてな。」
「私です、か。」
「こちらとしても貴女の話の裏付けや今後の扱いについて内容を詰めてから、と思っていたのですが。マスターが頑として譲らず…。」
「儂の力不足です。申し訳ない。」
顧問さんが深く頭を下げる。秘書さんも項垂れている。
「いえ、迷惑をかけているのはこちらですし。良くしてもらってるのにむしろすみません。」
「なんだってギルマスはそんなことを急かすんだ。」
「秋になって、魔猪の森の深部調査をギルドでも綿密に行いたい…、と言う目的は有る様なのです。」
「うむ…。それに儂個人のせいでもある。最近この町に来た有力貴族がエルフ嫌いでの。顧問の儂を通さずにギルマスに度々面会してる様で、相当参っている様なんじゃ…。」
「イーサンに非は無いだろ、それ。」
「そうです、顧問。本来ならギルドマスターが請け負う業務なのですし。貴族御1人程度で根をあげるなど情けない限りです。」
「じゃがのぉ…。相手はあのイグアレファイト家の娘子だそう──」
ふむ。貴族対応を一任した専用窓口を無視する貴族が居るのか。それは確かに大変。でも、シリュウさんは関係ない様な??
ともかく、面会して話をするのは良いだろうと言うことになり準備を整えることになった私達。
ギルドマスターについて大まかに説明を聞いてから、部屋に向かう。
自分の部屋に入り、顧問さんにお願いして急遽用意してもらった服を確認する。これは、屋敷に置いてあった客人用の服らしい。男女兼用っぽいしサイズもアバウトだが、ちゃんとした生地で出来ている。デザインもシンプルで悪くない。
うん。ちょっと…胸はキツいけどまだ動ける方だし、見た目はしっかりしたと思う。旅で着てた服よりはまだマシだろう。
今から会うのはギルドのお偉いさんだ。こっちは浮浪者だった訳だし今は冒険者でもない。全く無関係の赤の他人なんだから、下に見られない様に服装くらいはちゃんとしておこう。
姿見の鏡で全身を確認していく。
髪留め、良し。腕輪、両方良し。靴と半輪、良し。
あとは耳や首に鉄アクセサリーを付けて、と。
鉄テントは回収してあるし、古い服とか魔法銀の箱しか入ってないリュックとか必要ない物はとりあえず置いておく。
オーケー。
鏡を収納して…行きますか。
庭に出て、シリュウさん達と山羊馬車に乗り込み出発である。
…。
いやぁ、それにしても昨日の晩に食べたアリガパイは美味しかったよなぁ。
加熱すると甘くなる性質とは言え、元が酸っぱい木の実を、砂糖も使わずにあれほど甘く仕上げるなんて相当な腕前だ。シリュウさんみたいな熱感知の魔眼でも持ってらっしゃるのか、純粋な経験の積み重ねか…。
一緒に食卓に並んでた、一口肉と卵のそぼろみたいなのも美味だった。あれは鶏肉だったのかな?魔鳥の肉って可能性もあるが、魔猪肉よりは安く手に入るだろうか?あれも作り方とか材料費とか色々聞きたい。
お手伝いさんとの交流は必須だな。
馬車の中で、なるべく普通の思考を頭の中に展開しておいて平常心を保とうとする私だった。
「メインはシリュウさん…。私は黙って大人しく…。」ぶつぶつ…
「…。(何事かはあるだろうな…。
まあ、屋敷のミハとトニアルの側にはダリアが居る。一声かけておいたし、どうとでもなるか…。)」
──────────
冒険者ギルドマボア支部へやって来た私達。
正面ではなく裏口に山羊馬車を停め、中へと通される。
外観も大きいし、中も多くの人が居る様だ。
ガヤガヤと活気のある声が正面から届くし、軽く会釈をする職員さんらしき人と何人も擦れ違う。
「はっ!本当に「竜喰い」じゃねぇか!会えて光栄だ!」
「…。」
ギルドマスターの部屋に入るなり大きな声で出迎えたのは、スキンヘッドのおっさんだった。いかにも力の世界で生きてきましたって感じの大男が、椅子から立ち上がりこちらに近づく。
軽く聞いた通りの見た目だ。本当にこれがギルドマスターか…。
元々上級ランクの冒険者らしいけど、もっと事務系統の人を任命すべきじゃなかろうか?
「黙りかよ。変わらず食い物にしか関心ねぇってか?」
「…。」
シリュウさんは警戒してるのか立ったまま沈黙している。なんか向こうは知り合いっぽいノリだけども…。
「まあ、いい。話を聞いてくれるんだろ?座ってくれや。」
顧問さん、シリュウさん、私の並びで客用の大きなソファに座り、秘書さんは後ろに立った。
テーブルを挟んで対面にギルマスが座り、その脇には2人の男が立っている。多分冒険者。剣を装備してるし。
「で?」
シリュウさんがぶっきらぼうに言い放つ。
「まずは顔を合わせておこうと思ってな。この町にあんたほどの冒険者が来たってのに、この爺さん、ギルマスの前に連れて来ないもんで。」
「すまんのぉ。立て込んでおってな。」
「こっちだって忙しいんだ。面倒かけてくれるなっての。」はぁ
あからさまに嫌な顔をして溜め息をつくツルピカヘッド。
感じ悪い。
「あんたには期待してるぜ?竜喰い。
手始めに魔猪の森に潜ってほしい。手続きは全部こっちで受け持つ。この2人のパーティーを付けるつもりだから、合同でクエストを──」
「知らん。勝手に決めるな。」
シリュウさんの声色に棘がある。機嫌を損ねてるっぽい。
「魔猪を狩りにきたんだろ?だったらクエストを受けてくれや。」
「断る。雑魚のお守りをする義理はない。」
雑魚呼ばわりされた2人が表情を変えるが、特に何もしてはこない。
「これでも現役上級パーティーの主力なんだがな…。あんたにとっちゃそんなもんか。」
ツルピカがやれやれと諦めの雰囲気になった。
「悪いが。合同でのクエストを断るなら、森へ入る許可は出せん。」
「…。」
「マスター。」
秘書さんが何事かを伝えようとするが、ツルピカがそれを手で制する。
「…。そうか。」
「ああ。すまねぇが分かってくれ。同行パーティーはあんたに対する重しの役割もあるんだ。馬鹿なお貴族様があんたのことをしつこく嗅ぎ回って──」
「なら、森に入るのは無しだ。
イーサンの屋敷で暇を潰すとしよう。」
次回は27日予定です。




