105話 事後処理と回復ポーション
「シリュウさん。これからどうしましょう?」
四肢欠損…いや、三肢欠損した土エルフのおばさんを押さえているシリュウさんに声をかける。
戦闘が終わり、光る粒子も無くなったので辺りは真っ暗だ。
私の髪留めの柔い明かりでなんとか見える。
「…。あの呪具…、ダリアの棍棒は?」
「斧を叩きつけてもびくともしなかったので、とりあえず私の鉄でめちゃくちゃに包みました。」
「…。完全に破壊する。そのまま、近くに持って来てくれ。」
「了解。」
おばさんに首を背後から握りしめ、じっと後頭部を見つめながら返事をしたシリュウさん。
このおばさん自体は、どうするつもりなんだろ…。
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卵形の鉄をずるずると引きずって移動させる。
鉄使い過ぎたな…。重い…。
「お待ちどう…です…。」はぁ… はぁ…
「…。ああ。」
「中、確認します?」
「頼む。」
「じゃあ、少し開けますね。」
「ああ。」
卵形の鉄の一部を、左右にスライドさせて中を露出させた。
変わらずに茶色の塊が固定されている。
シリュウさんは棍棒とおばさんを交互に確認している。
「テイラ、少し離れてろ。
──焼き尽くす。」
5歩程後ろに下がる。
首を掴む右手をじっと見つめながら、おばさんからは目を離さずに、左手を棍棒の方へと向ける。
そして左手の先に、星明かりすら呑み込みそうな闇色の炎が灯った。
闇炎はすぐさま卵形の鉄の中へと伸びていく。
「…。これでいい。」
棍棒の方に目を向けないまま、左手を閉じて闇炎を消した。
「…近付いても大丈夫ですか?」
「ああ。」
うん。鉄の中には何も跡形も無いね。
「助かった。礼を言う。」
「へ? 何ですか? 急に…。」
私、感謝される様なことしてないと思うけど。
「呪具を完全に破壊できた。ダリアも…、一先ずは生きてる。かなり良い戦果だ。」
「いや、結局戦いの邪魔して足引っ張った上に、無茶して呪いを発動しただけですし…。」
戦闘の最中に私の方に突っ込んできたから、シリュウさんが闇炎を使うの止めたんだろうし。
私が居なければとっとと決着できたかも知れないし。
「ダリアがここに来たのは完全に俺のせいだろ。
テイラが〈呪怨〉で行動不能に追い込んだから殺さずに済んだ…。感謝する。」
嫌な悪口言われて、呪う気満々で下がらなかった私が邪魔しちゃった面はあると思うけどなぁ…?
「結果論な気もしますけど…。じゃあ、まあ、面倒なんで…。この件はお互い様ってことで…、良いですかね?」
「ああ。」
「ちなみに…、その人、どうします?」
「…。」
シリュウさんが、組み敷いてるおばさんを見る。
いつの間にか気絶したようだ。随分と静かになった。
「できれば…。このままマボアまで連れていきたい。」
「それはまあ、構いませんけど…。このまま絶命したりしないんです…?」
「…。かなり魔力が減ってるが、腐ってもこいつもエルフだ。…なんとか持ち堪えると思う。」
「シリュウさんが燃やした腕と足はともかく。私が鉄に変換しちゃった右手は、このままじゃ腐り落ちるはずだと思いますけど…?」
「…。いや、あの黒炎の影響は取り除いたが、欠損を再生させるだけの魔力が足らん。このまま断面が固定されて終わりだ。
まあ、無事な部分だけで生きてはいける力は残っているはず…、なんとかなる…。」
大きな傷を負っても回復できる魔法の世界だが、条件や制約はもちろん存在する。
負った怪我の大きさに釣り合うだけの魔力を用意した上で、適切な形で流し込む必要があるのだ。
例えば、手を欠損した人を治療する場合、強引に魔力を注いでもそれだけで骨や筋肉が元通りになる訳ではない。
自然治癒を高める。失った組織を構築して嵌め込む。血液や魔力の流れが正常になる様に整える。等々、とても複雑過程を幾重にも積み重ねなければならない。
極端な話をすれば、手があるべき場所に足が再生されたり、親指が生えるべきところを人差し指が生えたりする可能性だってある訳だ。
だから、重要となるのが何を基準として「元に」回復させるかという話で。
つまり、「元の状態」をどう定めるか、と言う問題がある。「自分の形」、「自己が認識する自身の輪郭」と言っても良いかもしれない。
指の長さ、肌の色、髪の毛の本数、骨の硬さ等々人体を構築する要素は多い。
何を以て「怪我」とし、何を以て「以前の体」とするのか。
「魂」が形を決める、とか。「魔力回路」が直前の状態を記憶しているとか。様々言われているが、詳しくは分かって無いらしい。
これこれこう言う物をこれだけ取り込めば、怪我が回復するって事実が存在して。その現象を左右する要素が後から研究されてる状況らしい。
地球で言うなら、「遺伝子」「DNA」が近いのかね?
「万能幹細胞」と言う、どんな生体組織にも変化可能な細胞がいくつかの方法で作成できる、って話が日本に居た頃に存在した。
しかし、これらの万能細胞は、何にでも成れるが故に問題も生じる。目的の組織──心臓なのか目の角膜なのか皮膚なのか──に変化させる方法を確立するのが大変らしい。
切っても切っても再生するプラナリアの話を思い出すね。
体のどこを切られても、ちゃんと足りない部分をきっちり回復する凄い生き物。
下半身を切除されたら、もちろん下半身を再生させる。そこから上半身が生えたりしない。
頭の部分から尻尾に向かって科学物質が一定量流れてて、その濃度で体の前後を認識──
流石に脱線が酷い。現実に戻ろう。
とにかく異世界は、ポーションを飲めば怪我が治る世界だ。
人体の構成物質の材料を供給し、摂取した人が持つ「元に戻ろうとする」自己治癒力を大幅にブーストさせ、回復できる神秘的な魔法薬。
欠損レベルの怪我でも回復可能ではあるが、怪我から時間が経つと再生できなくなる。その怪我を「自身の形」と認識してしまうから、なんだとか。
そして、問題なのが…、
「シリュウさん。私が持ってるポーション使います…? 上級だから四肢欠損を再生させるまでの力は無いはずですけど…。」
そう、この場にある上級ポーションでは力不足なのだ。
「無いよりはマシだ。…。だが良い、のか? 呪いたい程に敵意が有ったみたいだったが。」
「まあ、原因の呪具が消滅したし、呪うのは成功して怒りは治まってますから。別にこれ以上どうこうしたい訳ではないので。」
「…。助かる。
しかし、ダリアの場合は元々持っていた感情を増幅させられてたはずだ。ただの被害者じゃない。
あの棍棒もギルドが保管していたものを、実験で所有させたもんでな。
ダリア本人が提案を受け入れた訳だから、ある意味で自分の業だ。」
シリュウさんが渋い顔で吐き捨てる様に言った。
なんか、色々あったらしい。
「…ギルドもろくな実験しませんね…。」
まあ、うん。他人様の人生だ。自由に生きたら良いと思うよ。
鬱陶しいなら距離を取るし、邪魔してくるなら潰すけど。
リュックから、スチールウールもどきの梱包材やバネで魔法銀の箱の中に固定していたポーションを取り出し、蓋を開けて、シリュウさんの左手に渡す。
「念のために、少し離れてろ。目覚めて暴れるかも知れん。」
「了解。」




