110話 自己紹介とうどん
「テイラです。飯炊き女、やってます。」
「…、ダリアだ。よろしく頼むよ。…。テイラ、って呼べばいいかい?」
冒険者達が帰った後は改めて自己紹介をした。
土エルフさんはベッドに横たわった状態だが元気そうだ。私にも普通の顔で接している。
右手を呪いで変質させたことに、思うことは無いらしい。
魔法の使用や普段の生活で重要な手を破壊されたのに、それはどうなの?と疑ったけど、
「こっちも殺そうとしたから相子さね。」とのこと。
それに昨夜の緑光の効果で、少しずつ神経や魔力回路が修復されている感覚もあるのだとか。
他人の目が消え暑苦しい毛皮は取り払ってあるので、蛍光塗料みたいな左腕と足がよく見える。やっぱりこれは重症の部類に入ると思う。
恨み節の1つや2つ、有りそうなものなんだけど…。
「お好きに呼んで下さい、──ダリア様。」
「止めな。アタシなんかに様付けすんじゃないよ。」
ずっと心の中でおばさん呼ばわりしてたけど、敵対的でなくなったのだから呼び方は改めるべきだと思ったのだが。
「いや、私、見習い冒険者止まりでしたし、超級の方をぞんざいに扱う訳には──」
「あんたが? 見習い止まり? 冗談は止しな。」
「いや、本当に。ラゴネークのトスラで2年近くずっと見習いランクでした。それも1年くらい前の話です。」
「アタシに一撃入れたあんたが…??」
「あれは、シリュウさんとの激闘の最中にラッキーパンチ…、〈呪怨〉を使った不意討ち、が成功しただけですよ。」
「1対1だったろう。」
「トドメの一撃がたまたま上手くいっただけです。この腕輪と髪留めの力がなかったら、人を呪ってるだけの雑魚ですので。」
「ダリア。テイラが言ってるのは本当だぞ。見習いのギルドカードを持っていた。…まあ、実力はもっと上だと思うがな…。」
「昇格試験はずっと不合格なのは事実なんですけどね…?」
「…。呪いの力を隠して生活してた、とかが理由か?」
「それも有るところですけど…。まあ、単に魔物の解体ができないってのが最大理由ですかね。試験に必須だったので…。」
「…。確かに、解体ができないと冒険者はやってられんか…。」
「その辺りの普通の野兎ですら、捕まえられてもトドメはさせませんでしたからね…。」
血を見るくらいなら餓死を選ぶよ、私は。
いや、その前に木の実とか野草を食べて頑張るけども…。
「とにかく。アタシはもう超級ですらない。そんな敬う様な扱いは止めとくれ。」
「へ…? いや、シリュウさんに負けたくらいで降格なんて有る訳が…。」
「違うよ。金剛砕…、あの呪具を、運用できる人員ってことで上級ランクから昇格してたんだよ…。」
「ああ~…。あれは完全に消滅したから…。
御愁傷様です、と言うか何と言うか…。」
「気にすることはない。
ダリアは魔法を使った遠距離攻撃の素質が高いのに、性格がごり押しの直接戦闘馬鹿でな。その近接戦闘をこなす為の武器がアレだっただけだ。元の形に戻ってちょうど良いんだよ。」
「…言ってくれるね…。」
「事実だろ?」
ふむ。気心が知れた仲って感じだね。
善きかな善きかな。
この人が生きてて良かったよ。
「まあ、それじゃしばらくよろしくお願いします。──ダリアさん。」
「…あいよ。」
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ズ……… ン…
遠くから地響きが聞こえる。
シリュウさんが周り一帯の地形を修復している音だ。
ダリアさんとの戦闘で変形した部分をまともな形に均しておくらしい。
ただの草原とは言え、私的な理由で地形変えちゃったからね。それくらいはしておくべきだろう。
その音を聞きながら、私は角兎の骨を煮込んでスープを作っている。
タイミングが合わなくてずっと放置していた、あの50匹くらいの群れを壊滅させた時のやつだ。
まあ、放置が長過ぎて乾燥気味だけど出汁を取るには問題あるまいて。
家の外に大きな寸胴鍋を4台設置して1度に煮込む。今日は晴れてるから太陽熱が余裕の供給である。
その間に油を使って、栗もどきのコロッケとサーターアンダギー風味なドーナツも量産する。
死人が出ず戦闘が終わった意味合いの、お疲れ様会的なものをする予定なのだ。
疲れた体には美味しいおかずと甘い物である。シリュウさんがご所望なので、置いていった山の様な材料をふんだんに使う。
ダリアさんはもう動けると言っているが、シリュウさんは待機を指示した。様子を見ながらもしかしたら数日は留まるかも知れないとのこと。
なので、その間にガンガン料理を補充である。
アンテナ鏡の調整が大変だ。
…。
しかし、ダリアさんには骨のスープとか揚げ物はもの珍しいから、受け付けるか不安だな…。
もうちょっとこう…、取っつき易い、一般的なものを…。
ふむ。1度小麦粉を使ってうどん麺でも作ってみるか。板肉のスープに入れれば普通にうどんっぽく出来ると思う。
小麦粉を水で捏ねて、打ち粉?をして細く切って…。
茹でて、冷水で締めて…、出汁に投入だな?
暑いから、冷たいうどんが良いかな~?
アクアの冷水を利用すればなんとか出来そう…。
折角の濃厚スープがあるから、うどんラーメン的なのもアリか…? この場合は「つけ麺」かな?
ん~、悩ましい…。
──────────
「お帰りなさい~。」
「ああ。
…この匂い、腹が減るな…。」
大規模戦闘の余波で周りの動物は姿を消しているらしい。なのでガラスープの濃厚な香りが多少漂っても問題は無いのだ。
まあ、家の壁に結界の火魔石が在るし、重症とは言え魔法が使えるダリアさんも居るからね。
今は料理が優先である。
「玉ねぎもどきとかニラもどきの粉末を入れてますから余計に匂いが美味しそうになりましたからね~。塩胡椒も確実にスープの旨味を引き上げてます。」
「こんだけあれば数日は食いまくれるな。楽しみだ。」
こんだけ重い濃厚スープを1日で寸胴1つ分完食する気ですか…??
もしかしたら、あの土エルフさんもバカ食いするファイターなのかも知れない…。
別の料理を足して、嵩増しをするべきだな…。
「シリュウさん。小麦粉を使って、麺を作ってみてもいいですか?」
「…。良いぞ。
食べづらいやつだが色んな料理が食えるのは楽しみだ。」
麺が、食べづらい…? そうかなぁ…?
「実は、既にうどん麺を用意をしていたりするんですよ。早速茹でてみても良いです?」
「ああ。まずは食ってみよう。」
「一応生地を少し寝かしてみたんですけど、麺を作るの初めてなんでちょっと不安です。失敗してたらごめんなさい。」
「まあ、その時はまた色々調整していけば良い。」
切っておいた麺を茹でていく。
日本の材料達とは異なるから茹で時間が分からない。なので、様子を見ながら味見して固さを確認していく。
素材の小麦粉がキメ細かいからか、結構ちゃんとした麺が出来ていた。
私の包丁さばきの問題で多少不揃いではあるが、大丈夫だろう。
…問題があるとしたら、生地を捏ねる過程をかなりオリジナルなものにしたことだ。
踏んで捏ねるなんてできないからね…。
餅をつくみたいに、鉄の器と身体強化ハンマーで練り上げたけど…。はてさて…。
茹でたうどん麺を、冷水を張ったザル付きボウルに入れて締める。
今回は角兎骨スープに入れてみた。シリュウさんなら多少新しい要素を入れる方が喜ぶはず。
なんちゃってうどんラーメン、である。
さあて、お味はどんなかな~。




