15話 化け物
目の前に居るのは、正しく化け物だった。
一言で言えば、ムカデ女。
下半身は、ぬめぬめの粘液に覆われた赤黒い芋虫みたいな足が何本も生え、同じく赤黒く太い胴体が後ろに伸びてる。
上半身は人間の女。ただ肌は下半身に負けないくらい赤黒くなっている。女だと判断したのは胸の膨らみと、顔を隠すほどの長く、ぐしゃぐしゃの黒い髪があったから。
タ○リ神が、井戸から出てくる有名な幽霊を丸呑みにしてるような、C級クソ映画のボスみたいな非現実的存在。
どうやって移動してきた?
私の足で逃げられるか…?
せめて隣のスティちゃんくらいは助けたい。私が囮になって、スティちゃん逃げてくれるかな…?
最悪、私の能力を使ってでも…!
ムカデ女が頭を動かす。俯いてた?
顔をあげてこちら見てき──
「あぐぅっ!!?」
「やだ!?やだやだああああ!」
頭に激痛が走った。思わず膝を付く。
スティちゃんを横目で見れば、錯乱して叫んでる。フィギュアの箱を守るように抱きしめてうずくまってしまった。
何、これ。きっつっい…!
ムカデ女を睨み付ける。
そいつの顔には、ドス黒いヘドロが渦巻いたような真っ黒な眼球が2つ付いていた。
叫ぶ私達に興味が無いのか、ムカデ女は再び俯いて体の向きを変え移動し始めた。タコが海底を歩いてるみたいな、ぬるぬるとした動きでどこかに行く。
ああああ!!もううざったい!
私は握ってた槍の柄で頭を叩いた。
すると頭の中の激痛は消えて、思考がクリアになる。代わりに叩いた側頭部がじんじん痛い。
痛い…! もう嫌! 何だってんのよ!?
「スティちゃん! しっかり!」
「ああ! あいぃ、あああああ!」
うずくまったまま叫び続けてる。声は届いてなさそう。私みたいに叩けば上手くいくか?
鉄棒で叩くのは可哀想だし…
鉄で…何か…──ハリセン!
鉄ハリセンを作って、スティちゃんの頭に振り下ろす。
バヂィと凄い音がしたが、叫びは止まり、荒い息のスティちゃんの目が私を捉える。
「おね、い、ちゃん?」
「移動するよ!立てる!?」
戸惑いがちに頷いたスティちゃんを立たせて、ムカデ女とは違う方向、最初の悲鳴の方に向かう。
そこには叫び続ける男と、土下座してるレイさんが居た。
男の方はスティちゃんと同じ様子で、立ったまま絶叫してる。
レイさんは意識が無いのかと思ったけど、棒で突っついて顔を見たら、憔悴しきった表情で小声で何か言ってる。ヤバい。目の焦点が合ってない。
とりあえずレイさんにハリセン!
「うぐぅ…?」
「良かった。目の焦点が戻った──」
「──オエエエ!」
うわぁ、レイさん吐いた。バケツバケツ!
差し出した鉄バケツを両手でしっかりと抱えて、レイさんが嘔吐し続ける。
スティちゃんと2人で背中さする。吐く時はもう全部吐ききる方が楽だからね、頑張れ。
「アクア、水!」
腰に付けてる巻き貝を取り出して声をかける。蓋が開いてアクアが顔を出す。いや顔なんて無いけど、比喩表現としてね?
水を入れたコップをスティちゃんに渡してレイさんを見てて貰う。
その間に私は絶叫中の男に近寄る。
ちょっとすまん、名前が分からんあなた。少しだけ実験に付き合ってくれ。
私はハリセンを構えて男性の肩の辺りを叩く。変化無し。
足を叩いてみる。ちょっとよろけた? 変化無し。
後ろに回り込んで背中を叩く。ちょっと絶叫弱くなった?
前に回ってお腹を。弱くなったまま。
なら、最後に頭!
絶叫が止まって、ふらりと倒れこむ。危ない。
一瞬だけ体を支えてそのままずるずる地面に下ろす。
スティちゃんと違って気絶してしまった様だ。
ふむ。察するにあのムカデ女に視られると精神錯乱の状態異常を付与される。作用するのは相手の脳。
私の鉄で衝撃を与えると解除できるっぽい、ってところ? 背中は背骨の神経が脳に影響するとかって辺り?
有益な情報が得られた辺りで、落ち着いたらしいレイさんに声をかける。
「喋れます?」
「あ、ぅあ、なんとか、な。」
「私達はそこの人の絶叫を聞いた後、化け物…、赤黒のムカデ女に出会いました。そちらは?」
「同じ、奴に会った。見た瞬間、怖気が、止まんなくてな。一緒に見回って、た、そいつを掴んで離れようとしたんだ、が」
「目線を向けられて、激痛が走った?」
「ああ…。痛みなんて、もんじゃねぇ。生きてきた中でクソみてぇな時の、思い出が、感情が、ぐちゃぐちゃっ、と、っうぷ、うぅ…。」ふうふう…
なるほど。負の記憶の回顧ってところか。
私は特に何の光景も浮かばなかったけど…。視られてた時間とか本人の魔力量が関係してるのかな…?
「レイさん。なんとか動いてスティちゃんとそこの人を守ってください。私は作業場の方へ行ったあいつを追いかけます。」




