120話 筋トレと情報伝達
「なか、なか…!良い、な…!」グッ…!グッ…!
「ソウデスカ…。」
シリュウさんは今巨大なダンベルを持って、腕を鍛える動きをしている。
新たな娯楽として、体を動かすトレーニングを試しているのだ。
家の外の地面から大きな岩の塊を2つ取って来て、それを魔獣鉄の極太パイプの両端にがっちり固定した。
なんだっけ。見た目はもう、バーベル?くらいある。
岩の大きさが家の扉よりデカいので、シリュウさんのマジックバッグの中に1度収納して家の中に運び込んだ。
推定100キロは有りそうな岩が2つに、それを繋ぐ相当量の鉄。
なんでそんな重量の物を…、両腕でゆっくりとは言え、上げ下げできるんだ…。
物理を超えた完全ファンタジーな光景である。
三刀流の海賊狩りが船の甲板で、こんな感じだった気がする。
シリュウさんが座っているのは、トレーニング用に作った鉄製の台だ。普段のゆったり椅子だとスプリングがイカれそうだったから、仕方ない。
「シリュウさん。筋肉を鍛える動きして、意味有るんですか…?」
「そりゃ…!ある…!だろ…!」グッ…!グッ…!
「身体強化の魔法で、筋力なんていくらでも強化できるでしょう…?特にシリュウさんの魔力量なら。」
「そう…!だな…!…。だが…!基礎、の…!力…!は、ある、だけ、いい!んだ…!」
筋肉は切れる度、太く修復するから強くなっていく訳だが。
魔法で補強してる場合、繰り返すと魔法式の構築が最適化される…、とか有るんだろうか…??
いや、有ったと思うけど、こんな動きを最適化しても何もならないのでは…?
…え?もしかして、これ、魔法無しの素の筋力──
──んな訳無い!
子どもの体格であの重さを支えられる筋力とか肉達磨になるわ!
──────────
筋トレを続けるシリュウさんを放置し、
私はいくつかの鉄メモを見て、アイデアを整理している。
まあ、体を動かすのも重要なストレス発散だ。
2日前に、半日全力戦闘していたはずだが、きっと何か別のものなんだろう。きっとそうだ。
とか無理やり自分を納得させつつ、料理や娯楽道具に関して何か閃かないか思考を巡らせる。
前世で漫画のストーリー考える時にも良くしてたけど、お風呂でぼーっとしてる時とか寝る前とかに変な閃きが割りと出てくる。
当時はスマホのメモに打ち込んでいたが、今は鉄の板に文字イメージの投影を刻み込んでメモしている。
後で見返すと使えるアイデアに繋がることもあるんだよね。
…。
──オムライス、──おでん、──ロールキャベツ。
食べたいものリストはどんどん増えるな。
とは言え、材料が増えないと試すのも難しい。
シリュウさんの革袋に入ってる物の活用としては、割りとネタ切れだ。
やっぱり、生の野菜とか卵、調味料が欲しい。
レパートリーが一気に広がる気がする。
ダリアさんは何も持っていないけど、この大陸の料理は知ってるだろうし新しいヒントをくれないだろうか。
…。
娯楽方面、娯楽方面…。
──鉄で遊具、か…。
ブランコ、シーソー、ジャングルジム…。
シリュウさんに遊ばせるとビジュアルはギリギリマッチするけど、流石に子ども扱いが過ぎて怒られる気もする。
しかし、この世界の常識から外れてたらアリかなぁ…??
まあどのみち、そんなに長くは時間潰せないか。
──麻雀。
うん。長時間遊べるし、牌も作れる範疇ではあるな。
けど普通4人でやるもの。今この場に居るのは3人だから…。
あれ?アクアも加えたらメンツ足りる??
いや、ダリアさんが寝てる間の暇潰しだから加えちゃダメだ。それに点数計算とか、細かいルールを人に教えられる程は覚えてない。
──ボ○ロ曲。
ああ~、歌か。シリュウさん、歌は好きかな?
あとで聞いてみよう。
もうかなり忘れて歌詞が出て来ないのもあるからな…。
歌ってる内に思い出すのもあるだろうな。
あ。
寝てる人が居るから、流石に非常識だわ…。
仕方ないから代わりに歌いたいリスト作成して、覚えてる歌詞をメモしていくか…。
やっぱり個人的に好きな、「鎖○少女」とか「炉○融解」辺りから──
──────────
「こんなもんかな~。結構忘れてて、穴があるな~…。」
流石に16年前に聴いたきりだからねぇ…。冒険者やってる間にレイヤにせがまれて歌いながら思い出してたのも多いけど、あの時のメモはレイヤが持ってる分以外は武器とかにリセットしちゃったし、ここ1年くらいは余裕がなかったからねぇ。
気持ちを上げる為に歌ってはいたけど、歌う体力を温存してた場面が大半だったな。
「ま、その内に思い出すか。」
「何してたんだ?」
「ああ、シリュウさん。トレーニングは終わりですか?」
「まあな。鉄の握りがあると持ち易くて良いな。気にいった。」
「それは良かったです…。」
自分の体重よりも重いはずの物、持ち易い・にくいって問題じゃないはずだけど。
あのパワーを見ると、確かに化け物感あるよね…。
「私は歌詞を書いてただけですよ。シリュウさんにウケるか不明ですけど。」
「菓子?」
「歌の言葉です。前世で良く聞いてたアニソンとかボカ…、ネット…、えーっと、まあ好きな曲を思い出しながらつらつらと。」
「歌か…。好きも嫌いも無いな。」
「そうですよね。」
この世界で音楽の文化とか貴族の嗜みぐらいだろう。
庶民や冒険者だと…、祭りとか祝いの席で歌うぐらいか?
吟遊詩人が酒場で歌ってるイメージだな。見たこと無いけど。
「にしても、結構な量だな?」
「これでも少ないですけどね。今書けたのは20曲くらいです。
前世では良く歌ってたやつは50は超えるんで、まだまだですね~。」
「なんだその数は…。何処の風エルフだ…。」
「あ、やっぱり大陸でも風のエルフは歌好きなんですか。」
「ああ。風エルフは歌と踊りばかりで、土や水のエルフからは浮いて見えるな。」
「確か、この大陸には土と水の氏族は複数存在してるけど、風と火の氏族は居ないんでしたっけ?
中心になるべき氏族が居ない、一般?風エルフ達は立場が弱いと聞きました。」
「…。そうだな。土エルフは鍛冶とか家作り。水エルフは農業、学問。商売をやる奴も居たか。それぞれ目立つ役割があるが…。
風エルフは…天候予知くらいか?土と水の奴らの補佐、というか添え物、に見えるくらいには印象が無いな。」
「まあ、風って生活とか利益に直結しづらいですもんね。」
「…。ダリアも風エルフの血が流れてるが…、あいつはそもそもエルフの印象からズレた奴だしな…。
…。そうだ。確か、遠距離通信の魔導具が風エルフの協力で完成した、とか聞いたな。」
「ああ~。なるほど。情報伝達ですか。」
空気中の音の波を、風に乗せて遠方に飛ばすイメージだろうな。
「あとは、詠唱魔法も風エルフ由来でしたっけ?」
「それは大戦前の話だな。詠唱は人間社会にとっくに馴染んでる。風エルフの繋がりはもう無いんじゃないか?」
「そんなもんですか。」
土エルフの魔法刻印、水エルフの魔法紋様。これらの文化は複雑で奥深く、知識が有る専門家が研究してるイメージだ。
それに比べて、風エルフの魔法詠唱は広く知れ渡って人の世で使われいる。
刻印は事前に作成、紋様は発動に集中力が必要とクリアすべき課題が大きいから使い手が少ない。いや、個人で使いこなすのにハードルが高い、と言うべきか。
詠唱は、口を使って両手が空いた状態にできるから便利なんだろうね。その分、詠唱時間が短いと効果もかなり弱くなるが。
それにしても。遠距離通信か…。
髪留めに、通信機能も付けるべきだったなぁ…。
今はエルド島に戻っているレイヤの、おバカ元気な声が少し、聞きたくなった。
次回は25日予定です。




