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ゴミ襲来 その一

旧石器時代の話です。舞台は現代のロシアにあるアムール川河口あたりですね。


挿絵(By みてみん)


草原とマンモスを背景にして、薄片に乗った皮袋ですね。中には石が入っています。


では、昔話の始まり始まり……


 冬のシベリアは寒い。とても寒い。氷河期の最中なので余計に寒い。どのくらい寒いかというと、氷ができすぎて海の体積が減って、海岸線が100メートルほど低くなってるくらい寒い。そんな時代のお話。


 その日は大雪が降り積もった翌日だった。

 キビアルはいつものようにソリを引いて、広大な針葉樹林の森の中を歩いて罠を見回っていた。見上げると陽光がモミの枝の間から漏れているのだが、息が真っ白になるほどの気温だ。そのモミの枝にも雪がたっぷりと乗っていて、ボソリボソリと落ちてくる。


 その雪の直撃を頭のフードに受けたキビアルが小さく呻いた。

「むむむ……意外と湿った雪だな。いつもはもっとサラサラしているんだけど」


 頭のフードに乗った雪の塊を手早く払い落とす。彼は一人で罠を見回っていて、他には誰もいない。

 背丈は160センチほどだろうか。それなりにガッシリした体格である。雪を払った拍子で頭のフードが外れると、そこには見事なハゲ頭があった。しかし年齢は10代後半に見える。いわゆる若ハゲというものだろう。


「おっと……」

 キビアルがすぐにフードを頭に被り直した。気温が低いので、毛髪が少ないと頭が冷えて大変なのだ。とはいっても完全に丸坊主ではなくて、額から頭頂部にかけて頭髪がない状態だが。


 彼の服装は筒状で、腰の紐でまとめている毛皮製だ。首には短い毛皮のマフラーを巻いている。手袋はしておらず、両手は長い袖の中にすっぽりと収まっているため、少々だらしない見た目である。

 ズボンもなく、それぞれの足を筒状の毛皮で包んで、それを腰ベルトで吊るしている形状になっている。足元はアザラシの皮でつくったブーツで、底面には樹皮が巻きつけてある。

 今は大雪の中を歩いているので、木の枝を編んで作ったカンジキを履いていた。それでも新雪なので、膝まで雪に埋まりがちになっているようだ。


 雪に埋まりかけているモミの木の枝に、罠の目印が刻まれているのが見えた。キビアルがカンジキを使って雪をかき分けて進んで到着し、その目印の下の雪を木のヘラを使って掘っていく。手袋をしていない素手なので、こうして道具を使わないと凍傷になってしまう。


 新雪で雪が固く締まっていなかったので、すぐに罠を掘り当てた。キビアルの二重の目が満足そうに細くなる。

(うん。かかってた)

 言葉には出さずに、心の中で喜んでいる。


 罠は樹皮を縄によって輪にした単純なものだ。それを対象となる獲物の通り道に仕掛けておく。この輪縄は野ウサギ用のもので、おびき寄せるために野ウサギが好む野草の地下茎を添えてある。

 しかし、この大雪のせいで野ウサギは雪に埋まって凍結してしまっていた。こうなっては、皮をはいで解体する事は難しい。いったん帰宅して、野ウサギを解凍してから解体処理をする事になる。


 まあ、こうなると分かっていたらしく、淡々と獲物を袋に入れてソリの荷台に乗せるキビアルであった。ソリは人が引っ張る形式で、かなり小さい。それでもキビアルが乗る事は可能で、下り坂では役に立つ。

 ソリも木製なのだが、この時代はノコギリやカンナなどがないので器用に枝を組み合わせて、それらを皮紐で縛って組み立てている。


 この輪罠は他にもあるようで、キビアルはあちこちに仕掛けてあるものを順に確認して回っている。しかし、どれも獲物はかかっていなかった。

(はあ……雪が積もりすぎだな。罠が雪で埋まってしまったか)

 無言でガッカリしながら、イタチ用やトナカイ用の輪罠を確認していく。トナカイ用の輪罠は脚を絡め取るタイプのものだ。雪で埋まると作動しない。イタチはクズリと呼ばれる大型の種類を対象にしている。


 結局、野ウサギを計2匹得ただけに終わった。続いて川に向かう。これは現代のロシアにあるアムール川で、この時期は全面凍結して対岸まで歩いて渡る事ができる。

 アムール川には多くの支流が流れ込んでいるのだが、湧き水や泉も多い。地下水は凍結していない場合があるので、そんな泉にはカエルや魚が多く集まっている。


 もちろんカエルや魚を獲る事が目的なのだが、同時にイタチなどを対象にした罠も仕掛けてあったりする。その罠の一つに、白黒の獣がジタバタもがいている姿がキビアルの視界に入った。少し上機嫌になるキビアル。獲物を刺激しないように無言で喜ぶ。

(お。イタチがかかってる)


 イタチは罠に長時間かかっていたようで衰弱しきっていて、キビアルと戦う力は残っていなかった。そのため、石斧の一撃で死んでしまった。

 すぐに皮をはいで解体を始める。周囲の気温が低いので真っ白な湯気が湧きたち、ちょっと視界が悪くなるが仕方がない。


 それでも数分で終わった。さすが狩猟民族である。手際がいい。部位別に切り分けた肉や内臓を、テキパキと皮袋に分別収納してソリに乗せた。

(よし……大雪の日だったけど、まずまずの成果だな)


 カエルと魚も数匹ほど木のヘラですくい取って、これもテキパキと手際よく解体していく。これらは別の小さな袋に入れている。ナイフ形の石器を使っているのだが、なかなかの切れ味だ。もちろん鉄のナイフには及ばないのだが、ガラス程度には切れる。

 この石器をよく見ると、黒くて光沢がある。黒曜石と呼ばれる種類の石だろう。見た目は黒いガラス片のようだ。


 一仕事を終えたキビアルが先ほど仕留めたイタチの腸をオヤツにすすっていると、上空がいきなり明るくなった。同時に轟音が聞こえてきて、それが急速に大音量になっていく。

「な、なんだ?」

 オヤツをすするのを中断したキビアルが思わず声を上げて空を見上げると、雲間から火の玉が落下してくるのが視界に入った。モミやツガの針葉樹林の中から見上げているので、少々見えにくいのだが……丘の向こう側に、その火の玉が落ちた。


 爆炎が丘を包み、白い衝撃波が空を駆け抜けていく。キビアルがいる場所にも轟音と爆風が襲い掛かった。

「うわっ」

 キビアルが慌てて最寄りの雪の中へ飛び込んで、両耳を塞ぐ。地震のような揺れも起きて、モミやツガの枝に積もっていた雪が全てふるい落とされて地面に落ちていく。おかげで軽く雪に埋まってしまったキビアルであった。



(……何が起きたんだ?)

 少し経過すると揺れや轟音が収まり、雪だまりの中からキビアルが顔を出した。その鼻に煙のツンとした刺激臭が届いた。思わず顔をしかめる。

(森林火災が起きてるな……さっきの火の玉のせいか)


 とりあえず雪の中からソリを引き出して、丘の向こう側を見る。確かに黒い煙がいくつも立ち昇っているが……大した火災にはならないようだ。この大雪では燃え広がらない。



 小一時間も観察していると、火災も鎮火して煙がかき消され始めた。ポリポリと頬を指でかく。太陽の位置を確認してみる。日没までには充分に時間があるようだ。

(……確認しに行くか)


 ソリを引いて丘へ向かったのだが、丘に差し掛かると森林火災の熱のせいか雪が溶けていた。地面が見えているので、ソリを置いて歩いて進む。途中でヒグマの足跡を見つけて警戒するが、周囲には気配を感じなかった。この森林火災でどこかへ避難したのだろう。



 丘を乗り越えると一気に視界が広がり、キビアルの二重の目が点になった。

「うわ……酷い有様だな」


 丘の向こう側には直径100メートルほどのクレーターが生じていた。火の玉は斜めの角度で落ちたらしく、クレーターが楕円形になっている。

 その楕円形の中と周囲は火災で丸焼けになっていた。爆風も起きていたので、吹き飛ばされた針葉樹が散乱している。丘の上から観察するキビアルの視界に、焼け死んだトナカイが数頭ほど映った。少し顔がほころぶキビアルである。

(お。これは運が良いかも)


 キビアルが使っているソリではトナカイ一頭分しか乗せる事ができない。そのため、残り一頭は解体してから近くのクレバスの中へ押し込み始めた。


 この時代、アムール川流域には永久凍土層が広がっていて、それが夏の間に一部溶けてクレバスになったりしている。この針葉樹の森も永久凍土層の上に生えているので、根が浅い。そのため、突風が吹いたりすると容易に倒れる。実際に、今回の爆風でも呆気なく倒れている。

 クレバスの中は凍結しているので、天然の冷凍庫になる。肉の保存には便利だ。ただ、イタチや熊に感づかれると食べられてしまうので、クレバスの表面を土などで埋めておく。今回は臭い消しのために、灰や炭を土の上に乗せている。

 最後に、近くの焼け残ったモミの枝に石器ナイフで目印を刻み入れて完了となる。


 キビアルが作業を終えて一息ついた。さすがにトナカイ2頭の解体は、一人では大変だった様子である。髪が薄いので頭にかいた汗が垂れて、直接目に入りやすい。

(ふう……これでよし。後日、回収しに来よう)



 解体作業中からずっと気になっていた場所に目を向けた。クレーターの中央付近だ。まだ湯気が立っている。丘の下に置いているソリにトナカイ一頭分の肉を乗せてから、クレーターの中央へ恐る恐る歩み入ってみる。

 地面は完全に雪が溶けていて、ほんのり温かい。爆発と火災の影響だろう。キビアルの靴というかブーツはアザラシの皮製で、靴底部分には丈夫なヤナギの樹皮を巻いているのだが……それでも地面の熱が伝わってくる。

(鎮火してから、結構経過しているんだけどな。まだ温かいのか。永久凍土層も溶けているなあ)


 永久凍土層にはメタンガスのような可燃性のガスが封じ込まれている場合がある。それが火の玉によって誘爆したのだろう。キビアルが先に解体作業をしたのも、この鎮火待ちが理由だったりする。


 慎重に進んでいくと、落下点に何か黒くて大きな石が地面にめり込んでいるのが見えた。そっと長袖越しに手で触れてみると、まだ熱い。

(むむむ……どうやら、この黒い石が落ちてきたのか。この近くに火山なんてないんだけどな)

 最寄りの火山は北海道で、ここアムール川河口にはない。


 黒い石はちょうど一抱え分の大きさだった。試しに石斧で叩いてみると、石斧の刃が欠けた。目を丸くする。

「ほえ? 黒曜石よりも固いのか、これ」

 持ち上げてみると……確かにとても重い。これは固そうだ。

(むむむ……これだけ固い石なら、石器の材料に使えそうだぞ。あ。でもまだ熱いから冷やさないと)

 長袖越しに、まだ熱が伝わってきている。毛皮服の毛先が黒く焦げたので慌てて手を離した。この時代は衣服や靴は自家製なので、つくるのが大変なのだ。


 とりあえずクレーター内に生じた池に黒い石を落として、冷やしてみた。永久凍土層が火災の熱で溶けてできた小さな池だが、冷やすには好都合だ。

「ジュ!」

 音がして、小さな泡が生じた。どうやら思っていた以上に熱かったらしい。さすがに氷水の池なので、すぐに熱が取れて冷めた……のだが。


<パキン!>

 黒い石が割れて、薄片が一枚生じた。キビアルが小首をかしげて、その薄片を拾い上げてみる。

(あらら……急に冷えたせいで割れちゃったのか。しかし、石の中身も真っ黒だな)

 そのキビアルの表情が大真面目になった。薄片の縁を指でなぞる。

「おお。凄い切れ味だぞ、これ。大発見じゃないか」


 黒い石の方も冷えたので池から引き上げてみると、これにも無数のヒビ割れが生じていた。

(こちらの石も持って帰るとするか……石刃が多く取れそうだ)


人物紹介ですね。まずは本編主人公のキビアルです。こう見えてもまだ10代後半だったりします。


挿絵(By みてみん)


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