132話 平和な日々と魔亀
今日はそこそこの曇り空。青空が所々覗くものの暑さは幾分マシだね。人力車の速度もなかなか出てて速い。
ここ数日は人力車での移動・棍棒の改良・模擬試合の観戦・料理・そして寝る、の繰り返しだ。
動物はシリュウさんの魔力を避けるから姿を見せないし、人里の近くは通らないので人とも出会わない。
遠くに鳥が飛んでいたり、休憩中の足下に居る普通の蟻や小さな甲虫が動いていたりするのを眺める程度だ。
実に、平和である。
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現在、私の目の先でシリュウさんとダリアさんが手合わせしてる。
地形に影響しない程度の魔法を織り混ぜての戦闘だ。
ダリアさんが棍棒を右手に握り、体の左側からは砂粒を生成して風で押し出している。
魔法で発生した風も当然私には見えないが、空中を移動する砂の動きから察するに相当複雑な動きをさせている様だ。
砂の束が鞭の如く横凪ぎに襲いかかったり、顔面を狙って槍の如く吹き込んでいったり、シリュウさんの後方に小規模の砂竜巻を発生させて退路を塞いだり。
風魔法は殺傷能力が低い。短い詠唱では更に威力が落ちるから直接戦闘には不向きなはずだ。ダリアさんは時々発動ワードすら言わずに風を放っている様にも見えるから、その威力たるや。
しかし、そこに砂が混ざることで物理的な圧力を加わり補強されている。シリュウさんの肌を切り裂く程の威力が無い砂でも目に入れば視覚が一時的に奪われ致命的な隙を生むし、相手の足元に砂の塊を置けばバランスを崩すことも可能だ。
その瞬間に棍棒をぶつける作戦なのだろう。
その竜骨の棍棒も更なる進化を遂げている。
握り部分には私の鉄で増設したハンドカバーが有り、物理・魔法の両方からダリアさんの手を守ってくれるだろう。
先端には魔法を弾く私の鉄で出来た円錐形のヘッドが取り付けてある。
棍棒全体の重さが乗った突きの一撃は、魔法防御を貫きダメージを確実に通す。
更に。棍棒の片側を打撃面、もう片側を風の噴出点になる鉄刻印が並んだ面として改造している。
バットを振る要領でスイングさせる際に風の推進力をプラスすることで、土属性で硬化させた骨の威力が更に上がったはずだ。
デメリットとして特定方向にしか攻撃できない様にはなったが。
まあ、攻防両面の強化が確実に上回ってるはずだから、なんとかなると推測している。
ふむ、なかなか凄い武器が出来たと思う。これなら私が壊した魔力回路の代わりが務まるかな。
その証拠にシリュウさんもなかなか攻めあぐねている風に見えるし。
攻撃魔法や棍棒以外にダリアさんが放つ蹴りも嫌がってるみたい。
サンダルを更に改造した物で、私の鉄が爪先や足甲に含まれている。この蹴りも当たればなかなかに痛いだろう。
まあ、ダリアさんも本命の攻撃は全ていなされているが。
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「こいつも手に馴染んできたね。」
「ダリアの要望を良く叶えたもんだ。全く…。」
あんなに激しく動いた後でも普通の顔して戻ってくるお2人。雑談する余裕すらあるとか凄いなぁ…。軽く汗をかいてるくらいな様子だ。
「お疲れ様です。」
「おう。」
「ああ。」
「あんたは疲れちゃ無いだろう。」
「集中したんだから疲れはする。」
「相変わらず飄々とした面してんじゃないか。」
「テイラの鉄が当たらない様に注意を払ってるんだよ。あの攻撃は俺でも避ける。」
「(1度も当てられなかったけどね…!)」ケッ!
私には死が見える激しさの攻撃を交わしあったというのに、仲のよろしい2人だなぁ…。
「固定具合はどんなものですか?」
ダリアさんの背中に装着している、棍棒の固定具について質問する。
「ふん…。ちょっと均衡がズレてるね。」
「ん~…。やっぱり素人工作だと無理が有ったか…。」
「いや、旅の最中に作ったもんとしちゃ上出来だよ。手に持ったまま移動するより助かるさ。」
「そもそも移動は人力車に乗せてるしな。」
「町とかに居る職人さんに任せる方が良い案件だろうなぁ。それともマジックバッグを買って武器を収納する形にしたら収まりが良いかな…?」
「普通に担げるんだから必要ないよ。シリュウの魔力が染み付いてるからマジバにゃ入らないしね。」
「それもそうか…。ならまあ、もうちょい革ベルトの調整をしますか。どうしたら良いか改善案有りますかね?」
「そうだね、留め具をもっと増やしてデカく──」
「交差させて二重にした方が──」
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明くる日も人力車での移動だ。
隣に座るダリアさんとお喋りしながら、周りの観察をしている。
とは言え魔物どころか碌な動物すら遭遇しないのだが。
「シリュウさんの動物避けも良し悪しですね。」
「面倒な戦闘が避けれるから良いじゃないか。」
「新鮮な食材が手に入らないのはシリュウさんにも困り事だと思いますよ?」
「マジバの中に大量の食い物があるのに物好きな奴だ。」
「…。(それとこれとは別だろうが。)」タッタッタッタッ
「山に入れば色々居るんでしょうけどね。この近くじゃ領主の管轄ばかりかな…?無闇に入るとトラブルの元かな~…。」
「そこらに居る兎を見つけるか、飛んでる鳥を撃ち落とすか──」
ダリアさんが会話の途中で目線をさ迷わせる。
何か見つけたかな?
「おい、シリュウ。あんた、亀の肉は食わないんだったよな?」
「ああ!」
「なら無視だね。」
「ダリアさん。亀が居るんですか?」
「ああ。魔亀──魔亀か?
とりあえず亀の魔物が右手側の木の裏に居るね。」
亀の魔物…ってことは…、
鈍亀ちゃんか!
「シリュウさん!人力車停めてください!」
「絶対に食材にはしな──」
「いえ!餌をあげたいんです!」
「ん?」
「あ?」
次回は30日です。




