153話 握手と専任官
「こちらに「ドラゴンイーター」殿が来られたそうで、挨拶を、と。」
馬車の中の空気が、固く張りつめる。
ドラゴンイーターは、シリュウさんのことだったはず。つまり貴族が直々に、冒険者と顔を合わせようとやって来た。と、言うこと…。
「これはどういうことですかな…?」
顧問さんが、貴族の後ろに侍る兵士らしき人に質問を投げかける。
「あー…、そのですね…。」
「我々も、突然のことで──」
戸惑いを含んだ雰囲気の、兵士2人。どうやら彼らも巻き込まれた口らしい。
そんな周りを意に介さず、若い貴族は室内へと歩みを進めた。こっちに向かってくる。
身を屈め両手を自身の胸の前に重ねた、恭しい態度の秘書さんが、慎重に距離を保ちながら貴族の横に来た。
「…恐れながらフーガノン様。この方々はイーサン顧問の──」
「ああ、他意は有りません。本当に。挨拶に来ただけです。」
秘書さんも一蹴された。
私の右隣に座るシリュウさんの前に、貴族が立つ。
「はじめまして。ドラゴンイーター殿。お噂は予々聞き及んでます。」
「…。」
シリュウさんを横目に見れば、ちょっと険しい程度の真顔。警戒はしているけど、嫌悪感は今のところ無いっぽい…?
つーか、普通に貴族の顔を見上げている…。目を合わせない方が良いはずだけど…、シリュウさんだしね…。
周りの皆は動けず、その様子を黙って見守っている。兵士も緊張してるみたい。
いや、ダリアさんが両手をきっちり握り拳にしてる…。いざとなったら殴りかかる気──?
「…。それで?」
「できれば、握手を。」
貴族の男が、右手を出した。
手の甲の肌感はとても綺麗で、それでいながらゴツゴツとした不思議な手だ。文官なのか武官なのか判別できない。
「良いのか?」
「ええ。」
貴族相手でも態度を変えないシリュウさんと、見た目子どもの冒険者に握手を求める貴族の男…。
何? この状況…。
シリュウさんが立ち上がり、男の右手を取った。
握手を、交わす。
シリュウさんを見ていたから、男の顔がちらりと視界に入った。
整った顔で朗らかに笑っている。
髪が全体的に白っぽい青緑色──水色とはなんか違う──で肩くらいまで伸ばしている。かなり若くて中性的な貴族だ。
単なる直感でしかないが、この人は相当な魔力の持ち主ではなかろうか。
そう言えばさっき、「専任官付き」って聞こえた気がする。
「領主」が県を治める「県知事」みたいなものだとすると、その領主から各町それぞれの運営を任されている「町長」が「専任官」…って認識で良いだろうか。
その専任官に侍る役職の人が、シリュウさんの前に立つ男…。
この人に拒絶されたら町には入れないだろうね…。
私がそんな余計な思考をしている間も、
握手し続ける2人。
随分と長い。
何してるんだろう…??
別に握力をかけてる様にも見えないが…。って、互いに相手の拳を握り潰そうとする、試合前のいざこざじゃあるまいし。
「手」は魔法を使う上で重要な部位だから、それを相手と合わせる行為である「握手」は、信頼の意味を表す…。うん。異世界でも意味合いは同じだったはず。握手の時間的な長さに、何か私の知らない意図でもあるのかな…?
ややあってから、男が手を引っ込めた。
「これ程の強者がこの町に滞在してくれるとは、有り難いことです。我らが専任官も、きっと諸手を挙げて喜んぶことでしょう。」
「…。そうか。」
男の口元が笑っている様に見える。声もとても楽しげ。
貴族は感情を発露しない様に訓練するはずだが…?
「ようこそ。マボアへ。」
男はそう言うと、この馬車から1人降りていった。
──────────
皆が緊張した雰囲気のまま。残った兵士達と門を通る為の手続きを済ませた後。
通行許可は問題なく出たらしく、馬車は無事に町に入った。
顧問さん達がようやく安堵の表情を見せる。
「さっきの男は?」
シリュウさんが顧問さんに尋ねる。
「フーガノン殿…。この町を取り仕切る貴族に、仕えておる変わり者…、と言ったところかの。」
「…。あの強さで、なんで兵士に混じって仕事してんだ?」
「いや、普段は門などに居らんよ。専任官殿の護衛…と言う名の、雑用係…かの?」
「…あれが雑用だと??」
「立場が…弱い方らしくてな。本人も受け入れておる様じゃ。」
「…。貴族は訳分からんな…。
なんで大人しく従ってるんだ。魔力だけでもあいつ、この町一番だろう。」
あの握手、お互いの魔力を計り合ってたのかな?
「…、いや、専任官殿の方が上じゃな。シリュウも知っておるんじゃないか?ベフタス殿だ。」
「…!?「赤熊」のベフタスか!?あいつ、貴族じゃないだろう!」
「それが、この地の領主が武功で取り立ててのぉ。この町を任されなさった。」
はて?あかぐま…、赤い熊かな?
そんな異名の魔物使い?か何かの話を聞いた様な違う様な…?
「…。この町に来たのは不味かった、か…??」
「え…。そんな危険人物なんですか…?」
「いや、危険ではない…、いや?やっぱり問題か??」
どっちですか…。
「先ほどのフーガノン殿は、ベフタス殿に師事しておる。どうあれ、シリュウが来たことは伝わっているじゃろうな。」
「…。師事?ベフタスに…??」
「フーガノン殿も、難儀な境遇のドラゴンライダーでな…。」
「…。」頭抱え…
シリュウさんが、沈痛な面持ちで黙ってしまった。
変にボロくそな物言いをされる専任官さん…。そして握手をして帰っていった貴族がその付き人さんで、更に風変わりな竜騎士…。
そして今この町着いたばかりのドラゴンイーターさん…。
プラス、呪い女…。
素敵な出会いになりそうだなぁ…(泣)
ドッキドキのワックワク、だよ…(皮肉)
次回は4月3日予定です。




