106話 親友がここに居たなら
シリュウさんが上級ポーションを、気絶している土エルフのおばさんにかけていく。後頭部と背中に少量ずつ。
まあ、欠損した部分が修復する程では無いから、危険な状態を脱する応急措置的な対応になるだろうけど。
「うぅっ…。がっ…あ…。」
「動くな。ダリア。無視するなら…、焼く。」
シリュウさんが首を握る右手に力を籠める。
「シ、リュウ…か…い?」
「今はどんな気分だ?」
「…今まで、生きてきた中でも、最低だ、ねぇ…。」
この状態でも普通に話せるんだな…。
特に右手の中、呪いの鉄で激痛だろうに。
この人、根性あるね。
──同じエルフのレイヤでも、かなり痛がってたのに。
「あの呪具は完全に破壊した。言いたいことはあるか?」
「…そう、かい…。」
おばさんの顔は疲労の色が強いけど、どこかすっきりした風にも見える。
「…今は、…不思議なくらい、気持ち、が、落ち着いて、るねぇ…。
やっぱり…、行動が、感情の動き、が変わっ、て、た…かね…。」
「だろうな。推測だが、元々持ってる負の感情の──、『固定』ってところか?
一度は吹っ切った俺への執着が、変わることなく燻り続ける。そんな呪具だったのかもな。」
「それは元々、未練たらたら、さぁ…。」
「そんな奴ならイーサンと夫婦になってねぇだろ。子供が欲しいから、化け物への気持ちにケリ付けて前に進んだんだろう?」
「──あ…??」
「なんだ?記憶を操作でもされてたか?」
「いや、覚えて…。覚えてる、けど…。アタシが、髭ジジイ、と…?」
「…。全く…。認識を狂わされてたのはダリアの方じゃねぇか…。負の感情を妨げる記憶でも弄られてんのかよ…。」
へぇ~、子供を望んで夫婦の契りを結んだんだ?
エルフにしては珍しいかも。それとも大陸のエルフなら普通なのかな?
「…もう、一思いに殺しておくれ…。」
「知るか。お前が完全に正気なら、殺す価値は無いな。」
「こんな、失態をしたんだ…。髭ジジイにも合わせる顔が無いよ…。」
「だから、知らん。何十年も一緒だったんだろう、なんとかしろ。」
「生かす価値も、無いだろう…? この場──」
「生かす価値なら在るぞ。」
「…無いよ。もう十分生きた──」
「お前をここで殺したら、ミハに会わせる顔が無い。あいつの料理が食えなくなるのは、ごめんだな。」
「…!?!?」
「…。なんだ? その顔は。…自分の娘のことまで忘れてたのか?」
「いや、忘れては、なかった。なかった、けど…。あの子の、顔が今まで…、全然…。」
…娘さん、居るんだ。
「なら、孫が生まれたのは思い出せるか?
相手が夢魔なのは仕方ないが、孫は奇跡だ。世界からの祝福だ。って喜んでたと記憶してるが?」
「…本当に、惚けてた、みたいだ、ねぇ…。情けない、ったら…、ないさぁ…。」
土エルフのおばさんの目が、うっすら潤んでいる。
感動的な場面なんだろうけど、ちょっと絵面が酷くて気持ちが入らないな…。
真っ暗な草原(恐らく戦闘痕多数)で、角がある子どもに組み敷かれて、腕と足がズタボロなんですよ…。
軽くホラー案件なんですけど…。
ホワワワワ…… ホーワワワワ……
…。
おーい、髪留めさん??
謎の効果音と共に明滅しないでくんない??
つーか、この音の感じ…もしかして泣いてる…?
ホン・ワーン…
だから、ピン・ポーン…、じゃないって…。
まあ、レイヤの奴には、呪いに引き裂かれた?エルフ親娘の物語とか、涙腺直撃だろうけども…。
…。
ちょっと髪留めの中、開いて確認したいな…。
マジでミニレイヤ、居るかも…。
「この分なら大丈夫か…。」
シリュウさんが首から手を離して、おばさんから退いた。
「ダリア。今ここには上級ポーションが1つしか無いんだ。そっちは持って無いよな?」
「…ああ。戦いの前準備に、ほとんど飲んだからねぇ…。残しておいたのも燃えて無くなったよ。」
「やっぱりそうか。とりあえずこれを飲んでろ。無いよりはなんとかなるだろ。」
「…もうシリュウと、喧嘩も…できなくなっちまったねぇ…。」
「なんだったら、回復魔法の達人辺りに頭下げて欠損修復でもしてもらえ。」
「…そんなんに頼るくらいなら、空でも飛んで…、戦ってやるよ…!」
「その意気だ。
…。とりあえず飲め。」
シリュウさんがおばさんに近付いて、左肩を掴み横向きに寝た体勢に変える。
「ぐぅっ…!!」
苦痛のうめき声をあげる口に、ポーションの口を当てて傾ける。
割りと容赦無いね。
「──っ!…っ。」こく… こく…
おばさんの左腕や足の欠損断面が仄かに光を放つ。
橙色と緑色だから…、体内魔力が活性化してる感じだろうか。
「これで死ぬ可能性は無くなったか。最悪、もう1度腕を斬って特級ポーションを飲めば元通りになる可能性も──」
「アタシじゃあ、そんなもん、飲める訳無いだろ…。バカやった代償にしちゃ、立派な…もんだと、思うことにするよ…。」
「…。駄目押しに、これでも使うか…。」
シリュウさんが黒の革袋から、魔石らしき物を取り出した。
橙色にホワッと光ってるし、土属性のやつかな。拳くらいの大きさだから、かなり貴重だろう。
そしておばさんを仰向けにして、魔石をお腹に置いた。
土の魔力に触れさせて、少しでも回復を助ける感じか。
ふむ…。なるほど…。
「あの~…? シリュウさん? ちょっと相談なんですけど。」
「…。なんだ?」
「この土エルフ…、さん。風属性持ってますよね?」
「…。ああ。ダリアは土エルフと風エルフの間に生まれた少し珍しい混血ってやつでな。
…それがどうかしたか?」
「魔力が足りなくて回復できないみたいだし、風の魔力も大量に供給すれば多少は足しに…なるかな?と思いまして。」
「…。テイラの髪留めか。」
「はい。」
シリュウさんが頭をガシガシと掻きながら悩んでいる。
「同じエルフではあるが…。他人への魔力供給は相当波長が合わないと無意味だ。氏族のエルフと繋がるのは難しいと思う。俺のこれも多少マシ程度しか効果無いしな。」
「んー、やっぱりそうですよね。」
「あんたら、何おかしなこと言ってんだい…??」
「それにテイラにはダリアを助ける義理は無いだろ? 無茶する必要は無いぞ。」
「まあ、ここにレイヤが居れば、この人を助けたいって言うだろうな~と思うので…。レイヤの魔力を使う分にはまだアリかもな、と。それに戦闘が終わったばかりの今なら多少派手でも大丈夫かな、って。」
「…。まあ、俺の土魔石と同じで気休めぐらいしかならんと思うが。やれるならやってくれ。」
「了解。」
「ちょいと。アタシを無視して、何する気だい…?」
「ダリア。とりあえず黙って受け入れろ。何も考えるな。敗者は従え。」
「ぐっ…。」
「大丈夫ですよ~? 土エルフさん?
シリュウさんをたぶらかした淫魔女の、洗脳攻撃を受けるだけですから~?」
にっこりと笑いかける。
「…、」
「テイラ…。ダリアを呪った理由…、淫魔呼ばわり、かよ…。」
髪留めを頭から外して、土エルフさんに向ける。
レイヤ。あんたがこの中に居るかは知らないけど。
きっとこうするでしょ? 良いよね?
──「罪を憎んで、人を憎まず。良い言葉ね!」
──「昨日の敵は今日の友。そんな生き方こそ偉大な冒険者って感じね!」
──「私の初めての仲間は、魔王の眷属のテイラだもの。いつか私も、魔王と仲良くなった、マンガに出てくるみたいな勇者になってみせる!
でもって、それがきっと超絶イケメン魔王なのよ!! 付き合ってみるのも悪くないんじゃない!?」
レイヤの言葉を思い出しながら、風のエルフの詠唱を口にする。
〔世界を 巡る 強き 風よ──。〕
詠唱に反応して、髪留めが緑色の粒子を放つ。
そして、そこから。大陸言語で特別な詠唱を続ける。
「──我が真名、マルテロジー・エルドエルより!!
カレイヤル・ウィリディスアーエールに求む!!
──アーティファクト、開放。」




