124話 散髪と秘密兵器
今年もよろしくお願いします~。
「はっはっはあ!!良い気分だねぇ!!」
衝立の向こうから元気な声と共にダリアさんが現れた。台詞が完全に魔王復活の場面である。
ダリアさんの姿はなかなか奇抜だった。
腕と足は完全に元通りのようで、日焼けした肌の色にちゃんとした筋肉が付いている様に見える。
だが、髪は長く垂れ下がり顔があまり見えない。その髪も毛先が橙色、残りが鮮やかな緑色と、かなりファンキーな色味をしている。
寝る前は毛先の緑色が焼失して短い橙色髪だけだったから、緑色が根元からわんさか生えたのかな?多分。
その上室内なのに裸足だし。まあ靴も燃えたからしょうがないけど、そのまま歩いてくるのはどうなんだろ…。
「よお!テイラ!早速闘ろうか!」
目が合った途端に物騒な挨拶が飛んできた。
髪の向こうに見える良い笑顔と気さくに上げられた右手が、台詞と絶妙にズレている。これ絶対に「戦う」と書いて「やる」と読む意味合いで言ってるよな、この人…。
「おはようございます、ダリアさん。まずはお風呂入りませんか?今沸いてますよ!」
「そんなことより手合わせしとくれ。」
寝起きの病人だから、寝ぼけたことを言ってらっしゃる。
隣のシリュウさんが顔に手を当てて俯いている程だ。
うーん、なんとかやる気を削ぎたいが…。
「ダリアさん。その髪、短くできないんですか?戦闘するにも邪魔じゃありません?」
「邪魔だけどねぇ。仕方ないね。
体ん中の魔力を整えたらこうなったんだ。諦めるさ。」
「良かったら私、切りましょうか?」
「…、あん…??」
「…。(またおかしなことを言い始めたな…。ダリアの気勢が逸れたぞ…。)」
──────────
エルフのキラキラ髪は、体内の余剰魔力が圧縮?されて形成されているらしい。要するに極小魔石のラメが散りばめられているのだ。
本人の魔力の伝達する素材としては最上位の物で、過去には欲深な人間に狙われて紛争が起こった歴史もあるらしい。まあ、本気出したエルフの魔法に敵う人間なんて少数だったからパワーバランスは保たれたらしいが。
それはともかく。
エルフは大概高魔力持ちだから成長が遅い。髪もかなりゆっくりとしか伸びない。その上、魔力が圧縮された髪は人間のそれとは強度が段違いだ。
しかもダリアさんは土属性持ち。土の特性『硬化』が作用して、並みの強度でない可能性が高い。
そんな髪をどう切るかと言うと──
「では、ダリアさん。ハサミで切っていきます。魔力を弾く私の鉄製なので、肌に当たると硬化を貫通して切れちゃいます。なるべく動かない様にお願いします!」
「…、あいよ…。」
ダリアさんを散髪台を模した鉄椅子に固定し、これまた鉄製のハサミを構える。
ダリアさん、背が高いから座高もなかなかのものだ。レイヤにやってあげた時と違って私が台に乗らないと上手く切れる位置にならなかった。
レイヤの奴は冒険者時代、周囲にエルフだとバレない様に髪を意図的に成長させていた。無駄な魔力を消費する目的もあったし、エルド島では自由にできなかった髪型を変える為でもあった。
まあ、伸びた髪を切るのがちょっと問題だった訳で。
レイヤも土の属性持ってたからねぇ…。氏族由来の強力な魔力が結晶化してる事もあり、普通の刃物だと髪の毛相手なのに刃こぼれするレベルだった。私の鉄で切れると分かるまでは苦労したなぁ。
私の鉄で切れると分かってからは、髪型を変えるのに付き合わされて、それはそれで大変だったが。
おかげで髪を切るスキルが上達した。
しかし、レイヤ以外のエルフの髪を切ることがあるとは…。
世の中、分からんものだ。
チョキ… チョキチョキチョキ…
ダリアさんはズボラ冒険者らしく、バッサリと短い髪型が良いらしい。
目指すは耳が出るくらいのベリーショートだ。
まあ、失敗した時の為に余裕を残して切りたいところ。
「(なあ、シリュウよ。アタシ、このまま首を切られたりしないかね?)」
「…。(知らん。一々念話してくんな。)」
「(連れないねぇ。)」
「…。(お前が許可して切ってんだから、大人しくしてろ。)」
チョキチョキ… チョキチョキ…
ショキショキ… ショキ ショキ…
雑に切り揃えた後は、すきバサミを使って整えていく。
すきバサミは、刃の片方が櫛みたいな形のハサミだ。形だけは理髪店で見たことがあったから、なんとか真似て形成した。櫛の刃の先だけで切れるから髪を適度に間引ける。そんな理屈のはず。とりあえず良い感じに切れてるから、なんとか構造は合ってるんだろう。
理屈は適当知識だが、そこは異世界での経験でカバーして髪をすいていく。
──────────
「いやぁ!さっぱりしたよ!風呂も悪くないねぇ!」カランカラン
「それは良かったです。」カランカラン
散髪の後はお風呂で髪ごと体を洗い流したもらった。
風魔法で体を乾かしてたし、靴の代わりに魔獣鉄のサンダルも渡したし、これでなんとか生活できるだろう。
当たり前だけどダリアさん、足も大きいよね。サンダルがかなりデカい。
「──って訳で、闘ろうか。」
シームレスに戦闘のお誘いである。お風呂で頭が逆上せたのかな?
「お断りします。」ニッコリ
「まあまあそう言わずさ。」
「お断りします。」ニッコリ
「あんたの人となりを知る為さ。別に殺し合う訳じゃないさ。」
「お断りします。」ニッコリ
「アタシに勝ったら、できる範囲で言うこと聞くよ?」
「今、私の意見を、聞いてください。」
しつけぇ…。
「アタシは素手。あんたは自由に武器を使う。そんな組み手さ。」
「私の武器は〈呪怨〉です。また呪われたいんですか?今度は世界樹の回復は無いですよ?」
「おう。望むところだね!それでこそあんたの性格が感じ取れるってものさ!」
うげぇ…。
ダメだ、こいつ…。早くなんとかしないと…。
私、戦闘のセンスなんて無いし、動きも我流だし、普通に相手を傷つけるだけなんだよなぁ…。
血を見たら嫌な気分になって呪いが発動する可能性もあるしなぁ…。
現状、だいぶ嫌だもんなぁ…。
髪切って風呂に入れば気分が落ち着くかと思ってたんだが、甘かったか…。
「ダリアさん。とっておきの秘密兵器があるんですよ。是非とも見てもらいたいんですけど、いいですか?」
「お!アタシに対する武器かい?」
ある意味そうですね~。
──────────
「これをお渡しします…!なので、戦闘は止めてください。」
テントの中から秘密兵器を持ってきて、ダリアさんの前に置く。
見た目は黒い鉄の箱だ。これは中身を守る為の物。大した意味は無い。
「なんだい?これ。」
「どこかで見た様な…?」
シリュウさんも一緒になって凝視している。
「これは単なるカバー…覆い、です。重要なのは中身です。今開けますね。」
鉄の箱の前面を、留め金を外し両側にパカッと開く。
ふっふっふっ。刮目するが良い!
「シリュウさんフィギア、火炎展開バージョン、です…!!」
「「!?!?」」
箱の中身は、30センチくらいの鉄製フィギア!
緩く構えたシリュウさんの体から赤い炎が立ち昇る姿を、再現している。
これを賄賂にしてダリアさんを懐柔するのだ…!
「火の魔石の赤!土の魔石の橙!私の鉄の黒に、灰から厳選して集めた白。これらをフル活用した渾身の──ぎゃあああ!?!?」
「…!!」ギリギリ…!!
頭が割れる!?
シリュウさんがいつの間にか側に立っていて私の頭をがっしりと掴んでいた。
無言で握り締めてくる。
子どもの大きさの手で、アイアンクローで、なんでこんな──痛い痛い痛い!?!?
「マジ痛い!?シリュウさん!?マジ痛いから、止め──でえぇえぇ!?」
死ぬぅぅ!?
ダリアさんとの戦闘を避けようとしたら、シリュウさんに殺されそうになってるぅ!?
なんでだぁ!?!?
新年も、こんな感じの主人公をゆる~く見守ってください。
次回は6日予定です。




