第9話 魔物討伐訓練
──ドスンッ!
これで、3匹目の牛を討伐した。
ここまでの討伐記録は、猪1匹に鹿が7匹、そして牛3匹だ。
どれも肉が食用になるため、上手く剥ぎ取る必要がある。
しかし、ローズはこの手のことが苦手らしく、教えてもらうことはできなかった。
仕方ないのでアイテムバッグにそのまま入れて、ギルドや王宮で解体してもらうらしい。
アイテムバッグとは、魔法の鞄のことで、見た目よりも多くの物が入れられる。
どれも高価で、容量によって大きく変わる。
ローズが持ってきているバッグは、中が50m四方もある、かなりお高い逸品らしいです。
ただし、時間を止めたり、温度調整などはできないので、早いこと解体しないといけない。
「よし。どうだ?この辺にまだ動物はいるか?」
ローズにそう聞かれ、僕は聴覚をさらに引き上げた。
川の流れる音、木々の間を風がすり抜ける音。
そして──ッ!?
「無音ですッ。さっきまで聞こえていた小鳥のさえずりも、虫が飛んでいた微かな音まで……凄く静かになってます」
「気付いたか。私も耳は良い方だが、自然の音しか聞こえなくなった。……何かがいるな」
「何か、というのは?」
「まぁ、十中八九魔物だな。それもかなり強力なやつだ」
「魔物……」
魔物といえば、ファンタジーでは欠かすことのできない人類の敵だ。
この世界でも例に漏れず、邪悪な敵として認知されている。
「でも、いくら魔物でも無音ってことがあるんですか?」
「たしかに何かが近付いてくる音は聞こえない。だが、気配はある」
「気配……ですか?」
「あぁ。魔物独特の嫌な気配だ。お前も経験を積めば、感じることができるようになるだろう。しかし、これはある意味丁度いいな。音を消す敵……お前の〈聴覚強化〉スキルが意味をなさない敵だ」
「たしかに、僕と師匠以外の生物の音が全然しません」
限界まで聴覚を強化すると、解除したときに酷い耳鳴りがするから控えていたのだが、思いきって実行してみた。
すると、かなり遠くで、僕たちがいる辺りから離れていく動物たちの足音を拾った。
「師匠、かなり遠くで動物が離れていく足音がします……これは、たぶん10キロは離れてます!」
「なッ!?そんな先まで聞こえるのか?」
ローズが驚いたような声を上げた。
僕のスキルを知っているはずのに、どこに驚く要素があるのだろう?
「はい。ですが、やはり魔物らしき音は聞こえません」
「……恐らく、〈音波遮断〉のスキルを持っている魔物であろうな」
「音を遮断するんですか……」
「ふふ。どうする?このまま何もしないと、先制攻撃を喰らうぞ?魔物によっては、それだけで死ぬこともある」
音が聞こえない敵。
それは、今の僕には天敵に近い。
言語を除いた3つのスキルの内、ひとつを封じられたということだから。
でも、方法がないわけではない。
「師匠。師匠はもちろん自分の身は守れますよね?」
「あ、あぁ。それはもちろんだが……まさかお前」
「師匠の想像通りです。僕には〈肉体耐久力強化〉のスキルもありますから」
「わざと不意打ちを受けて、魔物を誘い出す気か?」
「はい」
「それは却下だッ。さっきの猪とは訳が違う!毒性のある魔物や、突進だけで山をひとつ吹き飛ばすような伝説的な魔物だっているんだぞ!」
山を吹き飛ばす程の魔物がいたら、もっと大騒ぎになってるんじゃ……まぁ、いいか。
「わかりました。となると、《陰の支配者》で出来ることを考えます」
「戦略的撤退というのもあるぞ?」
「それは最後の手段です。それに、師匠が凄い落ち着いているので、たぶんそうはならないと思いますよ」
「ふむ。お前も結構冷静だな」
そう言って、ローズは笑っている。
その不意に笑うのはやめてほしい。
ドキリとする。
さて、要するに、敵の初撃を防げればいいんだ。
僕自身の体を使わずに。
そして、敵の攻撃の威力を見極め、できればマーキング……いや、姿まで消えているとは限らないか。
視力も強化できれば見つけられたかもしれないが……無い物ねだりはやめよう。
まずは、敵の不意打ちを防ぎ、その特性を見極めることからだ。
とりあえず──。
「師匠、陰を消してもいいですか?」
「ならん。それでは修行にならなくなるからな。……なるほど」
気付いたら、僕は後方へ大きく吹き飛ばされていた。
辛うじて、ローズに顔面を蹴飛ばされたというのは分かったが、速すぎて反応できずに、もろに入った。
〈肉体耐久力強化〉を掛け続けていなければ、鼻血を出すだけでは済まなかったかもしれない。
「し、師匠。………痛いです」
「お前が、か弱い乙女を囮にするようなことを言うからであろう」
「か弱い乙女は、こんな威力の蹴りを放ったりしませんよ」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでも……」
とりあえず──僕が陰を極限まで薄くして姿を眩まし、ローズに攻撃を仕掛ける魔物を横から倒す、という策が使えないことがわかった。
ならば、後残る方法は。
「陰影創造・檻」
僕の影が立体的に吹き出し、10m四方ぐらいの檻を形成する。
僕のイメージで作り上げた、漆黒の檻だ。
その中には、僕とローズが閉じ込められているかのように入っている。
「か弱い乙女である師匠は、しっかり僕が守りますね」
「ほう?影のスキルでここまでできるか。だが、これの耐久度は大丈夫か?」
師匠を守る宣言が華麗にスルーされたー。
まぁ、いいですけどね。
「大丈夫です。この檻は、師匠の剣と同じ素材にしてあるので」
「な、なに!?それは、どういう」
──ズゴンッッ!!
突然背後から、檻に途轍もない衝撃がきた。
何かが勢いよくぶつかってきたのは明白。
だがしかし、そこには何もいなかった。
……いや、見えなかったという方が正しい。
「……何か、いますよね?」
「あぁ、いるな。殺気をびんびん感じるからな」
「この、肌がチクチクする感じが"殺気"なんですね」
「ふっ、そうだ。良く覚えておけよ」
──ズゴンッッ!!
再度、強い衝撃がきた。
余程、僕と遊びたいらしい。
「師匠。姿も音も消す魔物っていますか?」
「第3者による干渉がなければ、思い当たる魔物は一体しかいないな。それは、カメレノドンだ。爬虫類であるカメレオンが変質化した魔物で、外見はそれほど変わらない」
「なるほど。それっぽいですね。なら、檻が似合うはず」
そして、再度突進してくるのを待つ。
1分、2分、3分──。
──ズゴンッッ!!……ゴンッッ!!
今度は2連頭突きかな。
「陰影創造・檻……追加」
衝撃がきた辺の延長に、もうひとつ檻を形成した。
これで、袋の鼠である。
案の定、檻の中で激しく暴れていた。
僕とローズを囲っていた檻を消して観察するが、やはり姿は現さないで、檻からは絶えず衝撃がやってくる。
相当ご立腹のようだ。
「捕まえたはいいが、どうやって倒す?」
後ろで、腕を組んで傍観しているローズが聞いてきた。
「カメレノドンでしたっけ?どうやったら、姿を見せるとかわからないですか?」
「あったと思うが、忘れたな。結構簡単な方法だった気がするが」
「じゃあ、ちょっと刺激してみます」
僕は、檻に衝撃がきた瞬間、内側にいくつかの鋭利な影を生み出した。
「シャビャアアアアァァ」
それに刺さった魔物は、独特な鳴き声を発して、ようやく姿を見せた。
緑色の体毛に、ベロンと伸びて垂れている舌。
体長は4m近くあり、長い尻尾を振り回して暴れている。
そして、さっきのトゲが刺さったのか、いくつか血が滲んでいる箇所があった。
「巨大カメレオンだ……」
「あぁ、思い出したぞ。傷を追わせれば、〈透明化〉が解けるんだった」
「実践してから思い出されても遅いですよ」
血走った目で、僕のことを睨み付けてくるカメレノドン。
姿さえ見えれば、こっちのものだ。
「師匠。生け捕りした方が高くつくとかあるんですか?」
「ある。が、今回はお前の修行だからしっかり倒せ。売るつもりも別にないから殺し方は自由だ。なんなら、ミンチにしても今回だけはいいぞ?」
「あっ、そうなんですね。だったら、別に姿を見せてもらわなくても良かったです」
「……どういうことだ?」
僕は影の檻の強度を限界まで引き上げ、全ての格子の棒から刃を生み出すと、それを一気に縮めた。
──ザバンッッッッ!!
超鋭利な刃を突き立てた檻が、伸縮自在に畳まれた。
それは赤い血液を撒き散らし、檻が消える。
そこには、文字通りミンチになったカメレノドンの残骸があった。
「解体とかするんだったら、この方法が使えなかったもので」
上手くいった僕は、満足げにローズに微笑んだ。
ローズは「冗談だったんだが……」とか呟いていたが、なんのことかよくわからなかったのでスルーした。
魔物をミンチにした下りが、しっかり表現できたか自信ないです(-_- )
要するに、エッグスライサーのようなものです。