100話 風の氏族の大長老視点 カレイヤルとマルテロジーの話
100話記念に過去のお話を掲載です。
主人公は直接登場しない番外編になります。そしてちょっと長いです。
エルフ言語の表現を『』で表現していましたが、「〔〕(亀甲括弧)」に変更します。(10月3日追記)
世界樹の下に訪れる。
夜に来るのは久方ぶりだ。
昼間と同じ雲1つ無い夜空に、星々が輝く。だが、いつにも増して辺りは暗く感じた。
世界樹は、弱々しい光を、放っている。
樹を形作る、翠色の結晶体は、茶色くくすんで久しい。
樹の世話をする者達は下がらせて、今は儂、1人だ。
べたべたと煩わしい潮風が、世界樹の側まで流れてきていた。
〔何故、こんな島でお育ちになったのじゃろうなぁ、我らの祖木の苗は。〕
もうじき、この樹も島も終わるだろう。明日にも終わる可能性はある。長くとも一季節は保つまい。
儂の見える未来の光は全て消え、完全な暗闇と化した。今まで色々と手を尽くしたが、もう無意味だ。
原因は今日の夕刻、確定した。
マルテロジーだ。
エルドエル家の三女、水エルフと見紛う水色の髪をしながら魔法が使えぬ体で生まれた、人間の娘。
エルドアル家に嫁いだ彼女が、エンター島から戻ってきた。
〈呪怨〉の眷属、として。
まさか、である。儂の未来視を、未来ごと潰すのは〈呪怨〉だろうと確信していたが、意思が薄く周りに逆らわぬあの娘に発現するなど想像の外であった。
今は動けまい。あの島で何があったかは知らぬが、あの心身では死んでおらぬのが奇跡。
いや、悪夢、と言うべきか。
だが、あの娘の魂はもう砕けておる。治療をしても無駄だ。数日と、人の形を保てまい。
そして、境遇を考えれば行動は、予想できる。未来視が無くとも容易く。
あの家族を。この島の人間を。儂ら風の氏族を。あの娘は呪うだろう。手段など分からずとも結果だけははっきりしている。
魔法も物理も捻曲げて、この島を、あの娘を取り巻いた全てを、鏖殺する。
逃走は無意味だ。時間も距離も超えて必ず到達してくる。
今、あの娘の命を絶ったところで何の意味も無い。
その程度でどうにかなるなら、未来の光が全て消えはしない。あの娘の体を破壊しても〈呪怨〉の活動が止まることはないのだ。
その憎悪の深さに、肝が冷える。
せめて。せめて叶うのなら、孫を。生まれたばかりの、初の3世代目たる、カレイヤルを、逃がしてやりたかった…。
崩壊していく大陸から逃げた儂らでもなく。
この島で生まれ、人間を配下として接してきた我が娘達でもなく。
生まれてまだ13年しか生きておらず、非魔種すら友と言ったあの孫を──。
あの子は生まれる前から儂の未来視の外に居た。
誕生する未来すらなく儂が事前に祝福しなかった孫として、苦労をかけた。魔王の因子が発現するのではないかと疑い、距離を空け邪険にもしてしまった。それでも、健やかに育ち、好奇心が旺盛でありながら慈しむ心を持っておった。
未来を予測できぬ珍妙な孫に、驚き、呆れ、心を動かされた。それは「変わらない世界」に慣れきった儂には、何よりも得難い経験だった。
儂の未来視も絶対では、ない。
だが、〈呪怨〉は絶対だ。
あの孫はあの娘に近過ぎる。どうあっても、逃れえまい。
〔父上。儂は、結局、何も為せませなんだ…。〕
千年を生き、結末が、これとは。なんと──
〔お婆様。〕
カレイヤルの声だ。
儂は振り返る気力すらなく、ただ立つ。
〔…ララ様。
大長老ララ様。お話があります。〕
返事をする気力もない。何を話そうとも、破滅しかない。
無言の儂に対して、拒絶されていないと感じたのか、孫はそのまま話を始めた。
〔私、カレイヤルは、この島を去ります。この島の使命も放棄し、氏族からも抜けます。〕
今さら逃げたところで無意味だ。
──だが、未来など見えぬ我が孫は何故この時に、その結論に至ったのか…?
〔それで、何を為す…?〕
〔親友を誘拐して! 大陸で冒険者を始めます!〕
度肝を抜かれるとはこのことだろう。久しく感じなかった驚愕が儂を襲った。だが、それも無意味だ。何も変わらない。あの娘が殺す順番が変わるだけだ。
そんな儂の心情すら理解することなく、屈託無い笑顔で楽しそうにカレイヤルは続ける。
〔マルテロジーはお嫁に行ったお家も、この島の家族にも突き放されました。つまり! エルフに仕える家命も、もう有りません! 自由です。あの子は、あんな檻から出て好きに生きれるんです。元気になるのに時間はかかるかもしれませんが、そこは私が助けます! 何せ全属性の魔法が使えるんですから!〕
〔その行為は無意味じゃ。〕
〔いいえ。あの子はこの外の世界をよく知ってます。きっと大陸でも本を読んで勉強して、自分の居場所を、自分の力で作れます。〕
この島を出たこともないのに、大陸言語を話せる異常な娘。見たこともない景色を見てきたように話し、この島に無い本を読んだかのようなおかしな知識。確かにあの娘ならこの島よりも大陸での生活が合うだろう。
儂が大陸言語を理解できることを知らず、二人で秘密の会話のつもりで語り合っておった光景が過る。
〔あの娘はもう助からん。〕
〔…その未来が視えたのですか?〕
〔もう決まったことじゃ…。〕
〔…、それでも、私は行きます。マルテロジーが言ってたんです。お婆様の未来視は、現在の情報を演算して可能性を導き出すものだろうって。お婆様が知覚できない新しい情報を加えたり、演算処理を超える事象があったりすれば、未来は予測と変わるって。〕
魔力を持たぬ身で儂の能力の本質に迫るとは恐れいる。
確かにその通りだ。
しかし、〈呪怨〉を覆すことは誰にもできぬ。
あれに籠められた怨念は、氏族が一丸になってもなお抵抗できぬだろう。
〔私はマルテロジーと、誰も見たことがない景色を見に行きます。誰が何と言おうと。お婆様が否定しようとも。
──あの子が、自ら、死のうとしたとしても。〕
〔何故そこまで…。あの娘の心も、未来も、何1つ見えぬ、お主が…。〕
〔私。自分の未来が視えていたんです。生まれた時から。〕
なんだその話は? そんな素振りなど微塵も…、
〔見えていたのは自分の最期だけです。生まれてきたのが間違いだったと氏族から断じられ、世界樹に捧げられることもなく、何も無い海の真ん中でお婆様達の光属性粛清魔法で圧殺される。そんな未来が。〕
それはこの島での罪人に対する処刑方法だ。簡単には死なぬエルフを殺す為の限定極大魔法。もちろん口伝でのみ受け継がれ、軽々に話すことなどない。
それを知っていると言うなら、本当に未来が見えるのか?
〔ずっと視えていたこの光景がどう言う意味を持つのか。理解した時に分かったんです。お婆様達に、私は望まれていない、のだと。
…だから、わざと魔法を暴発させて、焼死したり墜落死したりできないかと試みてたんですけどね。〕
〔──!!〕
昔は魔法制御の下手な子であった。それが全て演技であった、と。自殺を、するつもりであったと言うのか。
〔カレイヤル、お主…。〕
〔まあ、私の魔力が勝手に体を守って治すから、全部、無意味でしたけど。もう、笑うしかなかったですよ。エルフが、この島が、面倒で、嫌になりました。〕
呪いの下地に成り得るモノを、儂自らが作り出しておった、のか…。
〔そんな時。マルテロジーが私を助けようと海に飛びこんだ事件の後、マルテロジーがこっそり言ったんです。『自殺できる方法を一緒に考えてみよう。』って。『強大な魔力を持つエルフでも死ぬ方法はあるはずだ。』って。真剣な顔で。〕
…何を言っているのだ…? この孫らは…。
〔魔力の無い自分が死にかけてまで、私を助けようとしたのに、その私を、死なせる方法を探そうと提案したんです。おかしいですよね? 笑っちゃいましたよ。
──でも。嬉しかった。
死ぬな、でも、生きろ、でもなく。
苦しまずに、死ねる方法があると良いね。って言われたことが。〕
〔──っ。〕
〔それからマルテロジーと2人で、魔法を勉強しました。エルフの魔力を弱める毒があるかもと大陸の薬草について調べたり、エルフの歴史で同族殺しもあったはずだと歴史を研究したり…。あの時間は、本当に楽しいものでした。〕
この孫に魔法学習を勧めたのはあの娘だと知ってはいたが、まさかそんな理由だったとは…。
〔そしてある時。ふと気付いたんです。
ずっと見えてた、処刑の光景が全く視えなくなったことを。
お婆様達が、4属性魔法を修得した私を受け入れてくれたことを。
私が、死ぬ理由がなくなった、ことを。
そしたら、あの子が勝ち誇った顔で言うんですよ。『死ぬ方法を死ぬ気で考えると、案外、生きる気にもなるんだよ! 計画通り!』って悪人顔で。私、死ぬほど笑っちゃいました。〕
この二人は、こんな馬鹿らしい方法で、風氏族の未来視を、乗り越えた、と言うのか…。
〔マルテロジーは私に『魔法』をかけてくれた。とっても素晴らしい魔法を。
──今度は私が、彼女に『魔法』をかける番です。〕
孫の真っ直ぐな宣言と共に、強烈な光が儂の視界を覆った。
〔世界樹が…!〕
幼木が夜闇を切り開くような緑光を灯す。濃密な光を纏った何かが、樹の結晶体からカレイヤルの下へ飛んできた。
──『世界樹の葉』だ。
ただの葉が木から落ちるのとは訳が違う。あの結晶体には世界樹の核の欠片が籠められている。
死して、この世界に還った先人達の想いが、宿っている…。
〔父上…。貴殿方の御意思、なのですか…?〕
つまり、この孫は、幼木とは言え世界樹に認められ管理者と指名されたのだ。
それは「氏族の長」となるに等しい。
状況を理解できぬまま、不思議そうな顔で手の中の『葉』を眺める孫。
その時、儂の未来視が、完全な暗闇の中に生じた新たな光を捉えた。
この島の世界樹の下で。成人したマルテロジーと、同じくらい成長したカレイヤルが、手を取り合って笑っている。その周りを風のエルフや、おかしな格好の人間が笑いながら囲っている。
聞いたこともない不思議な旋律の歌を大声で楽しそうに歌う二人が、はっきりと視えた。
──あり得ない。
マルテロジーが、人として生き延びていることも。
エルフたるカレイヤルが、人と同じ速度で成長していることも。
幼い世界樹が滅びることなく、二人を迎え入れていることも。
儂は滅びを前にして都合の良い妄想を、幻視しているのか…?
──いや。
そうではあるまい。
〔行くが良い。カレイヤル。お前の選択を、世界樹がお認めになった。──自由に世界を進むがいい!〕
〔はい! まずはエルドエル家を強襲してきます! お婆様もお元気で!!〕
カレイヤルが居住区の方を向き、深く息を吸った。
「カレイヤル。光と風の戦士。
未来を! 切り開く! ──発進!!」ビュオオオッ!!
最後は大陸言語で訳の分からぬことを言い放ち、風を纏って飛んでいった。
『葉』が孫の魔力を増幅して、とんでもない勢いになっておる。
まるで、翠の流れ星の様だ。
だが、それで良い。未来など視えずとも、あの孫は大切なものをその手に掴んでおる。
〔祖霊に認められし我が孫よ。我らの未来を切り開いた、最も先を行く戦士よ。汝の行く末に、世界樹の加護がある…。〕
ふと空を見上げると、星空の中に暗い綿雲が2つ浮かんでいるのが見えた。
常に晴れている島では珍しい雲は、風に流され、揃ってどこかへと向かう。
〔さて。明日は、雨でも降るかもしれんのぉ…。〕
(カ)レイヤ(ル)
「私が! ガ○ダムだ!」
この子の方が、主人公より主人公してますね…。




