第二話 藪を突いて
1
エノリ村は人口千人程度の中規模の村で、西海岸沿いの小さな半島の中程に位置している。この村は周囲を険しい山と急流の川に囲まれており、通信用ケーブルも引かれていない辺境の村である。
一行がエノリ村へと到着したのは午後五時頃であった。見張りの居ない村唯一の連絡橋を渡り、長い坂を登ると、段々畑が広がる長閑な村へと辿り着く。日は落ちかかっていたが、挨拶程度はしておこうと野良仕事帰りの村民から役場の場所を聞き出し、その足で役場へと向かった。
村役場は古びた木造二階建ての建屋で、床板はアリアの重いブーツに踏まれるとギシギシと音が鳴る。アンはササクレの少ないエントランスの柱に関心を持ちつつ、アリアの後を追い役場へと入る。幸いにも役場の職員は残っており、声をかけると慌ただしく村長を呼びに二階へと走って行った。アリアはこの職員の様子にただならない気配を察し、意識を仕事モードに切り替える。
程なくして六十歳位の小太りの男性を連れて降りてきた。安い染髪料を使っているのか、不自然に黒い髪をしている。
「ど、どうも村長のヘンミです」
息を切らせながら挨拶をしたヘンミ村長は一行を見て分かりやすく落胆する。アリアはその落胆を払拭させるように慣れた様子で力強い握手をして名乗ると、依頼を受けた斡旋所の証書を見せる。
「おお、上級保護官の方ですか!ありがたい。早速なのですがご相談がありまして、どうぞ二階にお上がりください」
証書を確認した村長は一転して明るい表情を浮かべると、アリア達の返答を待たず、二階へと案内される。せっかちというより焦っている。
二階にはいくつかの扉が並んでおり、その中の会議室と書かれた部屋の扉を村長は無造作に開ける。中には五人の男性が長机を二台向かい合わせにして座っていた。その男性達の目が一斉にアリア達へと向けられる。
「みんなこちら想霊調査のご依頼を受けて頂いたブラッドレーさんだ。丁度良くお越しくださった」
村長がそう言うと、アリアは姿勢を正して名乗る。笑顔は見せないようにした。
「こちら自警団のメンバーです」
村長は五人をそう紹介する。
「はっ、随分と若いお嬢ちゃんだな?」
自警団の一人、腕に入れ墨を入れた男から嘲るような言葉が出てくる。口には出していないが、他の者も思っていることではあるだろう。
「おい失礼なことを言うな。ブラッドレーさんは上級保護官の資格をお持ちで信頼できる方だ」
村長が嗜める。肩書に弱いタイプのようだ。
「それはそれは、お勉強が出来てお偉いことで」
入れ墨男からまた皮肉が出る。
「ところで私達はブラッドレー様とは別件の大学研究所からご依頼を受けて参ったのですが、同席しても宜しいでしょうか?」
アンが多少落ち着いたタイミングを見計らい口を挟む。
「えっ、ああ、そうなのか。そいつはすまない。同席していただいても構わないが、そちらのお話は明日また改めてということになるな。それでも宜しいか?」
村長がアンの言葉に驚きと僅かな疑いの目を向けながら答える。
「ありがとうございます。こちらはそれで構いません」
アンがそう言うと、村長は了承して端の席に座るよう促した。
「では、簡単に状況を説明しますと、現在連日で魔物が侵入して人が襲われています」
村長が現在の状況を説明した。二ヶ月程前から村外れの森にゴブリンと呼ばれる子鬼の群れが住み着き、その頃から魔物が村を襲うようになったとのことだ。ただし襲ってくる魔物はゴブリンとは別で、腹が異様に膨れた幼児のような見た目で、作物を食い荒らし、人や家畜に無差別で襲いかかってきたそうだ。襲ってきた魔物は殺して焼却処分にしたが、これが二週間に三回も起きているそうである。
「これまでは魔物が村に侵入することなど年に一度あるかどうかで、今の状況は異常です。襲われる前に住み着いたゴブリンを駆除したいのです」
村長はそう言ってアリアに協力を求める。
「聞く限り、侵入した魔物は餓鬼という想霊ですね。弱い魔素でも小動物の死体を素体にすると簡単に発生します。ただいくら簡単に発生するといってもここまで短い間隔で現れるのは良くない兆候ですね」
アリアが話を聞いて推察する。魔物は想霊を含めた、普通の生物とは異なる存在の総称である。魔素等の影響で巨大化や凶暴化した生物も魔物と呼ばれている。
「そうでしょう!なのでさっさとゴブリンを駆除したいのですが、魔物の住処に出向いて駆除するには上級資格を持つ自然保護官の同行が必要なので困っていたのです。依頼を出したときは調査依頼だったので上級資格者が派遣されないかもと思っていたのですが、ブラッドレーさんに来ていただき助かりました」
村長が口速にまくしたてる。既に討伐することは村長の中では決定事項となっているようだ。
「お待ちください。まずそのゴブリンらしき魔物と今回襲ってきた餓鬼との因果関係が不明です。それに討伐するにしても種類も数も不明です。それらを調査しないと討伐するか共存するかも決められません」
アリアが村長の強引な話の進め方に辟易しながらもそれを顔には出さず、落ち着かせるように丁寧に確認を取る。そもそもゴブリンと呼ばれる想霊は対処が厄介なのだ。ゴブリンはイタズラ好きな想霊であるが、イタズラ好きの魔物の伝承は世界各地にあり、それらの情報が混ざり合うためか性質は千差万別である。また見た目も毛のない猿のような姿や小柄な老人、羽の生えた小さな子供の姿をしていることもあるため目撃情報だけでは討伐すべき危険な存在か共存すべき重要な存在かの判別がつかないのだ。
「共存?お前の頭はお花畑か?あのな、ゴブリンが移ってきて村が襲われてんのに、因果関係も何もねーだろ」
先程からアリアに対して野次を飛ばしている入れ墨をした男が馬鹿にした口調で言う。三十過ぎ位で、縦にも横にも大きい、腕っぷしには自信がありそうな大柄の男である。
「その割には住み着いてから襲撃までに時間が掛かっています。人間に敵対的であればすぐに襲ってきます。そのゴブリンらしき魔物と今回の餓鬼の襲撃との関連について何か確証はありますか?」
「はぁ?バケモンが住み着いてからバケモンに襲われたんだから関係あるに決まってんだろ」
男は相変わらず馬鹿にした口調でアリアに答える。
「それでは直接的に関連しているという説明にはなりません。そのゴブリンらしき魔物が人間を襲う理由が知りたいのです」
アリアは正直かなり苛ついていた。入れ墨男のお陰で話が全く先に進まない。
「お前、舐めてんのか?あ?」
入れ墨の男が立ち上がって凄むがアリアは無視して話を続ける。
「そもそもにゴブリンと仰っていますが、間違いはありませんか?それに群れというお話ですが何体いるかは把握されていますか?」
「それについては確証はありません。小柄で服を着ている魔物なので恐らくゴブリンだと思いますが……。数は正直わかりません」
村長がおずおずと答える。
「まずゴブリンだった場合の話ですが、人間に害意を持っていない限りはこちらから殺すことはしません」
「それでは害意が無い場合は放置するのですか?突然襲いかかってくることもあるのでは?被害が出てからでは遅いのではないですか?」
村長が抗議する。村長の場合はさっさと不安材料を無くしたいために駆除したいのだろう。当然と言えば当然である。
「放置はしません。相手の動向を見ながら、こちらには害意は無いというアピールを続け共存を目指します。もし敵対的なタイプであればそいつらのコミュニティを徹底的に調べて殲滅する必要があります。どちらにせよ根気が必要になります。不安は理解できますが慎重な行動をお願いします」
村長は不満はあるようだったが、仕方なくといった様子で引き下がった。
「さっきからあんたは調べるとか何とか言って、逃げることばっかりだな。正々堂々と戦うってことを知らないんだ?あ、もしかしてあんた怖いの?はぁ、上級資格だか何だかんだ知らねーけど、こんな弱っちい姉ちゃんじゃ話にならねーよ」
入れ墨の男がまた口を挟んでくる。何かと突っ掛かってくるところから、ゴブリンを退治したくてたまらないといった雰囲気が感じ取れる。腕っぷしが強い人間によく見られる光景である。
「怖いのは当然です。人間は簡単に死にます。道具を使えば非力な子供でも屈強な大人を殺せるんです。ゴブリンの多くは非力でそこまで賢くはありませんが、道具も火も使いますし、かなり複雑な言語も使用します。相手の実態を掴まずに不用意な行動をすると手痛いしっぺ返しを喰らいますよ」
「だったらこっちも道具を使えばいいだろが。あんた馬鹿か?」
入れ墨の男は挑発するように呆れた顔をする。
「相手もわからずに武器は準備できません。ゴブリンだったとしても、持っている武装が不明です。万が一にも向こうが銃器を保有していたらどうしますか?周辺に罠を仕掛けているかもしれない。相手は正々堂々と戦う筋合いは無いんですよ?」
アリアが相手の言葉を引用して反論する。これが入れ墨男の癇に障る。
「さっきからネチネチうるせーんだよ。こっちだって馬鹿じゃねーんだ。煙で燻して逃げたところを叩くことくらい考えているわ」
入れ墨の男は「はい残念でした」と言わんばかりに手の内を披露する。自分自身では絶対的自信のある案なのだろう。
「その策は確かに効果は高いですが、煙の中で戦闘を行うには相応の訓練が必要です。蜂の巣を採るのとは訳が違います。相手は蜂と違って大人しくはなりませんし、視界が限られるので同士討ちの可能性もあります。当然相手も死にものぐるいで抵抗しますからかなりの危険が伴います。もし万が一のことがあった時、ご自身は良くても残された家族が悲しみます。貴方もご結婚されていますね?」
アリアは入れ墨男の左手の薬指を見て諭す。入れ墨の男は流石に怯み、日和見だった他の自警団達もアリアに賛同するよう頷く。
「それにゴブリンは器用ですから強力な想霊に重用される場合が多くあります。向こうから襲いかかってくるなら話は別ですが、ただ不安だからという理由だけで討伐を進めることはできません。情報を集めて吟味し、一つ一つ可能性を潰して最良の方法で対処する必要があります」
「そんな悠長にやって被害がでたらどうすんだ?あ?」
男が苛ついた顔で反論し、アリアの前に詰め寄る。並ぶとアリアの頭一つ分は大きい。
「調べず不用意に動く方が被害が出ると申し上げているのです。そもそもに想霊かどうかも不明です。最悪人間の犯罪集団という事もあり得る。それに想霊が群れで行動する場合は強力なリーダーがいます。相手は何か、目的は何か、敵対的なのかどうか、そういったことを正確に確認しないと事態を悪化させます。襲われて焦る気持ちは解りますがここは冷静になってください」
「別に焦って何かねーよ!」
「でしたらまずは調査にご協力ください」
アリアが威圧的な態度にも動じずに淡々と話す。
「じゃあ何か?調べている間に村のみんなが殺されてもヘラヘラしてりゃいいのか?お前に責任取れんのか?」
入れ墨男はなおも嫌味を言って食い下がる。後に引けなくなっているのもあるのだろう。かと言ってアリアも引く訳にはいかない。家族のことを引き合いに出すタイミングをミスったなと後悔しつつ、この無駄な時間を終息させるため少し強引な手に出た。
「それを守ることが自警団の仕事でしょう?それともあなたは殺しに行くことしか考えられない頭脳をお持ちなのですか?」
アリアは相手を挑発する。
「てめー誰に向かって口効いてんだ!偉そうにしてないで大人しく依頼者様の言うことを聞いてろ。クソアマが!」
面白いほどに簡単に挑発に乗った入れ墨男は、アリアの胸ぐらに掴み掛かる。誘導されていると気づいていない。
アリアは胸ぐらに伸びた男の手を捻り上げ後ろ手に回すと、膝裏を足刀で蹴り落とし膝立ちにさせる。男は腕の関節を極められ身動きが取れなくなる。
「依頼者の安全を守るのが私の仕事です。そのためには私の指示に従ってもらう必要があります。それが出来ないのであればこの仕事はお受けできません」
そう言ってから、アリアは男を解放する。入れ墨男は解放されると再度アリアに殴り掛かるが、軽く避けられ今度は足を払われ盛大に転んでしまう。それでもしつこく入れ墨男は椅子を持ち上げ投げつけようとするが、それは他の自警団員達に止められた。騒然とする中でアリアは冷やかな目で村長の方に歩み寄る。我に返った村長が慌てて謝罪する。
「も、申し訳ありません。緊急事態なもので皆、神経質になっておりまして……。もちろん我々としてはブラッドレーさんの指示に従うようにいたします」
入れ墨の男を一蹴した実力を見て、村長のアリアに対する不安げな態度が一転し、少し恐れるようになっている。アリアの強引な手段が功を奏した形にはなった。
「ありがとう。とにかく今の状況はかなり危険であることは間違いありません。調査はもちろん行いますが、自警団の皆さんは見張りと見回りの実施をしてもらいます。あと村人達には夜間外出の禁止を徹底させてください。今夜も魔物に襲撃されることも考えられます」
そう告げると村の地図を持って来てもらい、見張りの配置場所の検討を始める。入れ墨の男は居づらくなったのか、「やってられない」と文句を言って退室する。
アリアは間違っても単独で討伐に向かわないようにと、自警団の一人に付き添いを依頼する。自警団の一人が、「あいつのカミさん頭良い上に恐いから、カミさんに伝えれば大人しくなりますよ」と、苦笑しながらも後を追っていってくれた。
「では改めて見張りの配置を決めていきたいと思います」
アリアが改めて広げた地図に向き直った時、扉が激しく叩かれた。
「村長!大変だ!またゴブリンが襲ってきた!」
2
ゴブリンの侵入を告げる言葉と共に、扉が開けられ職員と少年が入ってくる。少し前に東側の森から不気味なゴブリンが現れたのだという。現在は自警団が村へと通じる橋の途中で食い止めているとのことだ。
アリアは入ってきた少年に魔物の外見と数を確認する。
少年が言うには身長は大人位、刃物や棒状の武器を持っていたとのことだ。五、六匹はいて、銃で撃たれても死なずに立ち上がったらしい。アリアは少年から情報を聞き出すと、周りに指示を出す。
「みなさん、現場に行ける方は私と一緒に来てください。相手は実体があり大きさも人間程なので複数人で相手をすれば簡単に抑え込めるでしょう。動きを封じれば良いので刺又を使ってください。それから夜間では誤射の可能性もあるので銃火器は絶対使用しないでください」
窓の外はほぼ日が落ちており、何とか景色の輪郭が見える程度にしか光は残っていなかった。
「村長、持ち運びできる照明器具はありますか?」
アリアが村長に確認すると、村長は焦りから声もでず首を横に振って回答する。
「では、ディーゼル燃料を用意してください」
「な、何に使うんですか?」
村長は、絞り出すように声を出す。
「私のバイクに広域のライトが付いていますのでそれを使います」
村長はわかりましたと言って駆けて出ていく。アリアはその背に役場の入り口で待っていると伝え、今度はシャルとアンの方に向き直る。
「すまないが、手伝ってくれないか?バックアップを頼みたい」
手伝って貰うか少し悩んだが、恐らく今回のような急襲では村人達よりも二人の方が頼りになる。
「はい!頑張ります!」
「了解っす。あ、でもあたし銃以外は包帯巻く位しか出来ないんでご了承ください」
二人とも最初からそのつもりだったようで即答した。その答え方にもかなり余裕が見て取れる。アリアは二人に礼を言うと、外へと向かった。それを契機に自警団の男達も装備品を準備しに部屋から出ていった。
外に出ると真っ暗闇の中、防災スピーカーから魔物発生の警報が鳴っていた。最近訓練でも行ったのであろう迅速な対応である。アリアは役場の対応に感心しながら、軍刀とポリカーボネート製の盾を取り出す。シャル達もライト付きのヘルメットを装着する。その間に役場の職員が燃料を持ってきて給油も完了していた。
アリアは準備を終えると魔物がいる橋へと走らせる。ほんの数分で周囲から怒声と銃声が聞こえてきた。
3
村から橋までの間には百メートル程の長く緩やかな下り坂があり、アリアはその坂を下りながら状況を観察する。
橋のたもとでは魔物五体と村の自警団であろう男性四人が交戦していた。自警団は散弾銃を使い、魔物は投石で応戦しているが、明らかに魔物の方が優勢である。村人の方はかなりの逃げ腰で、逆に魔物の方は飛び跳ねたり手を叩いたりとからかう素振りを見せている。たまに散弾銃が魔物に当たることもあるが、小さな弾が数個当たった程度では軽くふらつかせる程度の効果しかない。
「やっぱレッドキャップだな」
アリアは魔物を見て予想していた通りの想霊であることを確認した。レッドキャップは人型の青黒い皮膚に赤い目と髪をした残虐で攻撃的な想霊である。大きさは成人男性より少し小さい程度だが、道具を使う知能がある。大抵は残忍で人間を敵視しており、今回もご多分に漏れず敵対的である。
アリアは橋の周辺が見通せるように広域ライトを配置すると、盾と軍刀を手に取り争っている村人の所へ駆け寄る。
「魔物討伐の依頼を受けた自然保護官のアリア・ブラッドレーです。いきなりで恐縮ですが私の指揮に従ってください」
アリアは村人の前に出て投石を防ぎながら話しかける。見ず知らずの女に突然従えと言われて反感があるかとも思ったが、村人達は素直に頷いてくれた。しかし一人がすぐに不安そうな顔をする。
「すまねぇ。俺が足やられちまって上手く動けねえんだ」
村人の一人が足を引きずっていた。それに他の面々も頭や腕など投石で痣になっていた。
「承知しました。私がここで進行を防ぎますので皆さんは下がって手当を受けてください」
アリアはそう言って後方に待機しているアン達に視線を送る。その会話を見ていたレッドキャップ達がチャンスと見たのか鉈を持って切り込んできた。距離にして十メートル程度を走って一気に距離を詰めてくる。
「調子に乗んな」
アリアはそれを盾で弾くと、体勢を崩したレッドキャップに軽く蹴りを入れ無防備になったところを袈裟斬りにする。レッドキャップは肩口から脇腹にかけて両断され、どす黒い血飛沫を上げて倒れる。返り血を盾で防ぎながら、アリアは続いて切り込んで来ていた別のレッドキャップに軍刀を突き出す。軍刀はするりとレッドキャップの腹に突き刺さるとそのまま股間まで骨盤もろとも斬り下ろす。するとレッドキャップはそのまま自らの血溜まりに崩れ落ちた。
どちらのレッドキャップもギャアギャアと叫んでいたがアリアが蹴り飛ばし端に追いやると、そのうち大人しくなった。しかしその間に残りの三体は橋の方まで逃げ出していた。
「追撃はするな。橋の下にも隠れているぞ。下手に突っ込めば挟撃される!」
アリアが散弾銃を構えて追いかけようとした村人に注意を促す。村人は素直に従い、アリアと共にバイク近くまで後退する。ちょうど自警団達も到着していて、アンから状況説明を受けていた。緊急放送が功を奏したのか十人以上の男達が集まっていた。
「アン、この人の応急処置を頼む。自警団の皆さんは橋の下に隠れているレッドキャップの足止めをお願いします。少なくとも二体は隠れています」
アリアは足を怪我した村人をアンに託すと集まった自警団員に指示を出し始める。
「私が橋の前にいる三体を相手します。その間皆さんは橋の下のレッドキャップが上がってこないよう見張ってください。もし強引に上がろうとして戦闘になった場合は最低でも三人で対応し、刺股で相手の動きを封じるようにしてください。こちらから下におりる必要はありません。下手すると下にも待ち伏せがいるかもしれません。油断せずに常に周囲を警戒してください」
回りを見回し村人達が従ってくれていることを確認すると更に続けて、
「あいつらが一体でも村に侵入されれば住人から死者が出ると思ってください。しかしここから村まではこの坂を登る必要がありますから、ここを押さえていれば侵入を確実に防げます。無理せずとも確実に守れます」
「あの、あそこの三匹はあなたがやるのですか?」
最初に侵入を食い止めていた村人が三体を指す。大人四人が散弾銃を使っても太刀打ち出来なかったのである。
「ええお任せください。あいつらには銃より剣の方が効果的ですし三体程度なら同時に相手をしても問題ありません。しかしそれ以上は囲まれる可能性がありますからどうか足止めをお願いします」
アリアはニッと余裕のある笑みを浮かべる。
「はっはい。わかりました!任せてください!」
アリアの言葉と表情に村人は背筋を伸ばし返答をする。アリアは出会い頭に二体倒せたのは運が良かったなと内心でほっとしていた。自警団員の信頼も得られたし、戦闘の難易度もかなり下がった。
「よし、行くぞ!!」
アリアが号令をかけると一気に坂を駆け下りる。アリアは橋のたもとのレッドキャップへ、自警団達は橋の左右に分かれて川原の方へと向かう。
橋まで下っていた三体のレッドキャップはアリアが一人になったのを見ると、一斉に襲いかかってきた。アリアは攻撃を捌きつつ後退し、道幅が狭い坂まで誘導する。自警団の戦闘状況を確認しフォローするためだったが、何のトラブルも無くレッドキャップを押さえ込んでいた。アリアはそれを見て油断しないよう、激励を飛ばす。
「上手く自警団員の人達を使ってるなぁ」
「お芝居みたい。わざとかな?」
「そうなんじゃない?あれくらい格好良く指揮してくれると気分も高揚するし」
「でもあのレッドキャップ、なんであんなにこの村に入りたがってんだろ?」
「レッドキャップって同族以外は攻撃対象なんだろ?」
「そうなんだけど、逃げないなぁって」
「総攻撃すれば勝てるっておもってんじゃない?」
「そっか」
後方で待機しているアンとシャルが戦況を確認しながら雑談していた。それくらいに戦況は目に見えて優勢であった。
自警団は既に二体を押さえ込み動きを封じており、アリアも三体のレッドキャップを相手取り圧倒していた。レッドキャップは赤錆まみれの手斧やのこぎりを乱暴に振り回し、隙をついて村へと入ろうとしてくるが、アリアはそれを許さず、確実な位置取りをしながら、的確に相手に攻撃を加えている。丁寧に攻撃をしている分、一太刀で斬り伏せることは出来ていないが、数回の打ち合いで既に一体の片腕を切り落としていた。アリアはそれでも無理にとどめを刺そうとはせず、確実な勝利のために丁寧な戦闘を続けていた。それが裏目に出た。
予定外の人物が目に入ってきたのだ。
「おい、ここには来るな!」
アリアが叫ぶ。
「うるせえ、お前の命令なんか聞くかよ」
あの入れ墨の男が遅れて到着したようだ。
アリアの右手側にいるレッドキャップの横手に走り寄り、手にした棍棒をレッドキャップに叩き付ける。
殴られたレッドキャップは衝撃で前のめりになるが、倒れるに至らない。むしろ想定外の動きにアリアの動きが制限される。入れ墨男はさらに攻撃を加えるように三体の後ろへと回り込む。アリアと挟み撃ちするような形である。
「駄目だ!そこに立つな!足下を見ろ!そいつはまだ動く!」
アリアが男の立ち位置を見て慌てて警告を出す。しかし遅かった。入れ墨男の足下にレッドキャップがいた。最初にアリアが腹を斬り裂いたレッドキャップだ。数メートルの距離を這って移動し、草むらに伏せていたのだ。ドス黒い体液が這った軌跡に沿って帯状に続いている。想霊は普通の動物ではないから、腹を裂かれた程度では死なない。強い意志を持って攻撃をすれば、魔素が浄化され弱体化するが、それでも即死するには至らないのだ。
「ひいっ」
入れ墨男は足下を見て情けない悲鳴をあげる。突然現れた足下のレッドキャップはまるで地獄の亡者のような形相をしている。飛び退いて逃げようとするが、レッドキャップに足首を掴まれ転倒してしまう。
それを見たアリアと対峙していたレッドキャップは入れ墨の男に向かって手斧を振り上げる。
「わぁぁぁっ」
男は身動きが取れず、反射的に両腕で頭を覆い縮こまる。レッドキャップは残虐な笑い声を上げながら手斧を振り下ろす。
「ちっ」
アリアが舌打ちをしながらも、そのレッドキャップに体当たりをする。体当たりされたレッドキャップは大きく吹き飛び、坂をニ、三回ほど転がり回ってから止まる。
男は無事であったが、アリアに妨害されていた二体がここぞとばかりに村の方へと走り出す。
アリアは一体の足を引っ掛けてうまく転倒させたが、もう一体を逃してしまう。
「スレイ君すまない、一体そちらに行った!」
アリアは咄嗟にスレイに声をかけた。無関係の幻獣にお願いするのはお門違いだし失礼にもなるが、村に侵入させて死傷者が出てしまっては遅い。
「ほーい」
しかしレッドキャップの前に出たのはシャルだった。幼い見た目の少女が気の抜けるような可愛い返事をして、レッドキャップの道を塞ぐように陣取る。手には分銅付のワイヤーロープがあり、それを振り回している。
アリアは逃げるよう言おうとしてやめた。シャルの立ち方、視線の送り方が熟練者を思わせたからだ。事実その通りであった。
「ほい」
シャルは自分に向かって走ってくるレッドキャップにワイヤーロープを投げつけ首に巻き付かせる。レッドキャップは激昂しシャルへと向きを変える。シャルは動じず、バックステップをして距離を保ちながら朗々と声を上げる。
「神経伝達を禁ずることにより、動くことを禁じます!麻痺!」
シャルがそう叫ぶと、レッドキャップは突然走る姿勢のまま固まり前のめりで倒れた。しかも倒れた後も痙攣して動けないでいる。
「うそだろ禁術なんて使えるのか?」
アリアはシャルの使った技に驚きを見せる。驚きながら残った二体のレッドキャップを袈裟斬りにして止めを刺す。禁術とは魔素を使って現象を阻害する技で、燃焼を禁じれば火は消え、流動を禁じれば水の流れは止まるというものだ。ただ効果は僅かであり日常生活でこの技を活用できる場面はまず無い。しかし魔素を元に動いている想霊が相手の場合は上手く使えばシャルのように動きを阻害することも可能ではある。
すると麻痺して倒れたレッドキャップのそばにスレイがゆっくりと歩みよる。そして左右の前足をそれぞれ頭と腰に乗せる。
グチャリという音が辺りに響いた。
「ひぃっ」
またも入れ墨の男が悲鳴を漏らす。当事者のシャルはというと油断無く潰れたレッドキャップの状態を観察し、完全に動作が停止していることを確認するとアリアに向かって両手で大きく丸を作る。
「助かった!こちらも動作停止確認した!」
アリアはシャル達に礼を言う。
「大丈夫か?」
アリアはへたりこんだ入れ墨の男に声をかける。既に足首を掴んだレッドキャップは動かなくなっている。体液を流しすぎて停止したようだ。
「あ、ああ」
男は流石に落ち込んだ様子で答える。
「詳細は後で聞く、今は後方で休んでいてくれ。まだ仕事は残っているぞ」
アリアはそう言うと、残りのレッドキャップの止めを刺すべく川原へと向かった。
4
アリアは全てのレッドキャップの動作が停止しているのを確認すると、村長にその身体を燃やすよう指示する。想霊は魔素を元に動くが、特にその魔素の濃度が高い核が残っていると近い内に復活してしまうため、灰になるまで焼く必要がある。灰自体も魔素の記録が残っているため、その灰も聖職者に祈祷をしてもらい完了となるが、費用も時間もかかるため、低級な想霊の場合川や海に流してしまう場合もある。
アリアは更に自警団達に家々を回って村人の安全と現在の状況説明、夜間外出の禁止を伝えるように改めて依頼した。
「先程は助かった。ありがとう」
レッドキャップの後処理指示を終えたアリアがレッドキャップの持っていた武器を観察していたシャルとスレイの足を綺麗に拭っているアンに礼を言う。
「あれって禁術だろ?あんなものまで使えるのか」
「おおっ。結構マイナーなのに良く知ってますね」
シャルが嬉しそうにする。禁術は小型の想霊くらいにしか効果が無く、決まったやり方が確立しているわけでもないため使い手が少ない。そのため存在すら知らない人の方が多い。
「まあ元軍人だからね。戦闘に役立つ技術や知識は多少はあるつもりだよ」
「しかしアリアさん本当に強いっすね。レッドキャップ七匹で死者ゼロとか」
結果的に今回最初に足を怪我した村人も含め生命に別状がある怪我をした者はいなかった。
「守りやすい立地だったからね。村に入る前に対処できたのは良かった。村に入られてたら危なかったよ。今回は見張りの人が一番の功労者だな」
「それなんすけど日が暮れる直前にゴブリンが村の入口付近でギャアギャア騒いでいたらしくて、それで警戒を強めてたらしいっす。多分あたし等が村に入った直後くらいっすね」
アンがいつの間にか自警団から聞き出していた情報を伝える。
「マジで?」
アリアが驚いたように聞き直す。
「マジで。やっぱりゴブリンが魔物を扇動してるって言ってましたよ」
「そのゴブリンはその後何処にいったんだ?本当にゴブリンの仕業か?」
「茶褐色の肌の小柄って話なんで騒いでたのはゴブリンで間違いないと思います。でそのゴブリンは人が来たら逃げたらしいっすね」
「そんでその後にレッドキャップが現れたと。なんかそれ、ゴブリンが扇動しているというより、警告したように見えるんだが」
「あたしもそう思います。なんか襲撃を教えてくれた感が強いっすね」
アリア達が会話をしていると、一人の男性が近付いてきた。入れ墨の男だ。
「おい、どうだやっぱり俺の言った通りだろう。ちんたらやってるからこうなるんだ」
入れ墨の男がまたもや突っ掛かってくる。落ち着いたらまた喧嘩腰に戻ったようだ。
「あれはレッドキャップという想霊です。住み着いたゴブリンではありませんよ」
「だから!こんなに襲われてるのは異常だろう!」
「それはその通りです。しかしゴブリンとの関係性は不明のままです。先程から貴方はゴブリンを首謀者と考えているようですが、何故なのですか?何かご存知なのですか?」
アリアが問いただすと、男は憤然としながらアリアに怒鳴るように言い放つ。
「ゴブリンから村人達を殺すって言われたんだよ!」
それを聞いたアリアは血の気が引いた。
「何故それを早く言わないのですか!」
入れ墨の男の言葉にアリアの態度が変わる。ゴブリンからそのような宣告をされたとなると方針が大きく変わる。脅しの手法を取るということは、人間が恐怖することを悦ぶような、知能レベルが高く残虐性の高い想霊である可能性もある。
「詳細を教えてください!」
アリアが少し焦ったように問いただす。下手をすれば今の襲撃も陽動の可能性がある。
「ふん、そんなに言うなら教えてやる」
入れ墨の男はアリアの態度に少しの優越感を持ちながら、それでも思い出すと辛いのか、一度ツバを飲み込んで一呼吸置いてから話始める。
「ガキの頃イノシシ狩りの手伝いをしてたときに東の山で罠に掛かったゴブリンを助けたんだがな、その時に、復讐してやる。お前たち殺してやる!って言ってきたんだよ!」
男はその時のことを思い出してか、怯えたように話す。
「……ガキの頃?」
「その時の俺はビビッて逃げちまったんだが……」
「ちょ、ちょっと待ってください。子供の頃ってどれくらい前なんですか?」
「あ?二十年くらい前だな」
「あー、そうっすか……」
アリアは乾いた笑いをする。どっと疲れた。アリアは最近住み着いたゴブリンから宣告されたと思ったのだがどうやら早とちりだったようだ。助けた相手から脅された上に相手は魔物だ。子供の頃の経験としてはトラウマになるかもしれない。しかし情報が古すぎる。確かにずっと怨みを持ち続け復讐の機会を伺っていたということも考えられない訳では無いが、レッドキャップを操るほどの存在であるならもう少し上手くやるだろう。留意すべき情報ではあるが結局は調査するしかなく、方針に影響を与えるレベルでは無かった。
「なんだ?文句あんのか?」
「いえ、確かに可能性としてはありえます。ですが、少々間があいています。もう少し状況を教えていただけないでしょうか?」
古い情報ではあるが、貴重な情報でもある。アリアは緊急性は無いと判断しつつも、入れ墨の男から詳しく話を聞く。
「ふん、仕方ねえ。あいつは罠にかかって足の骨が露出する程の怪我をしていたんだ。けど見つけたときはそこまでの大怪我だって気付かねーで、舎弟になったら助けてやるってとか言って勿体つけてて、んで怪我に気付いて慌てて助けたら、殺すって言われて、ビビって逃げたんだ」
入れ墨男はたどたどしく説明をする。それでも色々な後悔が渦巻いていることが十分伺える。
「その後どうなったのかわからないのですか?」
「数日後に見に行ったら消えてたよ。噂にもなってねー。」
「そうですか。しかし随分と時間が経ってます。その助けたゴブリンである可能性は低いのでは?」
「俺も最初はそう思ったんだが、念の為ゴブリン共が住み着いた巣の近くに行ったんだ。一応関係無い奴だった時の為に家で作った野菜も持って行って。ゴブリンには優しく接した方が良いって絵本にも書いてあるからよ。あ、俺のガキが読んでる絵本にそういうのがあるんだが……」
特に聞いていないのに子供の話をする。偉そうにしてた割に突然にやけ出し、妙に幸せそうでイラッとする。
「それで野菜を持って行ったんですね」
アリアが話を元に戻す。
「ああ、だが、結局その持って行った日に魔物が侵入してきたんだよ」
「野菜を持って行った時、ゴブリンは何か反応してましたか?」
「あん?いや姿は見てねえ」
「村に戻ってすぐに侵入されたんですか?」
「いや、行ったのは朝で魔物が出たのは夕方だ。だから俺を見てから攻撃の準備したんだよ。俺を覚えてるんだ。それにうちの畑が少し前からおかしなことになってるんだよ」
「おかしなこと?」
「作物がまともに育たねえ。カミさんが頭良いんでなんとか食える程度は作れてるがあれもきっとゴブリンのやつのせいだ」
確かシャル達が土壌調査されていたが、そのことかと思いながらも彼の暴力的な行為に納得がいった。幼少期のトラウマに加え現在は原因不明の被害を受けていたわけである。
「それは誰かに報告しましたか?」
「村長に話したよ」
通りで村長もゴブリン討伐に乗り気な訳である。
「なるほど、ありがとう。しかしやはり今回の襲撃はゴブリンが首謀者である可能性は低いと思いますよ」
「何でだよ、ゴブリンも一緒に襲って来てたろうが!」
「話を聞く限りでは襲撃では無く警告ですよ。レッドキャップ襲撃を教えに来たんです。そうで無ければこんなに被害は少なくならなかったでしょう」
「何でゴブリンがそんな事を教えるんだよ」
「貴方が野菜をあげたからじゃないですか?」
「あ?」
「だから、貴方があげた野菜のお礼ですよ」
「は?んなことすんのかよ」
「しますよ。だから絵本にもあるでしょう。ゴブリンには優しく接するようにと」
「んな、俺、あいつら殺そうとしてたんだぞ」
「恐らく討伐しようとしていたら敵に回ってましたね。まあ、これも推測ですけどね。明日からこの村の周囲で何が起きているのか調べますよ」
「あ、ああ、宜しくたのむ」
男は歯切れが悪く答えた。納得しきったわけではないが、反論する余地がなかったのだろう。
「また、お話を聞かせてもらう場合もありますのでその際は宜しくお願いします。あと、自警団の皆さんには申し訳無いのですが、状況がはっきりするまで交代で見張りをして貰います。正式には村長から指示がありますのでお待ちください」
「ああ、わかった。任せてくれ」
男はそう言って去っていく。結構しおらしくなった。
「結局わかったことは彼が野菜をあげたってことくらいですか?」
「あとは絵本を読み聞かせるくらいの子供がいるってことくらいかな」
「ダイシュウカクっすね」
「ああ、だいしゅーかくだよ」
「でも本当に野菜のお礼だとすると今回の功労者は彼っすね」
「それはそれで何か嫌だ。それにまだゴブリンが悪ではないとも決められない。レッドキャップとゴブリンが仲間である可能性は十分にある。この騒ぎのどさくさでゴブリンが侵入している可能性もあるしね」
「確かに油断は出来ないですね」
アンが顔を引き締める。
「ねー、思ったんだけど今回のレッドキャップって私達が森に入って騒いだから出てきたんじゃない?」
シャルが突然恐ろしいことを言いだす。
「シャル、世の中には言って良いことと、いけないことがあるんだぞ」
アンが急いでシャルの肩を掴み、笑顔で諭す。目が笑っていない。
「その言い回しは誹謗中傷のに使うものだと思う」
シャルが律儀にツッコミを入れる。
「そんなことはどうでもいい!何でそんなことを言うんだ!」
「レッドキャップは森の方に逃げなかったし、スレイもいたからそうなんじゃないかって」
「何いってんだ?」
アンが怪訝そうな顔をする。
「確かに。有り得ない話じゃないね」
アリアがシャルの言葉を肯定する。
「アリアさんまで。でもそうだとしたら村に謝罪しないと。いやでも不用意だとしても調査の一環だった。そこは胸を張るべきだ。でも誠意は何かで見せないと。しかしこのタイミングはアリアさんが作った信頼関係に水を差しちまう」
アンが独り言をブツブツとつぶやき出す。
「アン少し勘違いしてるぞ。森に入ったことでレッドキャップに目をつけられた可能性はあるが、我々じゃなければレッドキャップの襲撃はヘルハウンド達が止めていた可能性が高い」
「何いってんすか?」
アンがまた怪訝そうな顔をする。
「レッドキャップは凶悪な存在なんだよ。普通村が近くにあったらもっと頻繁に襲ってる。それがなかったのは、これまでヘルハウンド達が止めていたからだと思うんだ」
「これまではヘルハウンドが村を守ってくれてたってことですか?じゃあ何で今回は止めてくれなかったんすか?」
「スレイもいたし、私も二匹撃退したから、こいつらなら止めなくて良いと思ったんじゃない?」
「でもヘルハウンドがそんなことまで考えてくれます?村を守る理由も無さそうですし」
「ゴブリンが指示してたんじゃないかな。レッドキャップの仲間と思われるとまとめて討伐されかねないし。それにそれだとゴブリンが襲撃情報を持っていたのも頷ける」
「でもそれが理由なら今回も止めないと疑いを向けられるんじゃないですか?」
「うーん、キャパオーバーになったんじゃないかな」
「あんだよそれ」
シャルの不穏な言葉に対して露骨に嫌な顔をする。
「レッドキャップとか村を襲う奴を押さえるの限界なんじゃない?」
「キキタクナイ。っていうかその通りだとまずくねーか?」
アンの顔が泣き顔になる。
「そうなんだよねー。餓鬼とかレッドキャップみたいなのなら大量発生しても何とかなるけど、レイスみたいに実体の無い想霊が大量発生するとちょっとまずいね」
「本当にな。マジであの森何が起きてるか調べないとやばいね。シャルの言ってた澱みってのも気になるし」
シャルの言葉にアリアは川向うに広がる森のシルエットを眺めながら溜息を付いて同意する。
「今回教えてくれたゴブリン達が何か知ってますかね」
アンは不安な感情を押さえつけているためか殆ど無表情である。
「可能性は高いね。明日調べてみるよ。少しでも意思疎通出来ると良いなぁ。とりあえず急いで見張りの強化だな。そんじゃ村長さんとこいってくる」
アンを元気づけるようにニコリと笑うと、軽く伸びをしながら立ち上がり、「面倒くさい」という言葉を押し殺して、談笑している村長達の方へと歩き始めた。