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北の限界地

 数日後、水が引いた。草の海はびくともしておらず、洪水など起きなかったかのように堂々と青葉を茂らせている。マンモスやトナカイ、馬の大群も普通に大草原を闊歩している。

 物見の話で泥沼になっている場所を教えてもらったキビアルが、チャクダ族長たちに別れを述べた。

「では、行ってきます。北に居るチャクダ族長たちのお仲間に会ったら、よろしく言っておきますね」


 チャクダ族長が穏やかな表情でうなずいた。他の住民は早くも罠の見回りに駆けだしていく。オオカミなどに横取りされている恐れがあるためだ。

「うむ。我らも有益な情報を多く得たよ。洪水には気をつけてな」



 物見の報告通り、あちらこちらに池や沼が生じていた。それらを回避しながら北上していく。小川沿いには永久凍土層が溶けてクレバス状になっている場所があるため、落下しないように注意しながら歩く。

 キビアルがクレバスの穴を見下ろして、小さくため息をついた。

(むむむ……どこのクレバスも水が溜まっているなあ。野宿には使えそうにないか)

 草の海にはヒグマの姿は見当たらないのだが、用心するに越した事はない。


 結局、日中に潅木の下に潜り込んで仮眠をとりつつ旅を続ける事になった。夜間はひたすら歩く。

(ぐっすり眠りたいけど、一人旅のつらいところだよね……)


 しかしヒグマの姿を全く見かけないので、方針を変更したようだ。日中歩いていると、小さな丘があった。とりあえず立ち寄ってみる。上空にはワタリガラスの群れが旋回している。いち早く南から渡ってきたのだろう。

 ……と、死体特有の悪臭が漂ってきた。思わず顔をしかめ、石斧を背負い袋の中から取り出して警戒する。

(死肉漁りでオオカミかキツネでも来ているかな?)


 丘に登ってみると、そこにはヒグマの死体があった。その頭が血まみれで、見覚えがある。キビアルが近寄るとキツネが数匹逃げ去っていった。石斧を投げたが……簡単に回避されてしまった。

(残念。キツネの方が上手だったか)


 石斧を回収してから、改めてヒグマの死体を改めてみる。気温が低いとはいえ、死んでから数日が経過しているようで腐敗が始まっている。多数のハエがヒグマの体に取りついているのを見て、落胆する。

(むう……食用には不向きか)

 死因はトリカブトの猛毒によるものだろう。死体の状態から察するに、泊を襲撃した次の日に毒が回って死んだようだ。人間ならほぼ即死級の猛毒なのだが、さすがヒグマである。

 打根や槍が刺さった部位は、赤黒く変色している。

(高原の民は食べているんだよね……変色した部位は食べずに捨てれば良いのかな。次回、試してみるか)

 さすがに高原の民でも、腐敗している肉は食べないだろうが……


 さらに翌日、別の小さな丘を見つけた。ここにもやはりワタリガラスの群れが上空を旋回している。立ち寄ってみると、今度はオオカミの群れがいた。

(お。今回は運が良いぞ)

 早速、打根を投擲してオスのオオカミを1頭仕留めた。他のオオカミは驚愕したのか、そそくさと逃げ去っていく。

 喜び勇んで丘に登ると、再び悪臭が。

(げ……ここにもヒグマが死んでるのか。カラスが飛んでいるから、何となく想像はしてたけどさ……)


 仕留めたオオカミの口にはヒグマの腐った肉片があった。若ハゲ頭をペチペチ叩いて、ヒグマの死体にジト目を向ける。

(まったく……死肉を食べてたのか。これじゃあ、オオカミの内蔵は食べられないなあ。おのれヒグマ野郎め)


 このヒグマも見覚えがあった。耳が半分切り飛ばされていて、片目が潰れている。

(あー……薄片で殴ったヒグマか、こいつ。案外しぶとく生きていたんだな)

 やはりここも大量のハエがブンブン唸りを立てて飛び交っているので、簡単に確認だけを済ませる。頭の大きな裂傷には、赤い泥のようなモノがベットリと付いていた。それを見て、さらに眉をひそめる。

(むむむ……この赤いのって、薄片に湧く赤カビみたいなヤツだよね。やはり毒なんだろうな。でも、トリカブトよりは毒性は低いのか)


 実際は、薄片に付着していた破傷風菌などの細菌によるものだろう。しかし、この時代には顕微鏡はない。


 とりあえず、狩ったオスのオオカミを解体するキビアルであった。ハエがうるさいので、ヒグマの死体から離れての作業になったが。

 毛皮と肉、心臓や肺、脳だけを切り分けて、皮袋に分別収納していく。毛皮にはノミやダニが巣くっているため、いったん近くの池に突っ込んで水洗いしている。消化器官は全て捨てていて、ワタリガラスの餌になっていた。


 さすが狩猟民族だけあって、作業は一時間もかからずに終了した。オオカミの毛皮を水切りしてから、背負い袋の中へ突っ込む。

(さて……まだ日が沈んでいないし先へ進むかな)



 北上していくにつれてハタネズミの数が増えてきた。凶暴化している個体も多くなっている。キビアルの姿を見て逃げていく個体が多いのだが、キーキーと威嚇して歯をむき出しにするヤツがいる。

 容赦なく、そんなハタネズミを石斧で叩き殺して手早く解体したキビアルが、小さくため息をついた。

(やれやれ……キルデさんが警告していたのはコレか。気を引き締めよう。小さいけど、噛まれると熱が出る事があるしね)

 ハタネズミそのものは毒を有していない。しかし、口腔内の雑菌には要注意だ。


 ハタネズミの肉はそれほど美味しくないので、もっぱら獣脂だけを採集していく。ロウソクや毒団子づくりで使うためだ。背負い袋を揺すって、中に入っているトナカイとオオカミの干し肉を確認する。

(……まだ余裕があるな。当面はハタネズミの肉は不要かな)


 狩りをする必要性が低かったのはキビアルにとって幸運だったと言えよう。南風が日を追うごとに強まり、気温も上昇してきたためだ。

 西には高原が続いていて、そこからの雪解け水が洪水となって東の低地へ流れ続けている。その「洪水前線」が北上しつつあった。桜前線みたいなものだ。


 この前線はキビアルだけではなく、多くの獣たちにとっても大迷惑だったようで。キビアルと一緒にマンモスや馬の大群が、草の海の中を北上していく。

 ヒグマも交じっているため、緊張を強いられる事になったのだが……小高い丘の上から眺めていたキビアルが安堵の表情になった。

(ヒグマも人間を襲う余裕はなさそうだな。一心不乱に北上している。それよりも……)


 キビアルが目を転じると、草の海の一角で血だらけになったトナカイやキツネそれにオオカミの群れがヨタヨタと北上していくのが見えた。

(ハタネズミに襲われたみたいだなあ……どんどん凶暴化している。キツネやオオカミに襲い掛かるか?)


 キビアルが休憩している丘の上にも数十匹のハタネズミが駆け上ってきた。その眼の色を見たキビアルがジト目になる。

(完全に発狂状態だな)

 キビアルにもハタネズミの群れ数十匹が容赦なく跳びかかってきた。それを冷静に石斧で一匹ずつ叩き潰していく。キーキーと鳴き叫ぶので、かなりうるさい。

 後世の人間であれば、この鳴き声を聞くと「幽鬼の怨嗟」とかロマンチックな言葉を当てただろうが……あいにく、キビアルの時代にはそんな概念はない。普通にジト目のままでハタネズミを叩き潰す。実に冷静だ。

(あー……うるさいな、もう)


 ハタネズミはキビアルの毛皮服やアザラシ皮のブーツに歯を立てる。そのまま齧られてしまうと大穴ができてしまう。背中は背負い袋のおかげで防御できているため、確実に叩き殺していく。


 数分間の戦いが終わり、安堵の表情になったキビアルが、自身の服装を点検してみた。やはり穴があいている。

(むむむ……おのれハタネズミ。補修しないといけないじゃないか)


 とりあえず仕留めたハタネズミを手早く解体して、獣脂だけを採集する。専用の皮袋の中へ無造作に突っ込んで封を閉じた。

(うん。これだけあれば充分だろう)

 ついでに丘の上に自生しているヨモギとトリカブトの葉と根も採集して、これも迅速にすり潰して団子にした。これも専用の皮袋に入れる。


 最後に仕留めたばかりのハタネズミの脳をすすって捨てた。肉はもう無視している。心臓と肝臓だけは、チョイチョイつまみ食いしているが。そうしながら補修をテキパキと済ませた。

(さて、補修おしまい。食事も済ませたし。北へ進みますかね。ここでキャンプすると、またハタネズミの群れに襲われそうだし)


 上空にワタリガラスの群れが旋回していて、数羽ほどキビアルの近くに降り立った。そんな彼らにハタネズミの死体を投げ与える。

(草の海の中だと、ハタネズミの動向が事前に分からないな。仕方がない。山腹沿いに歩くか)



 そんな訳で平原から山の斜面に移動して北上を続けたのだが……数日後。不意に平原が静かになった。キビアルが山の斜面に生えているシラカバの幹にもたれかかり、東に広がる一面の草の海を注意深く眺める。

(……マンモスや馬の群れが見当たらない。彼らの方が足速だしなあ……俺が最後尾って事か。まあ、仕方がない。平原じゃなくて山伝いに歩いている訳だし)


 その晩はシラカバの幹にハンモックを吊るす事にしたのだが……正解だったようだ。真夜中に地響きとキーキー音で目が覚めた。

 ハンモックの上から地面を見下ろすと、月明かりに照らされた斜面に数百匹ものハタネズミの群れが北へ向かって駆けていくのが見えた。ジト目になるキビアルである。

(うわー……ハタネズミの本隊かな。追いつかれたか)


 ハタネズミの群れはシラカバの木をよじ登って来ずに、真っすぐ脇目もふらずに北へ走り去っていく。しばらくすると静寂が戻り、風の音だけになった。

 ハンモックの中で寝がえりをうつ。

(とりあえず、明るくなったらもう少し斜面を登っておくか)

 草の海からはできるだけ離れた方が良さそうだ。


 しかし洪水もキビアルを追いかけて北上していた。斜面の沢が派手な轟音を立てている場面に出くわす回数が増えていく。先程までは枯れた沢だったのに、突然増水してくるので閉口している。

(北のネズミ、南の洪水か……)



 やがて海岸線が東へ遠ざかっていく場所へ来た。平原は相変わらずの草の海で、やはり獣の姿が見当たらない。

 キビアルが斜面のシラカバの林の中から、視線を北へ向けた。平原は北にも続いているのだが、東西から山が迫ってきている。三角形型の平原となっているのが予想できた。

(北へ進むと「夏だけの草原」か。確かに高原に出るような地形だね)


 一方、東へ視線を転じる。東にも平原が続いているのだが、奥にはうっすらと山脈が見える。

(ふむ……海岸線に出るのがこちらか。先は半島になっている……と。確かに、奥の山脈がぼやけて見える。暖かい証拠だね。当初の計画通りで良いな)


 その東の山脈には万年雪が覆っている。軽いジト目になっていく。

(半島でも洪水が起きているんだろうなあ……落ち着くまで待った方が良いかな)

 ここは予定通りに北上して、太陽の高さを記憶する事に決めたようだ。視線を再び北へ戻した。

(さて。それでは北の大地を見に行きますか)



 山腹沿いにシラカバの林の中を北上していくにつれて、東に広がっている草の海が狭くなってきた。東に結構な高さの山脈が迫ってきている。この山脈は頂上が平坦になっておらず、普通の山の形だ。しかし万年雪で覆われて真っ白になっている。

(高原は東にはない、という事か。マンモスとかも少なそうだな)


 進むにつれてシラカバの林が低くなり、林もまばらになってきた。草の海が山の斜面にも及んでいく。「森林限界」に近づいているのだろう。寒すぎて草しか生えない地域に差し掛かっている。

 キビアルが住んでいる黒森の民の地にも、こういった場所がある。山の尾根筋や海岸沿いだ。そのため、油断ならない気候の場所に来たと直感している。

(風が明らかに冷たく乾いてきてる。世界が変わった)


 草原だけだと風を遮る効果が弱い。そのため、土埃が空中に舞い上がって視界が低下していく。草の葉にも薄っすらと土埃が乗っている状態だ。

 そのため、この草原に棲んでいる馬や野牛は歯が磨り減っていたりする。


 さすがに南風はここまで吹かないようで、風向きは西や北からに変わっている。ほっとするキビアル。

(ようやく、洪水の心配から解放されたかな。さて……)

 潅木交じりの草原をじっと観察する。

 一面の高山植物で早くも花を咲かせている場所があり、観光するには良い季節になりつつある。とはいえ、花はどれも小さくて色も白や黄色ばかりだが。しかも、薄っすらと土埃を被っている。

 その草の海の中に、ハタネズミの群れが波紋のように蠢いている。その波の一つがこちらへ向かってきていた。


 聞き耳を立てていたキビアルが険しい表情になった。草原の向こうから風に乗って、何かの叫び声のような音が聞こえる。北の方角を見つめていると、冷や汗が自然に出てきた。

「これが、キルデさんが言っていた音かな。確かに、ぞっとするような音だな」

 狩猟民族の本能がキビアルに「絶対に近寄るな」と警告を発している。

 キビアルに襲い掛かってきたハタネズミの群れを十数匹ほど、無造作に石斧で叩き殺して……ため息をついた。

(仕方がない。あの音が消えるまで、森の中で暇つぶしだな)


 風鳴りと似ているが、それとは根本的に違う音だ。明らかに生物の喉から発せられている。魔物や幽鬼を信じるような人であれば、迷わずにそれらのせいにしただろう。信心深い人であれば発狂したかも知れない。

 しかしキビアルは、うんざりした表情でハンモックの上で寝転がっているだけだ。ちなみに材質はオスのオオカミの毛皮である。

(まったく……うるさいなあ、この魔法は)



 異様な音は数日間ほど続いたが、ようやく聞こえなくなった。普通の風の音だけになった空を見上げて、ほっとする。

(やっと収まったよ。さて、それじゃあ見物しに行くかな)


 ハンモックを背負い袋の中に収納して、それでも周囲を警戒しながら森の外に出た。草の海にはハタネズミの波は見えないのだが、山腹沿いに北上していく。

 キビアルがキャンプしていたのは森林限界のそばだったようで、しばらく歩くと森が見当たらなくなった。赤っぽい葉の潅木だけになる。一面の草原だ。高山植物に分類される種類で、葉の形が幅広い。芝の類はやはり見当たらない。


(馬やトナカイがいないなあ……さらに北へ移動したのかな。ヒグマもいないし)

 時々ハタネズミが足に咬みついてくるが、雑作もなく石斧で叩き潰していく。さすが黒曜石の石刃だけあって、一振りでハタネズミが真っ二つになる。

 獣脂はもう充分にあるので、今は解体もせずに先を急ぐ。

 そんなキビアルを見つけたせいか、上空ではワタリガラスの群れが旋回し始めた。キビアルが仕留めたハタネズミを目がけて急降下していく。


 そんな背後の状況をチラリと振り返って見たキビアルが、視線を自身の衣服に向けた。これまで何度も修繕したので、ツギハギだらけになっている。

(半島の南端に着いたら、服と靴を新しく仕立てないといけないかなあ……トナカイがいれば良いけど)


 キャンプは斜面にある大岩の上にしている。草の海の中には、まだハタネズミの姿が散見できるので安眠できないためだ。大岩は多くが火成岩だったので、いくつか石刃をつくったりしているキビアルである。



 そうやって斜面伝いに北上していったのだが、進むにつれて無数のハタネズミの死体が転がり始めた。共食いしたようで、欠損だらけである。

(あの変な音源は、これか。こりゃ酷いな)

 上空に舞っているワタリガラスやハヤブサ、フクロウを見上げてから軽く頭をかく。

(まだ用心すべきだろうね。平原には下りずに山伝いに進むか……)


 内陸へ向かって進んでいるため、徐々に標高が上がってきた。斜面の窪みには雪や氷が見える。斜面の上の方を見あげると、尾根の下に万年雪や雪渓が当たり前のようにある。風もさらに乾いて冷たくなってきた。砂塵の量も増えている。

 一方で、下に広がっていた平原は岩交じりの斜面に変わり始め、その幅も狭くなっている。そして東にそびえている山脈がこちらに迫ってきていた。この山脈も万年雪で覆われている。


 数日後。ついに平原が尽きた。目の前にはぐるりと斜面が取り囲んでいる。

 その斜面は大草原となっていて、ようやくここでマンモスや馬、それに野牛の群れを見る事ができた。彼らは草を食みながら、斜面をさらに登っている。


 彼らが向かう先には、緩やかな高原が広がっていた。一面の大草原で、北極圏の風に吹かれて幾重もの波が発生している。目を点にして見惚れているキビアルだ。砂塵が吹くせいで、二重まぶたの目をシパシパ瞬きして細めているが。

「す、すごいな……こんな豊かな草原があるのか」


 上空には南から渡ってきた鳥が、文字通り真っ黒い雲みたいになって飛んでいる。草原を歩くマンモスの群れも十頭単位で、それが数十グループもある。馬の群れもあるのだが、目を引くのは野牛の大群だろう。数百頭が大草原の中で反芻はんすうして寛いでいる。

 マンモスや馬、野牛、それにトナカイも皆、丸々と肥えている。狩猟民族としては、まさに天国だ。


 森の中を進んでいた際には虫の多さに閉口していたのだが、草原でもやはり虫が多かった。しかし、ここでは風が強いので虫が吹き飛ばされている。


 ハタネズミの大群はこの草原に到着後、各地へ散らばっていた。試しに近くのハタネズミを数匹捕まえるが、普通の状態に戻っている。

「でも、ここは越冬困難だそうだよ。凍らないように気をつけてな」

 キビアルが若ハゲ頭をかいて、ため息をつく。

「はあ……ゴミ捨ての旅じゃなければ、迷いなく居つくんだけどなあ」

 しかし、ここでようやくキルデの言葉を思い出したようだ。両目を閉じて呻いた。

(そうだった……ここは「夏だけの草原」だった。人は住めないんだ)

 この地に人類が定住できるようになるには、1万年ほど待たないといけない。


 空気も明らかに違い、乾燥して埃っぽい。空中を漂う砂塵のせいもあるのか、太陽が黄色い。そして当たり前のように冷たい風で、雨粒には氷雪が混じっている。

 特筆すべきは、太陽の高さと空の色だろうか。北極圏ではないので白夜にはならないのだが、夕方が延々と続くような印象である。

(なるほど……太陽の高さに注意ってのは、こういう事か。こんな感じの太陽と空になってる場所では越冬できないんですね、キルデさん)


 再び訪問する事はないだろうと思いながらも、足元に生えているエンドウの株元を見つけて熟したエンドウ豆を一粒拾った。去年実って、暖かくなるのを待っているのだろう。ちなみにこのエンドウは高山植物で、ミヤマノエンドウと呼ばれる種類だ。

 このエンドウ豆の粒に、今見ている風景の記憶を紐づける。

(キルデさんへの土産話にはなるかな。さて、去ろう)


 後ろ髪を引かれる思いだったが、大草原に背を向ける。南東には万年雪に覆われた山脈が伸びていて、その斜面に足を踏み入れた。これからは、ひたすら南下だ。

 ただ、その前に渡り鳥の営巣地に立ち寄って、生んだばかりの卵をいくつか採集していったが。卵の殻に穴を開けて、すすっている。卵ドロボウだ。

「美味いなー」


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