133話 鈍亀ちゃんとギルドロード
亀は人間には聞こえない低い声で鳴いているらしいです。
なので魔物の亀は普通に可聴域で鳴いてる設定です。
「ほおら~、鈍亀ちゃん~。美味しい葉っぱだよ~。」
「ギュ」
目の前に居る塊から低い鳴き声が響く。
見た目は太い手足が生えた、深緑色の岩みたいな存在だ。高さは私の身長より大きいくらい。動物園に居る象の子どもが近いだろうか。
私は木の高い所にある葉を枝ごと切って鉄棒の先に固定し、その岩に空いている裂け目に差し込む。裂け目の中にこの生き物の頭が在るのだ。
この亀の魔物は身を守る為に頭と尻尾を引っ込めたまま生活をする。
甲羅を土属性魔法で分厚く巨大化させているのだが、その甲羅が頭と尻尾の穴を閉じる様な形になってしまって上手く食事ができないという、なかなかに残念な生き物だ。
そんなどんくさい姿から鈍亀と呼ばれてる。
人間の言うことを聞いてくれたりする有益な魔物として扱われているので半分は親しみを込めた愛称かな?
牛が居ない大陸東部では、パワフルな労働力として農家に重宝されている。
目の前の鈍亀ちゃんは警戒も解けたのか、甲羅の穴に突き入れた葉っぱをむしゃむしゃと食べはじめる。
や~ん!やっぱり可愛い~!
程よく打ち解けた様子なので枝付き鉄棒を三脚で固定しておき、腕輪から新たに出した鉄塊をブラシに変形させて構える。
ブラシ部分すら細いとは言え鉄なので、半分剣山みたいな物なのだが甲羅をこれで擦ると喜ぶのだ。甲羅の年輪みたいな模様部分をゴリゴリと力を入れてブラシを押し当てる。
「いっぱいお食べ~。」ゴリゴリ…
「ギュギュ♪」もしゃもしゃ…
「…、(アタシは何を見せられてるんだ??)」
「…。(あの亀、喜んでるな。珍妙な光景だが、良い事だ。)」
──────────
思う存分葉っぱを食べて満足したらしい鈍亀ちゃんはのそのそと移動を始めた。普通に野生みたいだし住み処に戻るんだろう。
怯えている様子は無いが、シリュウさんから離れたいって心理もあったかもしれない。想像するしかないが。
ともかく元気でね~。
私も鉄の道具を収納して、離れた所から見ていた2人の下へと戻った。
「本気で餌をやっただけかい…?」
「ええ、そうですよ?」
「何も得してないよな?」
「貴重な癒しをいただきました。」ほふぅ…
力強く返答しておく。
ダリアさんは首を捻って理解できないといった感じだ。
「あの魔物の何が良いんだい?」
「だって魔法が使える生き物なのに、逆に生きるのが大変になって人間と共存するとか。
可愛さの塊じゃ有りません?」
首を伸ばせないどころか穴から出せないから、食べられる葉の位置がかなり限られる。魔力を相当持っていたとしても長期間の断食は大変だろう。
人間は餌となる葉を与えて、鈍亀はその力を提供する。
魔法の力だけが全てではないと示してくれる、とっても有り難い生き物なのだ。
「何言ってるか分からん…。」
「かわいいとは違うが、テイラの意見に賛成だ。」
「お!シリュウさんも鈍亀ちゃんラブ勢ですか!?」
「あいつらは良い生き物だ。これからも人間と協力して畑仕事を頑張ってほしい。」
「分かってますね~!」
「…、(何なんだい…?この会話…。)」
それからしばらくシリュウさんと、亀の愛おしさについて盛り上がった。
平和である。
──────────
「おお~…。あれがギルドロード…。」
人力車で移動すること更に数日。
私達が見つめる先に、離れた位置からでも分かるかなり幅の広い道が見えた。
行き交う馬車や荷車を引く人と比べると相当デカイ道だ。多分4車線…いや、場所によっては6車線の幹線道路並みかも知れない。
左右に目をやれば、いくつかの宿場町らしき建物群まで見える。
完全にこの国の大動脈だね。
私が冒険者を始めた国のトスラって町は昔のギルドロードの終端だったから、見たこと自体はあったけどこの道とは完全に別物だ。碌に整備もされず草に覆われて面影すら無いレベルだった。目の前の光景と比較するのも悲しくなるな。
現在、立っている場所は小高い丘の上。人力車を停めて待機中。
「このまま、日が落ちるまで待機するんですよね?」
「ああ。それからギルドロードを渡って北側に行く。」
ギルドロードはこの大陸の東西に渡って伸びる巨大交通路だ。地球で言うところのシルクロードだと私は認識している。
こちらの世界では大戦後、今から900年~800年前に作られ始めた物らしい。当時の各国を目指して道を作ったと言うよりは、道が出来たから人々が集まり町が作られ国に発展していったとかなんとか。
土属性魔法で平らでしっかりした地面を形成しているから移動がとても楽らしく、ギルド関係だけでなく各国も共同で利用しており多種多様な人々が行き交う所だ。
視力を強化して観察すれば、
ギルドの紋章を付けた幌馬車がいくつか連なり、その周りを護衛しているらしき冒険者達が多数。その向こうには大きな荷物を背負った商人っぽい歩行者…、
──お!あれは鈍亀ちゃん!
亀の魔物がゆっくり引く荷車、小走りで移動してる人…郵便配達人かな?
道の脇には荷車を停めて休憩している農家さん?とか客寄せでもしているみたいな町人?等々、色々な集団が見てとれる。
確かになかなかの交通量ではあるのだが。
「…渡れるタイミング、有りそうですけどね…?」
「面倒事は避けるに限るからな。」
信号の無い車道を横断する様なものか。
人目が多いから注意されてトラブルに発展する可能性は否めないよね。
「…あっちの、宿場町みたいになってる所。道の上に跨がる巨大な歩道橋みたいなのが在りますけど…?」
「あれか。陸橋だな。歩いて渡れる。」
「利用しない理由がある…?」
「ああ。あれもギルドか国の奴らが管理してて、ちゃんとした目があるからな。色々と面倒だろ?」
「ああ~…。シリュウさんは特級だし、ダリアさんはギルドカード燃えてるし、私は不法入国者だし…。ってことですね。」
「俺だけなら一応は通れるが。意味無いしな。」
「お手間を取らして、すみません。」
「別に半日待つだけだ。大したことじゃない。」
そう言うとシリュウさんは、岩の側に設置した家の方へと戻っていく。扉の前に、取り出したゆったり椅子を置いてゴロンと寝転がった。
シリュウさんの角兜が当たらない形になっている椅子のヘッド部分に、頭をしっかりと乗せて仰向けになっている。
日光浴かな?
ダリアさんは私達が待機している間に、来た方向に戻って動物を狩りに行っている。ギルドロード周辺は常に駆除されているから居ないし、異常魔力持ちが離れたから生き物が姿を見せると予想しているそうだ。
さて、私は何をするか。
やりたいことはあるのだが…。
「シリュウさん。私、あそこに行ってきても良いですかね?」
歩道橋の町を指差しながら相談する。
「何しに?」
「服、探してきたくて。」
「服?なんでまた?」
「私がもう1着欲しいってのもあるんですが。ダリアにもうちょいちゃんとした物が必要かな、と思ってまして。」
本人の適当さで忘れるけど、シリュウさんとの戦闘で焼け焦げたりしてボロボロになったままだからね。
「…。分からんでもないか。」
「あとは、食材なんかも買えたら良いな。と思ってます。」
「それは助かるな。だがあそこはただの中継だろうから都合良くあるとは限らないぞ?」
「まあ、私も相場とかちょっと自信無いんで、あんまり期待せずに様子見がてら…くらいで。お金もほとんど持ってませんし…。」
ずっと自給自足の生活してたからねぇ。ポーチの底に一応小銭達が残っているけど、流石に服買うのは無理かなって思ってる。
それでも、鉄製の鍬とか作ったら農家さんと物々交換はできるとは思う。
そんなもん持ってる冒険者風の女とか、怪しさの塊過ぎて警戒されるだろうけどね…。上手く話をつける様にカバーストーリーを考えなきゃなぁ。
「金か…。あるにはあるが…。
…。どのみちダリアが戻ってきてから決めよう。それまで待機だ。」
「分かりました。」
ならとりあえず、必要な物のリストアップでもしてますかね。
服は無理でも布と糸が手に入ればなんとかなるよな~。
次回は2月2日予定です。




