159話 油と髪質
シリュウさんが久々のドラゴンカツを食べたことで満足している間に、実験検証で使う物を作ろう。
薄~く1口サイズに切ったドラゴン肉を、普通、ちょっと焦がす、だいぶ焦がす、みたいないくつかのパターンで揚げていく。
謎カビの性質は意味不明だがこの世界に存在している以上、物の理から完全に逸脱するのは無理だろう。外的要因により様々な影響を受けるに違いない。
例えば、
加熱によりカビが活性化する。
熱で変質した肉が、栄養分になる。
油を吸って増殖する。
等々。考えられる事は色々ある。
あとは、入れ物だな。完全野外、木の箱、石の箱、私の鉄、ってところが候補か。
普通のカビ菌みたいに空気中に胞子が存在しているなら入れ物の差は出ないはずだが…?
問題は…私の鉄が関係していると判明した場合だ。
国とかに説明できる訳もなし、見ず知らずの人に提供するなど持っての外だ。
私としては、普通の箱に入れた物にも黒と黄色のカビが生えてほしい。むしろ生えろ。私の鉄は不必要だと言え、このカビ。
そんな呪いを籠めて、カツを揚げていく。
シリュウさんに逐一確認をしてもらって、謎カビ発生サンプル達が完成した。
前回と同じく比較対象にする為に革袋にもいくつか収納してもらって、残りを庭の片隅に放置すれば、準備はオーケーである。
──────────
さて。ついでと言ってはなんだが。
私的にはカビなんぞよりも有意義な調査を、追加で行おう。顧問さんに許可を貰って調理に移る。
ジュワジュワジュワ!
ほい。カツ完成。
そして、流れる様にシリュウさんの口に入る。
もぐもぐ! もぐもぐ!
ごくん
「これも美味いな…!」きらきら…!
「ふっ…。生パン粉の魔猪カツ、大・成・功…!」
そう!顧問さんのお宅に置いてある食材を使った、理想的なカツ作りである!
塩胡椒で下味を付けた魔猪の肉に、繋ぎの卵と生パン粉を付けて揚げたのだ。
ドラゴンカツの時はシリュウさんの手持ちの材料だけだったが、今は違う。胡椒という基本的調味料も使えるし、生の肉が卸売りされている町の中だし、柔らかいパンだって頂ける。
昨日の食卓にも並んでいた、割りとふわふわしていた食パンみたいなパン。食べてみたら独特な酸味がしてたけど、嫌な味は全然無かった。
それを譲ってもらい削って生パン粉として利用させてもらった。ガチガチに乾燥したパン粉と異なり、揚げた時にサクふわになるのだ。
この酸味が肉や油の旨味と喧嘩するかと不安だったが、上手くいったみたいで良かった。
そろそろほどよく冷めたろうし、私も味見するか。
専用の鉄容器に入れてある塩を、パラパラと…
頂きます。
もぐもぐ… もぐもぐ… ごくん
「うん。良い感じ!」
魔猪の肉は昨日も少し頂いたが、普通に美味しい。やはり豚肉に近い味だけど、脂身が少なく旨味がより強い。
塩胡椒も当然マッチしてるし、衣も美味い。むしろパンのほのかな酸味が良いアクセントになってる気がする。
「皆さんも魔猪肉のカツ、食べますか?お昼ご飯まだですよね?」
「「「…、」」」
それともここはお昼は食べない感じかな?
私は遅くまで寝てて何も食べてないし、少しお腹に入れておくつもりだけど。
顧問さんと秘書さんは何やら気がそぞろな様子。カビの実験が気になってそれどころじゃないかな?
ダリアさんはいつも通りの呆れ顔。まあ、あんまり食べない人だし当然スルーか。
「頂くわ…。」
ミハさんが深刻な顔で申しでた。
いや、そんな深刻にならなくても。ドラゴン肉もドラゴン卵も使ってないやつですので安心ですよ?
切り分けた魔猪カツを鉄に乗せて手渡す。
あ。シリュウさんは立ったまま食べてるけど、テーブルとイスが必要だな。辺りには無さそうだし。鉄出して形成、っと。
「どうぞ。座って食べてください。」
「…、ありがとう…。」
おずおずと着席すると、両手を胸の前で組む。
「森の恵みに感謝を。」
食前の挨拶をした後、ミハさんが解いた右手に緑色に光る薄い膜の様な物を纏った。
これもマジックハンドだ。空中に魔法の手を出現させるよりも簡単にできるし操作も楽らしい。魔力の手袋みたいなものだ。
そしてその右手でカツを1切れ摘まみ、顔の前まで持っていって1口噛る。
サクッ! もぐもぐ… もぐもぐ…
さて。貰ったお肉もまだあるし、今の間にもうちょい揚げるとするか。
ジュワジュワジュワ…
「美味しかったわ。テイラちゃん。」
ミハさんが右手のマジックハンドを解除しながら、私に声をかけてきた。
「それは良かったです。まだ食べます?まあ、先にシリュウさんの分を作る──」
「テイラちゃん。」
あら?ものすごく深刻そうな顔…。食べる前よりも酷くなってる。美味しいって言ったけど何か不味い物でも入ってたかな??
「…なん、でしょう…??」
「ちゃんと言っておかなくちゃ、って思ってね…。
こんな…!こんな、贅沢な材料で調理することに慣れちゃダメだからね!?」
どんなダメ出しですか??
「ドラゴン肉は論外だけど!魔猪肉だって高いの…!高いのよ…!!
シリュウが異常なんだからね!貴女がそれに流されちゃダメよ!」
「…、(生産地じゃから、それなりに安いぞ…。)」されど無言の父…
「酷い言い種だな。」もぐもぐ
「こんな高級な物をひょいひょい食べるからでしょう!ミーシェルの油だってふざけた量を使ってるのに平気な顔してるし!!
キーバードの岩塩だって結構するんだからね!?」
な、なるほど…。ドラゴンで感覚麻痺しているだけか、私…。
「ご、ごめんなさい。私、いくらするとか知らなくて…。」
「うーうん、貴女は悪くないわ。シリュウが悪いの。テイラちゃんにこんなおかしな料理を作らせるなんて…。」
「いえ…。私がこの料理を考えた…と言うか?アレンジした…と言うか?
とにかく、主犯は私です…。」
「…、そうなの…?」
「はい…。大量の油で加熱したいからと伝えて、シリュウさんが出してくれたのが…、そのミーシェル?って言う物だっただけで…。」
「ならそれを出したシリュウの責任よ。
いい?テイラちゃん?
ミーシェルはね。貴重な魔物植物なの。その油は食用にもなるそうだけど、普通は貴族とかお金持ちの商人が髪を綺麗に整える為に使う物。高級整髪料なの…!
それを…。それを!こんないっぱい…!」
「あー…、そうなんですね…?」
「そうなの。
だから、どうせだったらテイラちゃんも、その綺麗な髪を整える為に使わせてもらうべきよ。」
「…。(そんなことしたら油が減るだろう。)」しかし無言…
「いえ、それは全然必要ないんで…。それならまだ料理に使いたいかな~?って思ったりしちゃいますかね…。」
「そうなの…?
長旅とかで髪、痛まない??」
「いやぁ…、むしろ…。水のエルフと間違われることが無いように、わざと髪を傷める方向で放置してる節が…有ったり無かったり…?」ははは…
「…、」愕然…
ちょっと変な空気にしてしまったが、そのまま遅いお昼を頂く私だった。
魔猪カツ、最高~…。
お手伝いさん(何故イーサンさんは、客人の方に料理をさせているのかしら???)
次回は21日予定です。




