157話 豹柄カビと虎の呪い
「う…ん……?」
仄かな緑色の灯りが満ちる、暗い空間で目を覚ます。
…いつもの鉄テントの中だ。
ふかふかのベッドの上だから、違和感が半端無いけど。
「ふあ~…はぁふぅ…。」しょぼしょぼ…
昨日の晩ごはん、シリュウさんと顧問さんが盛り上がってたなぁ。
あのお酒、なにやら大変貴重な物らしいのは良いけれど匂いがとんでもなくキツかった。
顧問さんが魔導具で酒気を結界遮断してくれてたらしいのだが、料理の話をしようとシリュウさんに近づいてしまい気化したお酒を嗅いでしまった。もう匂いだけで酔ったんじゃないかと思うレベルに強いやつで…。
ご飯はそこそこ食べれてたからそのまま退席して、案内してもらった部屋で寝ることにしたのだった。
…まあ、魔法手を使って料理を取り分ける顧問さんや配膳する秘書さんを見て、逃げだしたかった気持ちも有ったかもな。トラウマってことも無いけど、エルド島を思い出しちゃうんだよね…。
そのうち慣れると思うけど。
広々ベッドの周りを囲う様に展開しておいた鉄テントを眺めつつ、頭と体を少しずつ動かしていく。
「…行くか…。」ごそごそ…
借りた寝間着を脱いで、外行きの格好に着替える。
と言ってもいつもの服だけど。
しかし、この寝間着、すんごい肌触りが良い。多分感じからすると綿っぽいけど吸湿性・速乾性がなんか半端無い。この生地で普段着も作りたいな。
食客って、欲しい物とかどうしたらいいんだろう…。
言ったら用意してくれる気もするが、タダで貰うのは心苦しい。
かと言って対価を払えるかと言うと…、私の鉄を差し出すくらいしか無い。だけど〈呪怨〉の塊だしなぁ。
シリュウさん相手ならともかく…、他人様に手渡すのは色々となぁ…。
ごちゃごちゃの思考で、部屋を出る用意はなかなか整わないのだった。
──────────
屋敷の中を歩いて人を探していると、食堂でお手伝いさんと出会った。シリュウさんと顧問さんが同じ場所に居るらしく、そこまで案内してもらい扉の前に立つ。
コン、コン、コン、コン…
…。
「あれ?」
ノックしたのに返答がない?
直接案内してくれた場所だから、間違いは無いはず。
移動したか、寝てるか、
…お手伝いさんに騙された?
いやいや。んな訳ない。
それよりは防音魔法でも使って密談中かな?
時間を改めて──
「開いてる。」
扉の向こうからシリュウさんの声がした。
恐る恐る扉を開けて覗く。
中には、秘書さんも含めた3人が居た。とりあえず部屋に入る。
「おはようございます…?」
「ああ。気分は大丈夫か?」
「はい。ちゃんと寝れました。動けます。」
私の体調は良いんですけど…。
「「………、」」ず~~ん…
「顧問さんと秘書さんは、何かあったんですか…?」
「今、旅で手に入れた素材を一通り鑑定してもらっているところだ。生活資金に充てるつもりでな。」
書斎みたいなこの部屋の真ん中に有る大きめの机に、いくつかの物体が乗っている。角兎の角に毛皮、酸蛇の革、蒼翼鷲の羽根を入れてた箱、等々。
シリュウさんが黒の革袋から出したそれらを見せていたらしい。
「それにしては凄く沈痛な雰囲気が漂ってますけど…?」
ノックの返事どころか、部屋に入った私にすら反応しない2人。顧問さんは座ったまま頭を抱えて黙っているし、秘書さんは心ここに在らずといった感じ。
角兎の素材量は確かに異常だろうけど、シリュウさん相手なら普通だと思うが…?
「あれが、少し非常識すぎてな。」
シリュウさんの視線の先を見れば、顧問さんの目の前に小さな金属の箱が置いてあった。
カードゲームのデッキホルダー的な…。見覚えあるな…?
「…豹柄カビですよね…?カツに生えた?」
「…。カビでは有るな。「ひょうがら」が何かは知らんが。」
あ、豹が通じないのか。
この世界、虎は存在してるけど豹は居ないのかな?
「ともかく、ドラゴンカツを乾燥の実験で放置した結果生えた「障気の種」だ。」
箱の中に有るであろう黄色と黒色のモサモサを見ながら、シリュウさんが真剣そうに語る。
「本当はウカイの奴に渡すつもりだったんだがな。
どうせならと素材を出すついでに見せて解説したら、こうなった。衝撃が強過ぎたらしい。」
「…やっぱり貴重なドラゴン肉をダメにしたのが不味かったですか…。」
「…。いや、違う…。(多少は影響してるが…。)
あれはかなり…特殊でな。」
「…特殊…?」
普通の黒カビっぽい感じだったけどな…?
「──竜腐症…。そう呼ばれておる、奇病に関わる黴でしてな…。」
沈んだ雰囲気のまま、顧問さんがようやく声を発した。
改めておはようございます。もうお昼近いし、会話の邪魔だから心の中だけにしておくが。
「これは…、儂らエルフや人間には関わりのない病なのですが…、特にこの国においてはとても…、とても、重い案件でして…。」
「…もしかして。竜は、ドラゴンの竜、ですか…?」
「はい…。ドラゴンが罹る病でしてな…。」
顧問さんが重苦しく語るところによれば。
ドラゴンの体を腐らせ死に至らしめる恐ろしい病が有り、その病気になったドラゴンの肉体から黄色と黒色の斑模様なカビが生えるそうだ。その姿は今目の前に置いてある物と完全に合致するみたい。
もちろんの話として。ドラゴンは高い魔力を持った強大な魔物である。桁違いの肉体強度を誇る彼ら彼女らがそこらの病に罹るはずはない。
だがどういう訳か、この「竜腐症」に罹患する個体が時たま現れるらしい。
そしてこの国にはドラゴンライダーと言う、ドラゴンと一生を共にする貴族達が居る。
竜騎士達が利用するのはその分身体ではあるが、本体であるドラゴンがこの病に罹れば召還にも影響するし死んでしまったら契約も何も無い。
この国においてこの病の仕組みを解き明かすことは至上命題なのだが、研究活動は遅々として進んでいないらしい。
まあ、大山脈に住むドラゴン達の中で稀に発症する訳だから、サンプル数が足りないんだろう。
「なるほど。そんな重要な試料が今目の前にあると。」
「ええ…。
そもそもとして。このカビは、どの様にドラゴンに感染するのかはもちろん、増殖する仕組みすら判明していないと聞き及んでおります。
それを…、偶然とは言え。テイラ殿は発現せしめた訳です…。」
つまり現代日本で例えるなら、癌細胞の人工培養に偶然成功しちゃった様なもの…??
「…い、いやぁ…!流石シリュウさん…!ここはシリュウさんを褒めるべきですよ。なんて言ったってドラゴン肉を食用に持ってたんですから…!」
「…。」
「シリュウのマジックバッグの中ではいかなる障気も存在できません。単に所持しているだけでは決してこのカビは生えなかったでしょうな…。」
「この病は…、ドラゴンと生息圏を争っている虎の魔物の毛並みに良く似た色合いをしています。
その為…、一説には虎による〈呪怨〉なのではないかと…、言われておりまして…。」
顧問さんの話の間に少し復活した秘書さんが恐ろしい推論を投げかける。
それってつまり…??
「これは〈呪怨〉の力が関係するカビで…、私の呪いの影響で発生した…可能性が有る??」
「…、はい………。」
「…マジっすか………。」
次回は15日予定です。




